■ テレビ出演、その後 ■  byすずさま


「いやぁ、今日は暑いですな〜。」
「ほんまやなぁ。ま、とりあえず麦茶でぐいっとやり。」

そう言って平次は、くそ暑いこんな日でもきっちりと背広を着込んでいる男二人の前にギンギンに冷えた麦茶を置いた。

今日の探偵事務所は久々の休業日。
天気予報は晴れマークひとつのデート日和だ。
しかしこんな休みの日は、雑誌のインタビューや取材が決まってやってくる。
それらに答えてやるのが平次の休業日の予定になっていた。


「東京から来ましたN社ですけれども、この度は・・・」
「ああ、話はもう聞いてるで。すまんけど挨拶は抜きで、インタビューに移ってもらってもかまへんか?」

探偵事務所は休みの日も多忙。
できればさっさと雑誌のインタビューや残りの仕事も片付けて、久しぶりに和葉と・・と考えている平次にとって、無駄な時間を生むわけにはいかない。

きっぱりと言い切った平次の言葉に別段気を悪くした風もなく、二人の男のうちぽてっと太った男の方が汗をふきふき話を切り出した。

「実は今回の雑誌は2ページの枠を取っているんですが、1ページ目で服部さんの最近の解決事件の紹介を。2ページ目は、この間のテレビ出演で素晴らしい反響を呼んだ助手の和葉さんについて特集したいと思っておりまして・・・・」

「・・・・・・・・なんやて?」

一瞬事務所内の空気が、いや、服部平次のまわりの空気だけが温度を下げたことに、この鈍そうな男は気づかない。
汗を吹く手は休めず、にこやかに続けた。

「いやぁ、わが社でもえらい人気なんですよ。ぜひ彼女の特集ページをという声が前々から上がっていまして。それで、今回の取材は和葉さんも同席していただきたいのですが。今、出かけていらっしゃるんですか?」

しばらく腕組みしたまま目を閉じて黙って男の話を聞いていた平次だったが、突然内ポケットから携帯を取り出したかと思うと、どこかへかけ始めた。
その様子を、取材に来た男二人は黙って見つめる。

「・・・・・ああ、和葉か?今どこや。・・・・・・あ〜せやったらな、茶っぱ切らしてもうたから、遠いやろけどいつもの専門店のお茶屋行って買うてきてくれへんか?別にさっき頼んだ書類やったら遅なってもかまへんで。おお、ほんなら頼むわ。」

自分の用件だけを告げてさっさと和葉との通話を終了させた平次に、ぽてっとした男の方が苦笑いを浮かべた。

「和葉さん、戻ってくるまで少し時間がかかるみたいですね・・・」
「ああ、えらいすんませんなぁ。せやけど、和葉は必要あらへんやろ。うちの助手に関する取材は、今までも全部断ってんねん。」
「それは存じておりますが、そこをなんとか・・・・」
「・・・・要領の得ん出版社やなぁ。せやからアカン言うとるやろ?」

言葉にすればきついが、一応まだにこやかに大人の対応をしている平次。
男はさらにくどき文句を並べ始めた。

「あの美人な助手さんのことが公になれば、探偵事務所の方ももっとにぎやかになると思いますがね〜。効果は計り知れないと思いますよ。」

男がその言葉を発したときだった。
平次の目つきが先ほどとは比べモノにならないほどの鋭さを増したのは。

テーブルに置いてあった、普段はあまり吸わないタバコをがしりと掴むと、乱暴な手つきでマッチを擦り、くわえる。
深く吸い込んだ煙を相手の顔にふ〜っと吹き出したあと、平次が先ほどとは訳のちがうほほえみを浮かべて一言つぶやいた。

「・・・・・・・・あんたの目にはそない金に困っとるように見えるんか?この事務所。」

その平次の言葉に、今まで成り行きを黙って見守っていたもう一人のひょろっとした方の男が相方の脇腹を小突いた。
この男は体格に似合った神経質らしく、平次の機嫌を急降下させた理由もすべて察してしまったようである。

「あ、いや、それなら無理にとは言いませんが・・・」
「なに言ってるんだよ。編集長からも粘りに粘って来いって言われてきただろ?」

会社内の厳しい立場を匂わせる二人の小声の相談を耳に留めた地獄耳の平次が、もう一度深く煙を吐き出すと、吸いかけのたばこをぐしゃりと灰皿に押し付けた。


「ま、ここで収穫なしに帰したらあんたらの立場も微妙やろし。それなりの条件飲んでくれるんやったら、引き受けたってもかまへんで?」

不敵な平次の笑みに、神経質な方の男は「なにか裏がありそうだ」と怪訝な表情を浮かべた。
しかし、人を疑うことを知らない性格らしいぽてっとした男の方は、嬉しそうに平次の手をとる。

「いやぁ、そう言っていただけると本当に助かります!ええ、こちらが対応できる条件でしたらどんなものでも。それ相応の報酬ももちろん・・・」
「金とかそんな下品なもんとちゃうで?もっと簡単なことや。」


そう言いながらすっとデスクの方に立って行った平次が、分厚い紙の束を抱えて二人の前に戻ってきた。
テーブルに、その書類の束らしきものをどさっと置く。

「・・・・・これは?」
「最近俺が調べとった事件の調査書や。これをあんたんとこの雑誌の、俺が解決した事件っちゅうページに載せてほしいんやけど。」

二人の男の顔に、ぱっと安堵の色が広がる。

「もちろんですよ。どんなえげつない事件でも、こちらとしては載せる気でしたから。
で、どんな内容なんです?最近起こった連続殺人とかですか?」
「いやぁ、そんな物騒なモンとちゃうで。万人の目に触れるお宅さんとこの雑誌にそんなもん載せてくれ言うほどアホちゃうわ。」
「それなら、どんな?」
「・・・・・・東京のN社っちゅうけったいな出版社の横領、不正な金の出所の調査。まぁそんなんをざっとまとめた資料やから。これ、載せたってや。」


平次がさらりと言ってのけた言葉に、男二人の顔が一瞬で凍りついた。

自分の会社の雑誌に、自分の会社の不正を調べた調査書を載せろとこの男は言っている。
その条件が飲めれば、美人助手の取材を受けてやると。

そんな条件を、どこの出版社が飲むというのだろう。

今だ固まったままの二人に、にこやかな笑みを平次は浮かべた。

「・・・・どや?簡単なええ条件やろ?返事がOKなんやったら、すぐにでもここに和葉呼んだるで。」

平次の言葉には答えず、慌てて帰り支度を始めた男たちを平次は満面の笑みで眺めている。


「なんや、受けられへんのか。残念やなぁ。せっかくええ条件出したったっちゅーのに。」


意地悪いことばかり言う平次に、どんどんと男二人の顔は青ざめ、肩が落ちていく。
そんな二人に、少し同情の気持ちが湧いたのか。
平次がポケットからあるものを取り出し、二人に見せた。


「綺麗な姉ちゃんが助手やっとる探偵事務所の取材がしたいんやったら、ええとこ紹介したんで。ここ行ってみぃ。工藤探偵事務所や。」

平次が見せた「工藤探偵事務所」の名刺に、男二人は顔を見合わせた。

「・・・・なんや?いらんのか?」
「いえ。実は今回、先に工藤探偵事務所の方に行ったんですが。似たような条件で追い帰されまして。そしたらこの服部探偵事務所に行ってみたらいいと紹介してくださったものですから。」

その言葉に、やわらかな微笑みを浮かべていたはずの平次の頬がぴくぴくと痙攣を起こし始める。
「ほぉ〜、工藤がなぁ・・・・。あいつの差し金やったんかい・・・。」







「あれ、平次〜?誰か来とったん?」
「おう。取材でな。悪いけどその麦茶片付けといてくれるか?」

来たときとはまるで別人のような精気のない顔で男二人が帰ったあと、しばらくして和葉がお茶っぱの入った袋を大事そうに抱えて事務所に戻ってきた。

「もう、いきなりおつかい頼むんやもん。暑い中あそこまで買いに行くの、めっちゃしんどかったんやで?」
「すまんすまん。なんか昼うまいもん食わしたるから。」
「ほんま!?せやったらたまには、おしゃれなイタリアンとかええなぁ〜・・・・。
って、平次。この調査書の束、なに?」

お昼のメニューに思いをはせてうっとりとしていた和葉が、テーブルの上にあがったままの例の分厚い調査書の束を取り上げて首をかしげた。


「ああ、それか。明日親父に渡すことになっとる、ある出版社の不正調べた資料や。」
「ええ〜、また?なんや最近、大阪と東京で出版社の不正のニュース多いんとちゃう?なんか裏でおっきい組織でも動いとんのやろか・・・。」
「・・・・工藤もあっちで派手にやっとるらしいからのぉ。」
「え?工藤くんがなに?」
「いや、なんでもあらへんわ。」


あのテレビ出演以来、和葉への取材があとをたたない。
取材の約束が入るたび、平次はその出版社の調査書を作ることにしている。
そして万が一和葉への出演依頼だった場合には、このような調査書を見せて追い帰すことにしていた。

しかし、和葉の取材を願った出版社を野放しにしておくほど甘い性格は持ち合わせていない平次は、不正が見つかった出版社の調査書はすべて、自分の父親か、和葉の父親に渡している。

この件に関してはなぜか和葉の父親がえらく賛成している以上、警察の方もすぐに動いてくれるのだった。


「そういえば蘭ちゃん、この間変なこと言うとったんやで。探偵事務所に取材のアポとっとったはずの出版社が、次から次へと不正が見つかって取材が流れてしまうんやて。」
「・・・ほ〜か。」


東の親友、工藤新一も同じ手口で何度も蘭を世間の目、いや蘭目当てに事務所に押し寄せてくる男から彼女を守っている。

その新一が、さきほどの出版社に自分の探偵事務所を紹介したとは・・・。

渋い顔を浮かべて、平次がひとことつぶやいた。

「・・・・・工藤にもなんか仕返しせんとあかんなぁ・・・。」



「東も西も、こんな理由で調査書づくりで日夜大忙しだったら嬉しいです。」 by すず