「今度の日曜、平ちゃん、時間とれるやろうか?」 そんな大滝の一言で、このミッションは始まった。 聞くと今度の日曜日はハロウィンだそうで、市内の高級ホテル内で、とある某有名私立大学の有志達主催による仮装パーティーが行われるのだそうだ。 そして大滝達は、そのパーティー内で、ある組織が関与した『麻薬売買』が執り行われるのをつきとめていた。 だがそれも今は噂の段階でしかなく、その主催者や学生の中に大物政治家の関係者などがいて、迂闊に捜査できないという。 そこで、大滝は潜入捜査要員として大学生でもある平次に白羽の矢をあてたのだった。 むろん、平次としてはその依頼、引き受けないわけにはいかない。 「ええで大滝はん、ほんならオレがそこにバッチリ忍び込んで、その取引現場ちゅうの見事押さえてみせたろうやないかい」 意気揚々と頷き、それを快諾する平次に安堵の息を吐きながら、大滝はその頬を緩めた。しかし少し引っかかることもあるらしく、すぐさまその表情をキリリと引き締める。 「でもなぁ平ちゃん……それにはひとつだけ問題がありまして……」 「問題?」 せやねん。と、頷いて、胸元の手帳を取り出す大滝。 「これ見てください。そこに招待される人達のリストです。この通り、招待客はその主催者に認められた人だけに限られていて、一人一人身元やなんやらキッチリとチェックされて厳重に管理されとるんですわ」 そらそうやろうな。と、平次は思った。 そんな危険な”麻薬”を扱うのだ。自分たちのような、警察関係者などを間違っても入れるわけにはいかない。だから入場者には念を入れて吟味するのは当然のことだろう。 しかし。 「……大滝はん、オレを誰やと思てんねん。そんなパーティーぐらい、ちょいちょいっと入り込めるよう手配するぐらいのコネ、オレが持ってないとでも?」 「………ほんなら……」 「まぁ任しときーな。ちゃ〜んと当日までにはそのパーティーの招待状受け取って参加出来るよう裏から手ぇ回しとくさかい、安心して待っといてくれたらええわ」 そう言うと、平次はその顔に不敵な笑みを浮かべながら、おもむろにいつも被っている愛用の帽子を、力強く後ろへと回した。 *** あれから数日が経ち、今日は大滝が頼んだ日曜日。平次は大滝に約束した招待券を入手すると、一路市内の某有名高級ホテルへと向かった。 だがその招待状には、『パートナー同伴』 という文字があり、平次は和葉を伴いそこに参加することに。 正直、初め”パートナー同伴”の文字を見たときは、一瞬どうしようかと思ったのは確かだけれど。 でも、自分のとなりに立つ女の子は和葉以外想像などできる訳もなくて。 携帯を持つ指が、数秒後には短縮1のボタンを押すのを、平次は当然のことのように感じていたのだった。 このとき、ずっと ”自分のとなりに和葉を置く” ということがどういう意味なのか。 平次はまだ理解できていなかったのか、分かっているのに自覚するのを拒んでいたのか……それすら彼自身、気付くことはなかった。 「なぁなぁ、ほんまにアタシなんかがそんな凄いホテルのパーティーに出てもええの?」 「まぁ、取引っちゅうても、みんながおる会場では行われんやろうしな、お前はオレがそいつらを確保するあいだ、気軽にパーティー楽しんどけばええねん」 「そやけど……」 「心配すんな、大滝はんらは外でバッチリ待機してくれてるから危ないことなんてあらへんわ。……それより……」 「それより?」 「オレは、これから着せられる”衣装”っちゅうやつの方が、よっぽど不安でしゃーないいうねん……」 はぁ〜。と、大きな溜め息をつく平次は本当に辛そうに見えて……。和葉はその表情が可笑しく、思わず声をあげて笑ってしまった。 「……笑い事ちゃうわ」 「ふふっ、ごめんごめん。 でも、衣装貸してくれるのが……なんで園子ちゃん?」 「工藤のボケが、つい口すべらしたんや」 「ああ……、蘭ちゃんに言うたんやね」 「あのバカップルには隠し事いうんはないんかい!」 「無理無理、あの一件(コナンだったことを隠していた事)以来、工藤くんは蘭ちゃんに隠し事、いっさいせえへんようになった言うてたもん」 「……姉ちゃんの涙の威力は絶大やなぁ」 新一が元の姿に戻った時、コナンであった事実がバレると、蘭は新一に縋りつきながら目が溶けてしまうかというほど、泣きに泣いた。 そのことがトラウマになったのかどうかは定かではないが、よほど蘭を泣かせたのが胸に堪えたのだろう、その後新一は蘭にだけは全てをさらけ出す様に寄り添い、正真正銘ラブラブカップルとなっていたのであった。 でも、平次に言わせると。 「完全に尻に敷かれよったな、アイツ」 なのだそうだ。 「それで、今回のパーティーのこと、蘭ちゃんから園子ちゃんに伝わったわけやね」 「せや、んで偶然にもそのパーティーが行われるホテルが鈴木グループの所有するホテルやったもんやから……『2人にピッタリの衣装は任せて!』 って、あの姉ちゃんが張り切ってしもうて……こんなことになったんや」 「でも良かったやん。 わざわざ衣装用意せんで済んだんやから」 「まぁ、なぁ……」 和葉の言葉に、仕方なくという表情で返事をする平次。だがその脳裏には、先日園子が言った言葉が浮かんでいて、なおも平次を不安にさせていた。 『新一くんから聞いたわよっ!ハロウィン用の衣装探してるんですって?!』 どこから聞いたのか(99%、蘭からだということは分かっているのだが)、大滝から相談を受けてからそれほど間もなく、平次の携帯に電話をかけてきた園子の異様なテンションに軽い眩暈を覚えながら、平次は愛想笑いでその電話を受けた。 「さすが情報早いなぁ。 どうせ工藤が姉ちゃんに言うたの聞いたんやろ?」 『大当たり!さすが浪花の名探偵。……で、早い話がその衣装のことなんだけどね。聞けばうちのホテルでそのパーティーするって言うじゃない? なら衣装も着替える部屋も用意するから、そこですればいいと思って早速電話したのよ!』 「そら助かるけど……その衣装って……」 『いいからいいから、遠慮しないでそれはあたしに任せてちょうだいな。 惚れ惚れするぐらい素敵なモノ、選んでおいてあげるから♪』 (それが一番、不安やっちゅうねん……) 蘭と違って、ド派手なものが好きな園子に、不安はますます募るばかり。 しかしこのテンションの園子に断りを入れるなど誰が出来るのだろうか、と、平次は諦めにも似た溜め息を園子に分からないよう受話器越しについた。 「……ほんならまぁ、お任せしますわ。でもひとつだけ条件があって……」 『あ、分かってるわよ、それも新一くんから聞いてるから。 服部くんは有名だから、その姿がバレないような衣装にすればいいんでしょ?』 「あ、はい…」 (……どんだけ情報回っとんねん。) 『もうあたし、バッチリ服部くんに似合うの考えてるから!楽しみにしててね!!』 「……おおきに」 『それから、和葉ちゃんのは可愛くてセクシーなの用意してるからっ、それも期待しててね!』 「―っえ?!か、和葉の?!」 『ふふっ。 じゃ、決まり次第メールするから待っててちょうだいね! それじゃあ服部くん!』 「お、おいっ!姉ちゃん! セクシーなのって…どんn…」 『――ツー…ツー…』 「…………切れてもうた」 こんな電話を交わしてから一週間。 次に園子からメールを受けたのはつい昨日のことで。 知らされていることと言えば、用意された部屋番号のみ。 これから向かう捜査より不安が募る、平次なのであった。 *** それは、とても盛況なパーティーだった。 学生主催とは思えない料理の数々。見ると、招待された中には有名なデザイナーやモデルなどもいて華やかな雰囲気をかもし出していた。 そしてメインの仮装はというと、皆それぞれ凝った衣装を纏い独特の雰囲気の中競い合っているように見えた。 貴族や王妃を装う者。はたまた武士になりきっている者。 中にはアニメのコスプレに興じる者もいて、なかなか個性豊かだなぁと、平次は思った。 「ちょっと余所見せんと、真っ直ぐ向いてて」 ぐいっと喉元を引き寄せられ、平次は会場へと向けられた興味を一気に断ち切られる。 「勘弁して欲しいわ……」 「なに言うてんの、めっちゃ似合ってるよ」 会場の隅で、和葉は平次の衣装の緩みを丁寧に整えていた。そして全体のバランスがおかしく無いかを点検する。その仕上がりの素晴らしさに、思わず和葉は感嘆の声を上げた。 「さすが園子ちゃん。 平次のこと、よう分かってはるわ〜」 「……そんな簡単に分かられて堪るか」 上出来上出来、と不貞腐れた平次を尻目に終始嬉しそうに目を細める和葉。 そんな和葉の姿を目の端で捉えると、平次は今日何度目か分からない溜め息を盛大についた。 溜め息の原因はといえば……まさにこの目の前でにこにこ微笑んでいる幼馴染みのことなのだが……。 その様子は平次の五感を惑わすかのごとく、妖艶な表情に仕立て上げられていたのだった。 いつもは明るく可愛らしい服ばかりを好んで着る彼女が。 ほんの少し、いつもとは違って見える。 平次とて、決して彼女の露出度の高い服装を今まで一度も見たことなかったわけじゃあないのだけれど……。 でもそれは爽やかなお色気といえる可愛らしいものだったから、いつも安心して側にいることができた。 ……そう、その姿はまるで爽やかな春風のようで。 どこにもいやらしさを感じさせるものじゃあない。 それなのに、今日のコレは平次にとって初めてといえる彼女の艶姿だった。 細身だが豊かな和葉の胸元に、わざとなのか着けられていたのは小さめのブラジャー。 その上を、色鮮やかなパープルの透けるような上衣が纏わり付くように優しく包んでいる。 そして同色のスカートは深くスリットの入った長いもので。ふんわりとした半透明のそれが、水着のように着けたこれまた小さめのショーツを頼りなく覆い隠していた。 同じ露出度でも、この艶やかさは何なのだろうか。何より身体のラインがすっきりくっきり映し出されていて……正直、目のやり場がない。 (これは……アラビアンナイトにでも出てくるお姫様。というのが正解なのか?) 随分と大人っぽくなった和葉をまともに見ることが出来なくて、平次はわざと機嫌が悪いように接するしかなかった。 ちなみに、平次の衣装といえば……映画、パイ○ーツ・オブ・カリ○アンに出てくる、『ジャッ○・スパロウ』そのもの(髭と帽子で人相は隠れるらしい) 「あ、園子ちゃんがね、その平次の格好、写メして送ってって言うとったわ」 「…………」 捜査本番を目の前にして、かなり精神疲労激しい平次だった。 パーティーも中盤に差し掛かかり、2人は周りに疑われないよう、適度にパーティーを楽しんだ。 中央の大きなテーブルにはオードブルや豪華なフランス料理などが並び、人々の目やお腹を楽しませている。広い会場全体が話し声や笑い声でひしめき合い、楽しい催しを彩っていた。 ふと、そのとき平次の目に何かが映った。 探偵の感が、瞬時に危険を察知する。 「和葉、お前はここで大人しいメシでも食うとけ」 「おったん?」 「ああ。 すぐ終わるから心配いらん」 そう言うと、ジャックに扮した平次は、怪しげな動きをした一団を追いかけるように会場の出口へと不自然にならない動きで近付いて行った。 (…………どうしょうかな) 待っとけ、と言われたものの。 さっきから目の前の料理が素敵過ぎて、もうお腹が一杯で食べて待つことはできそうにない。 (どっかに座って待っとこうかな) 遠くに、ターゲットをマークしている平次の姿が見える。 それに平次のことだ。 上手く取引現場を突き止めて大滝に連絡をし、すぐにここへ戻って来てくれるに違いない。 和葉はおもむろに周りを見渡すと、会場の隅にあるソファーを見つけ、テーブルにあるソフトドリンクが入ったグラスを手に取りその場を離れるため一歩足を踏み出した。 だが、そのとき和葉の目の前に見知らぬ男性達の姿が……。 「すみませんお嬢さん、お暇なら僕達と少しお話しませんか?」 「?!」 「さっきから声かけたいって思ってたんだけどね〜」 「そうそう、側に恐そうな海賊(←注:平次)がいて、なかなか近づけなかったんだよ」 2人の、端正な顔立ちだがどこか鼻に付く王子の衣装を着た男が和葉に声をかけてきた。 その話し方から東の友人を思い出し、「東京の人かな〜」などと、和葉はぼんやりと思う。 「いえ、その海賊さんが帰ってくるまで待ってるだけやから、遠慮しときます」 一応人前ということもあり、和葉は引きつりながらもその男達に笑みを浮かべながら、失礼のない程度に断りをいれる。 だが男達はそんな引き気味な和葉の態度にも気付くことはなく、反対にジリジリとその距離を縮めてくるのだった。 「それならよけい一緒にいてあげるよ、君みたいな可愛い子、ひとりでいたら危険だしさ」 「そうそう、変な男に声かけられたら駄目だしね。 そうだ!この上のラウンジ、大阪の街並が一望できるビュースポットだって言ってたよ、待ってるあいだ暇だろうし、連れてってあげるよ」 変な男は、アンタらやろ。 喉元まで出そうになる言葉を、やっとの思いで飲み込む。 ここで騒いだらきっと捜査の邪魔になるかもしれないし……どうしよう。 和葉はここからは見えない、どこか遠くでミッションをこなしているだろう平次を思い、はぁ…と深い溜め息をついた。 一方、そのころ平次はというと。 (あ〜〜〜〜〜なにやっとんねん和葉は!!!) ターゲットが売人らしき人物と接触しているのを目の端にとらえながら、もう片方の目は会場の隅の方で男に囲まれている和葉を思い切り凝視していた。 いますぐ和葉の側に向かい、あの厭らしい男どもをぶん殴りたい!! そんな衝動を懸命に抑えながら、平次は同時に容疑者が動き出すのを張り込む。などとという荒業も見事に披露していた。 (どうでもええけど、世間話なんぞはよ終わらせて本題(取引)に移らんかい!) なんて、なかなか動き出さない相手に そんな勝手なことも思いながら……。 すでに平次は理解していた。 このモヤモヤした、苛立ちにも似た想いが何なのかということを。 今まで意地を張り、必死で隠そうとしたこの気持ち。 もう平次自身、それに抗うつもりなど毛頭なかった。 ”あの和葉”を、1人にしたらどうなるのか。 あそこにいる男達の思っていることが、今なら自分にも手に取るように分かる。 自分の奥底に眠る”和葉を女として意識”する気持ちと、彼らはまったく同じだと知ったから。 そのことにようやく気付いた平次だからこそ、感じるまま胸に湧き上がるこの思いに素直になれる。 そんな気がした。 今日、和葉があの衣装を身に着けたそのとき、はっきりと分かった。 自分の中の血が、熱く熱く沸騰したのを。 あの部屋から出したくない。 誰にもこの姿を見せたくない。 ――出来ることなら、自分だけのものにしたい。 そう、思ったことは隠しようのない事実だから。 こんなにも自分が独占欲が強いということに驚き、胸が熱くなる。 この、切なく痺れるような気持ち。 それは今までただの幼馴染みだと思っていた感情が、まったく違うものだと今更ながら自覚した瞬間だった。 (今からでも、遅ないよな?) いまだ男達に囲まれ逃げ出せない和葉に、もう一度視線を送る。 これが終わったら、すぐに迎えにいくから。 それまでオレ以外、誰も…誰も近づけたら、絶対承知せえへん。 そんな事を思う自分というのにも少し驚いたけれど、それも自覚したことのなせる業なのかと妙に納得をする。 平次は改めて再度ターゲットを見据えると、その口元に不適な笑みを浮かべてみせた。 (……っと、動き出すんか?) まずは手始めに、目の前のターゲットを確実に追いつめる。 一歩、前へ。 ミッションのため。 幼馴染みのラインから、抜け出すため。 そのためにも、速く、出来るだけ速く。 これを終わらせて、和葉の元に戻らなければ。 焦る気持ちは、恋する気持ち。 こればっかりは推理みたいに上手いこといかへんなぁ〜。 などと、取るに足らないことを思いながら、平次は動きを見せた容疑者が向かうフロアへ気付かれないよう近付くと、外で待機しているだろう刑事達に連絡を入れるため、静かにポケットに入れた携帯のボタンに指をかけた。 END |
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久々に月さまやphantomさまの企画に参加できて嬉しかったです! でも、なかなか上手くまとめられなくて…苦労しちゃいました(汗) だって書き出したら終わりが見えなくなってきて、ひたすらダラダラと長い話に…(-"-;)、 仕方なく最後は収拾が付かない部分(1/3程)をばっさり切り捨てるという荒業に出ました。 今はとにもかくにも間に合って良かった〜と、胸を撫ぜ下ろしています♪ 読んで下さった皆様。本当にありがとうございました! また色々な場所でお目汚しするかとは思いますけれど、これからもどうぞよろしくお願いしますねv 2010/10/31 by yuna
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