「 色 」  第 十七 話
「ほな、よろしく」

谷川のオンナと別れた後、現場に居る吉村警部補に、学祭終わって打ち上げ行っとる連中が多くて中々聞き込みが進まへんから現場へは明日案内して欲しいて頼んで、篭に戻る事にした。
百聞は一見にしかずて諺があるように本来事件捜査も現場を直接見るんが一番やけど、谷川のオンナからの連絡を待っとる今は万が一にも気付かれへんように、刑事みたいな勘のええ連中からは離れておきたかった。

「……ん?」

篭のドアは、また鍵が開いとった。
それだけならたまにある事やったし、さっきも和葉がエレベーター前に居って開けっ放しやったが、今度はどこかおかしい。
電子ロックを外してドアを開けると、むっとする血の匂いがオレを出迎えた。

ドアの内側のノブと鍵についた、血に塗れた手で触った跡。
玄関のタイルに点々と散らばった血痕。
血の跡は、玄関から二股に分かれて廊下に緋色の模様を描いている。
一方はリビングの方へ。
もう一方はオレの書斎のある方へ。

「和葉!?」

靴を脱ぐのももどかしくてそのままリビングに駆け込んだが、いつもなら気に入りのソファでオレの帰りを待っとるハズの和葉がそこには居らへんかった。

「和葉!!」

リビングから書斎へと血の跡を辿る。
書斎のドアと周囲の壁には叩き擦り付けたような跡が、そして廊下には一番大きな血溜りがある。
血の跡は、そこから風呂の方に繋がっとった。

和葉はそこに居った。
バスタブの縁に頭を乗せ、紅く染まった湯の中に力なくカラダを投げ出して。
出しっぱなしの湯はバスタブん中で紅く染まって、洗い場の床に広がりながら排水溝へと流れとった。

「和葉!!和葉!!しっかりせい!!」
「……ん…」

慌てて湯から引き上げて頬を叩くと、和葉はため息のような声を零した。
ぐったりとしとるが思った以上に呼吸はしっかりしとって、今すぐどうこうて事はなさそうや。
少しだけほっとして、救急車呼ぼうと取り出した携帯で知り合いの外科医に連絡を取る。
結構大きな個人病院構えとるその外科医は、何も訊かずに処置室を空けて待っとると言うてくれた。

「和葉!医者行くからな!」
「ん……」

さすがにこのまま連れて行くワケにもいかへんからシャワーで紅い湯を流してやると、寝巻きにと着せてやったベビーピンクのキャミソールとショーツは、元の色がわからん程に血の色に染まっとった。
ざっと見た所、大きな傷は両腕だけらしい。
湯を止めて和葉を脱衣所に連れ出すと、タオルで簡単に止血してカラダをバスタオルで包み込み、その上からオレのコートでくるむ。
オレも湯と血で濡れた服をざっと着替え、和葉を抱えて地下の駐車場へと直行した。
救急車呼んだらどうしても目立ってまうが、エレベーターには防犯カメラがついとるとはいえ、これならまず誰かに見られる事もない。
和葉を後部座席に寝かせると、病院へと車を走らせた。

「輸血まではしとりませんが出血が多かったようやから、2〜3日は入院が必要です」

病院の緊急搬入口で待っとってくれた医者は慣れた手つきで処置を終わらせると、オレに簡単な説明をした後そう言った。
和葉の怪我は、擦り傷やら切り傷やら打撲やらがあちこちにあったが、両腕を除けば痕が残るようなモンやないらしい。
ただ、出血の酷かった両腕は爪で引っ掻いたんか、縫うような傷やないが痕が残りそうやて事やった。

「ほな、入院の手続き……」
「イヤや!」

医者の言葉を、治療の間に目ぇ覚ましとった和葉が強い調子で遮った。

「せやけど、様子見もせな……」
「イヤや!帰る!!」
「和葉!」
「イヤ!!」

オレとしても和葉を病院に1人にするのは避けたいが、医者の判断を蔑ろにして傷を悪化させたりもしたない。
2人がかりで宥めてもどうしても帰るときかない和葉にとうとう医者の方が折れて、一晩だけ入院させるて事に落ち着いた。

「明日、事務の開く時間にはちゃんと迎えに来たるから、それまでええ子にしとり」

それでもぐずる和葉を宥めて、病院を後にする。
篭に戻ると、オレは『探偵』である自分を引っ張り出した。

玄関のドアノブと鍵についとる血痕。
リビングのインターフォンについとる血痕。
書斎からリビングを経由して玄関へ、そこから風呂へと繋がった血塗れの足跡。
このマンションのシステムと、開いとった鍵。

そこからわかるんは、和葉は誰かに傷つけられたんやなくて自分で自分にあの傷をつけたて事。
そして、訪ねて来た誰かを自分から迎え入れた事。
廊下についた血に塗れた足跡から、招き入れた誰かは玄関より中へは入って来とらん事。

それが誰なんかはまだ確定出来へんが、恐らくは谷川や。
何で谷川がここを知っとるんか、何で和葉が自分を傷つけたんか、調べなならん事はまだまだあるが、その前に篭を片付けておいた方がええやろ。
この状態を誰かに見られたら面倒や。
業者に頼んだ方が手間はかからんが、血の染みはそう簡単に取れへんからどうせリフォームするつもりやし、下手に他人入れて話のネタにでもされたらかなわんから、1つ1つオレの手で拭き取った。

せやけど、何で和葉はあんなになるまで自分を傷つけたんや?
和葉にとって痛みは快楽に繋がっとるが、絶対にカラダに傷つけるなてあれほど言うてあるのに。
特に今日は、乳首に傷を作っとった和葉を叱ったばかりやったんに。

片付けが終わった時には、もう明け方やった。
夜中のうちに谷川のオンナから何通もメールが届いとったが、確認は後回しにしてソファで仮眠を取ると、病院の事務手続きの始まる時間丁度に和葉を迎えに行った。

「平次……」
「ええ子にしとったか?」
「うん」

入院がよっぽどイヤやったんか、たった一晩だけやったのに和葉はオレの腕を掴んで離そうとしない。
甘えて縋り付いてくる和葉を抱いて篭に戻ると、いつものリビングやなくて一部屋だけある和室へと連れて行った。

「平次?アタシのソファやないん?」
「今日はここに居れ」
「せやけど……」
「言い訳は聞かへんで?」

戸惑う和葉の包帯を巻かれた腕を押さえて、昨夜のうちに出しておいた革の拘束具で両手首をカラダの前で繋ぐ。
両手首の間は短い鎖で繋がれとるから喰うたり飲んだりには不自由せえへんが、カラダを派手に傷つけるのは難しくなる。

「カラダに傷つけんなて、言うとるやんな?」
「それは……」
「言い訳は聞かへん」
「せやけど、平次が……!」
「和葉」

低く有無を言わせん口調で名前を呼んで、何か言いたげやった和葉を黙らせる。
和葉が望むんやったら、痛みやろうと快楽やろうと好きなだけくれたる。
せやけど、カラダを傷つける事だけは許さん。

左足に革の拘束具をつけて、そこから伸びた長い鎖を布を巻きつけた梁に渡して錠を掛ける。
長い鎖は和葉にある程度の自由は与えるが、玄関にもリビングにも届かへん。

「餌と水はいつもの冷蔵庫に入れてここに置いといたる。便所にも行きやすいようにしといたるわ。せやから、オレが帰るまでええ子にしとり」
「アタシ、いつもええ子にしとるやん!」
「カラダに傷作ったんは誰や?」
「それは平次が……」
「オマエが自分でつけたんやろ?」
「せやから……」
「言い訳はいらん」

ぴしゃりと言い捨てて、ナイフでワンピースを切り裂く。
そのままブラとショーツも切り捨てて、和葉から布の全てを剥ぎ取った。

「今日も捜査協力で出かけるけどな、オレが帰って来た時に少しでも傷が増えとったら、今度は吊るすで?」

そう言い置いて、全裸の和葉をそのまま放置して刑事たちの待つ現場へと向かった。





平次にとっては、和葉の自傷行為は絶対に許せない事です。
なので、和葉を拘束する事に何の躊躇いもありませんし、その原因を探る必要性も感じてはいません。
 
「 オレよりええオトコなん、世の中にはおらんやろ。やっぱり、その義眼は不良品やな 」

by 月姫
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