■ 10年前の約束 ■ by yuna


あ〜今日も忙しかったで。
オレは最後の書類をデスクにしまうと、向かいでまだ収支報告書を作っている和葉の方を見た。

(そういや……最近、アッチもご無沙汰やったな)

疲れていても、そこはまだまだ若い青年男子。
オレは思い立ったが吉日とばかり、徐に席を立った。


「なぁ、今日は泊まっていくやろ?」
「ん……ちょっと待って」


後ろから、首元に唇を寄せる。


「それ、もう明日にせえや」
「アカン…って、朝一に投函しとくんやから」


オレの顔を払うように、和葉が身体を動かす。


「ほなオレも朝に手伝うから、向こう(ベッド)行こうや」
「平次の言うことはアテにならんからイヤ!」
「ぐぇっ……」


今度は本気で抱きしめたら、思い切り肘鉄を食らってもうた。

そうか!
そんならもうええわ!!

「勝手にせえ!!」

子供じみた態度やなぁと、我ながら呆れもしたが。
この感情は止められない。
オレは和葉に背を向け事務所を飛び出すと、上階にある自室のベッドに倒れこんだ。




「和葉のアホ」

ホンマにアホなんは、自分の方やてよう分かっとる。
でも。

前はこんなんやなかったよなぁ……。
向こうからもオレを求めてきたし、一晩中ヤリ続けたこともあった。
別に、今更毎日相手せえなんていうてないのに。最近、お前の方が昔のオレみたいに仕事仕事で躍起になってて。
愛が足りん思うんは、気のせいやないはずやで和葉。


『仕事が1番っていうんは分かっとる……でも、たまにはアタシの方も見て!』


あぁ……そんなこと言うとった、昔のお前が懐かしい。
さらにもっと前。高校生の頃のお前は、オレしか見えてなかったよな。

もう一度……そんなお前に会うてみたいわ……。



そんな事を考えながら、オレはいつのまにか眠りについてしまっていたんや。





*****





目を開けると、目の前には見慣れた風景があった。

そこは、オレたちの通学路にある河川敷の公園。
オレはさっきのヨレヨレなスーツのまま、そこに立ち尽くしていた。


(なんでここにおるんや……オレ?)


それに、この懐かしい感じ。
過去に戻って来たんか?

眠る前、昔の和葉に会いたいと願ったからなのかどうか分からないけれど。
どうやらオレは、いつのまにか10年ほど前にタイムスリップして来たように思えた。

(夢、なんやろうか……)

まぁ、夢でも何でもええ。
これは神様が与えてくれたチャンスなのかも。

オレは現実をさらりと受け止めると、和葉を探すため公園の外に出ようと歩き出した。


しかし……。

(これじゃあ、真っ先に、過去のオレに会うかも知れへんやんけ……)

周りをみると、見覚えのある同級生が改方の制服を着て下校しているのが見える。
1番に和葉に会いたいのに。
今の状況に多少の不安を覚え、オレは心の中で軽く舌打ちをした。

でも待てよ?
ここは通学路。オレも通るということは、和葉もここに来るかもしれない。
……ってことは、同時に鉢合わせなんかもアリってことなんか?

ちょっとだけ会いに来たつもりが、いきなり過去のオレに鉢合わせじゃシャレにならない。
オレはやみくもに探し回るのを止め、和葉だけを呼び出そうと公衆電話をさがしだした。



そうして、ブツブツ言いながらひとり歩いていると。
オレは背後に懐かしい気配を感じた。

(――誰やっ!?)

慌てて、振り返る。
すると、そこには今一番会いたいと思っていた人が立っていたんや。


「か、和葉?」
「え?……あなた、誰なん?」


和葉は、きょとんとした顔でオレを見た。


「へい……じ?」

(――ば、ばれたんか?!)

「…に、よう似とるわぁ……」


ガクッ。
オレは一気に気が抜けてもうた。
相変わらずやわ、コイツ。
昔っから並外れた鈍感女やったからな。

そんな懐かしさも交じり、笑いが込み上げてくる。
でも、ええチャンスやないか。
このさい、他人の振りして近寄ってこの世界を堪能するんもアリかも知れん。


オレが色々と考えてると、和葉がこっちをジーッと見つめとるのに気がついた。
なんや、赤い顔して?
……ははーん。

もしかして、オレが好みってわけか?

そらそうやろな。
コイツの好きなんは、”オレ” なんやから。
そんな ”オレ” が、大人っぽくなって目の前に立っとるんやから、そら堪らんやろ。
マジで。

ふふ〜ん。好都合やないか。
いっそのこと、こいつを奪って過去のオレに一泡ふかしたるのも面白いかもしれへん。

オレは自分の考えにほくそ笑むと、和葉にコレでもないっちゅうぐらい爽やかな笑みを浮かべ、こう話しかけた。


「こんにちは。よかったら少しそこで話でもしませんか?」


本来、和葉がこんな誘い文句でナンパなんされてたら。マジその相手、いてもうたるところやけど。
でも、今声をかけとるんはオレや。何も問題はない。

自分勝手な意見を正当化させると、オレは返答に困っとる和葉の手を強引に取った。


「えっ、あ……あの〜」

困惑したような和葉。
オレは大人の余裕を見せ、もう1度微笑むと。

「昔、ここに大事な思い出がありましてね。付き合ってもらえませんか?」

ここはオレにとって、和葉に告白した大事な場所でもある。
ここを選んだのは、和葉がここをとても大好きな場所だと知っていたから。
それ以来、2人にとっても思い出の場所になっていて。
よくここに足を運んでいたのだった……。


(昔はよかったなぁ……)


ヤバイ、また思い出に浸りそうや。



「……アタシにとっても思い出の場所なんです、ここは」

お付き合いしましょうか?
オレがふと我に返ると、にっこり笑う和葉の姿が目の前にいた。



自分の好きな公園を好きな人。
それだけで好感を持った和葉は……。
いとも簡単に、オレの誘いについてきてしまった。

(これはこれで問題やんけ……)

誘い出すのに成功はしたものの。
オレはまた、新たな悩みが増え困惑してしまった。

こんなに簡単に男について行くなんて。
何されるか分からへんのやで?
危険極まりないわっ!!
もしかしたら、『あ〜んなこと』や『こ〜んなこと』まで、されてしまうかも……。

おいおいおい、大丈夫なんか?コイツ?
これじゃあ、オレの身がいくつあっても足りへんやんけ。


オレは隣を歩く和葉に分からないよう、大きなため息をついていた。

(戻ったら、よ〜言いきかせとかなな……)



公園のベンチまでに行く間、オレたちは他愛もない話をしながら歩いていた。
でも、これだけ色々話してるのにオレと気づかないコイツは凄い。

それどころか。
このオレに、かなりの好意を持っているようだ……。


それは。いくら昔、鈍感キングと呼ばれたオレにでも一目瞭然。
オレも、もう27やしな。
女心(和葉限定)のひとつやふたつ、手に取るように分かるつもりや。

じっと見るオレに、和葉はまた頬を赤らめる。


「アタシの顔に何かついとるんですか?」
「いや……可愛ええなぁ、思て」
「?!」


ぶっ……。
真っ赤っかやんけ。

しかしまぁ、なんやな。
そんな和葉を見て オレは心中、穏やかではなかった。

オレを好いてくれるのは、正直とても嬉しい。
でも、今のオレは和葉にとって ”オレ” ではない。
しかし過去のオレもオレ自身な訳やし……。

ああ〜何かややこしなってきたわ!



そんな風に、どこか嬉しそうな和葉と未来のオレが話をしていると。

「お前、誰やねん?!」

突然、過去のオレが後ろから現れたのだった。




――ようやくお出ましか。
17歳の、服部平次め。


「……和葉、お前は先に家帰っとれ」
「何で?」
「ええから帰れっ!!」


いつもと違う、昔のオレの様子に気付いたのか、和葉は申し訳なさそうにオレに向かってこう言った。


「ごめんなさい、アタシはこの辺で……。あなたも早く帰って……」
「コイツには話があんねん、ごちゃごちゃ言わんと早よ行け!」
「でも……」


オレたちの間で困惑する和葉を見て、昔のオレもまだまだ青いなぁ……なんて思いつつ。
「大丈夫だよ」と、余裕の笑みを見せ和葉を促す。

そんなオレに後ろ髪を引かれながら前にいる少年平次をひと睨みすると、和葉はペコリとオレに向かって会釈をして公園を走り去っていった。

(可哀想にな……)

昔のオレって偉そうやなぁ。
なんて、今の自分を棚にあげてそんなことを思う。

そしてオレは、改めて昔の自分に振り返り対峙した。


「……で? オレに何の用や」
「お前……もしかして未来のオレやろ?」


驚いた。
そう。
コイツはオレのことを一発で、服部平次だと当てたのだった。

まぁ、普通は分かると思うが……。


「ああせやで、よう分かったな」
「和葉と何してたんや?!」


なんか懐かしいな、この感じ。
こんなギラギラした目、久しぶりに見たわ。
オレもこんな時代があったんやな。

そんなことを思う反面、幸せそうな過去のオレの顔を見た途端。
つい、意地悪のひとつでも言ってやりたい衝動にオレは駆られた。


「何って、見たら分かるやろ? デートや、デート」
「はぁ?何がデートやねん! どーせ大かた未来の和葉に構ってもらえへんで拗ねてこっち来たんやないんか?」
「うっ……」


さすがオレ、痛いとこを。


「…ったく、んなことしてやんと、さっさと未来へ帰れっ」


オレは過去のオレに図星を指され、ちょっとムカついてしもうたから。
我ながら大人気ないなぁ…なんて思いつつ。
思わず、コイツにとったら痛いだろうこの話題を口にしてもうた。


「せやけどなぁ……こっちの和葉、オレのこと好きになってもうたかも知れんで? さっきの顔、お前も見たやろ?」
「うっ……」


ほらな、やっぱり。

あの和葉の顔を見て、コイツは居ても立ってもいられなくなって、あんなに怒鳴り散らしたんや。
野生の感。いうやつ?
本能で、コイツはオレを ”危険人物” やと判断した。


「あの和葉やもんなぁ。 ”オレ” 以外、好きになる訳ないやろうし。 やからお前、オレがオレやって分かったんやろ?」


今度は和葉やなしに、こっちの平次が真っ赤になる番やった。


(なんか、ええなぁ……)


過去の、初々しい自分を見て感動すら覚える。
もちろんこんな姿、和葉の前ではポーカーフェイスを気取って見せたことないんやけど。

でも、これが素のオレ。

こんなオレが年月を経て、和葉に感情をぶつけれるようになり。
今では和葉に甘えたり、拗ねたりもしとるんやから。

信じられるか、お前?


「心配すんな、分かるやろ? 和葉にはお前しかおらんってことが」

オレかてお前やしな。
そう言って笑うと、過去のオレは半分ふて腐れた態度で苦笑いした。



「帰るわ、ええもん見せてもろうたし」
「はんっ、もう二度と来んなよ」
「あぁ。……向こうの色っぽい和葉が恋しいからなぁ」
「――っマジで?! アイツ、あれより色気増えるっちゅーんか?!」
「お前なぁ……」


そういや、この頃のオレは和葉の爽やかなお色気によく苦しめられとったもんや。

(やっぱ青いなぁ……)


「まぁ、早よ告白でもなんでもして、和葉をものにするこっちゃな」
「分かっとるわ!!大きなお世話じゃ!!」
「はっはっはっ」


オレはそう言って自分にはっぱをかけると、手を振りながら元来た場所へ歩いていった。






*****






「ん………」

目の前の霧が晴れるかのように、すぅーっと視界が広がる。

あれ?
オレは一体……?

――あっ?!


目覚めて、しばらく放心状態でいるオレの前に、人の気配がしてふと顔を上げた。
すると。

「大丈夫、平次……?」

オレの顔を心配げに覗き込む和葉は、やはり大人になったオレの和葉だった。


(思い出したで……)


今まで、すっかり忘れていた。
っていうか、この記憶は今作られたものなのだろうか?

色々考え出すと頭がパンクしそうなこの状況だが、実際体験してしまったものは信じるしかない。
オレは和葉に 「大丈夫や」、そう言って笑いかけると。
さっき見た過去の風景と記憶を、もう一度思い巡らせてみた。


あの後。
未来のオレを見送った17歳のオレは、勢いのまま和葉に告白して。

(押し倒したんやっけ……)

未来の ”オレ” との約束を速攻守ったオレって。
やっぱ純粋やったんかエロかったんかは。

考えんことにしよう……。


「なぁ、和葉……オレなぁ……」
「さっきはゴメンな、平次」
「えっ?」


昔のオレたちに会って、素直な気分になれて、ちょっとオレの方から謝って甘えてみようかな…なんて思っていたのに。
意外にも、和葉の方からオレに抱きつき謝ってきたのには正直驚いた。

不意打ち過ぎやで……。


「最近、アタシ平次に甘え過ぎてた。 アタシの寂しいときはいっつも平次は一緒にいてくれるのに、平次のこと全然考えてなくて」


寂しかったんやろ?
そういって、オレは和葉の胸に頭から抱え込むように抱きしめられた。




ええっと……。
ヤバイ。寂しいっちゅより、甘えたかったっちゅうか…ヤリたかっただけやなんて……。


(いまさら、言われへんわな……)


オレは和葉の問いには何も答えず唇を奪い強引に押し倒すと。
初志貫徹。
久々の情事に、オレは心の中で歓喜の雄叫びをあげた。



(やっぱり……17歳の和葉も27歳の和葉も、どっちも最高!!)



そういう訳で。
これからもよろしく頼むわ。

な、和葉。




「久々にタイムスリップ話を書きました(私事ですが;)でも、書いたものの……。これに似合うタイトルがなく強引に合わせたこの展開(ごめんなさい)今も昔も、エロ平次バンザイということで(誤魔化すな〜!!)。。あはv(汗)」 by yuna