■ ちょっとそこまで ■ by 月姫

 
「晩ゴハン、何食べたい?」
 
和葉がそう言ったのは、世間様ではとっくに昼休みが終わった頃。
明け方近くまで仕事に没頭していた平次が、今日は休業日にしたのだからと、ここ数日間の寝不足を一気に解消してすっきり目覚めた時だった。
 
「晩メシて……いま起きたとこやねんけど」
 
昨日は定時で自宅に帰った和葉が、起きてみたら何故か事務所の上にある自分の部屋で洗濯物を干していたりするが、その辺は一切スルー……というか、いつもの事なので気にもとめずに、平次は眠っている身体を起こすように大きく伸びをした。
平次にとっては、夕食よりも今のこの空腹をどうにかして欲しい所だ。
 
「お昼なら、素麺したげるよ。どうせ昨夜もロクなモン食べてへんのやろ?もうお昼過ぎとるし、軽く食べといて早目に晩ゴハンにしよ?」
 
洗濯物を干し終えた和葉が、パタパタとお気に入りのあじさいスリッパを鳴らしながらキッチンに向かい、冷蔵庫を覗き込む。
 
「薬味はあるけど、おかずになりそうなモンないなぁ……。野菜のかき揚げくらいなら出来るかな?」
 
あーでもないこーでもないと昼のメニューを考える和葉の声を聞きながら、平次は洗濯物が翻るベランダを眺めた。
ひらひら揺れる洗濯物の向うに見えるのは、綺麗に晴れた青空。
どこかへ出掛けるには少々遅いが、家にいるのももったいない天気だった。
 
「そんなら、昼は外で喰うか?」
「え?」
「先週出来たうどん屋、試しに喰いに行ってみようや。ついでに、帰りに買い物してくればええやろ?」
「うん!」
 
平次の誘いに、和葉はぱっと顔を輝かせて頷いた。
 
ここ暫く依頼が立て込んでいてずっと仕事漬けだったから、たまには何も考えずにのんびりするのもいい。
新しく出来たうどん屋の味を確かめて、少し散歩してから買い物をして、平次の部屋でゆっくりと夕食を食べて……。
そんな休日もいいと、和葉は平次を急きたてるようにして玄関から押し出した。
 
「和葉」
「なに?」
「創作料理や言うて、とんでもないモン作るなや?」
「……たまにはチャレンジ精神も必要やで?」
「オレは食い物に関しては保守派なんや」
「そんなら、食べへんでもええわ」
 
他愛もないやりとりをしながら、階段を下りる。
ビルから出ると、眩しい程の青空と爽やかな風が2人を気持ち良く包み込んだ。
 
「晩メシは肉やな」
「魚は?」
「メシ言うたら、やっぱり肉が基本やろ」
 
ごく自然に腕を絡めて、昼下がりの街を歩く。
2人で歩く時は、平次の左側が和葉の指定席だった。
 
「事件に遭わんかったらええけど」
 
ため息のようにそう零した和葉を、平次が空いてる右手で軽く小突いた。
 


「晩ゴハンのお買い物がデートの代わり……なんて日もあると思う(笑)。」 by 月姫