「春夏冬中シリーズ」@-1
■ 春夏冬中 − 春の雨 − ■ by phantom


「はぁ・・・」
豪華なパーティー会場の片隅で、壁紙と同化しとるあたし。
はぁ・・・
もう帰ってもええかな・・・
溜息と共に落とした視線の先では、手に持っているウーロン茶の氷が綺麗に融けて無くなっとった。

先月、平次はやっと念願やった自分の探偵事務所をオープンさせた。
それまでは自分のアパートを事務所代わりに使うたり、仲のええ探偵さんの事務所に間借させてもろたりしとったのに。
今ではほんまに一国一城の主や。
服部探偵事務所の所長さまやで、平次とあたししか居らんけど。
あたしは大学を卒業後すぐの2年間は普通にOLしとったんやけど、平次が資料やら報告書やらぎょうさん溜まって困っとる言うから、3年前からOL止めて平次の仕事を事務員みたいな形で手伝う様になった。
勿論、ちゃんとお給料は貰うとるよ。
今もそうやけど平次は梅田に住んどってあたしは実家から通うてたんやけど、探偵なん不規則な仕事のサポートはお堅い事務職とは違うて勤務時間なんあって無いようなもんやから、あたしもすぐに平次のアパートん近くに部屋を借りた。
でも、なんや結局平次ん部屋に仕事の延長のままずるずると居ることが多くて、自分の部屋に帰るんはそれこそ週に2・3日程度やったけど。
でも、あたしはそれで良かった。
平次の側で眠るんは、とっても安心出来て好きやったから。

そやけど・・・
そやけど、あたしらの関係は何なんか自分でも分からんかった。

平次は何も言うてくれへんし、あたしもあえて訪ねたりはせぇへんかったから。
でも、あたしはほんまにそれで良かった。
平次の側に居られるだけでそれだけで良かった、平次が自分の事務所を持つまでは。

事務所をオープンさせてからは、今迄まったく相手にしてへんかったいろんなパーティにも顔を出すようになった。
「営業も仕事の一つや」
言うて、最近では招待されたパーティにはほんの少しの時間でも出席するようにしてるみたいや。
それに今日みたいに時間が有るときなんかは、なんでかあたしまで同席させる。
「タダで豪勢な飯が喰えるんや。お前も付いて来んかい」
こんなしょうもない理由でやけど。
そんで、あたしはいっつも壁の花。
平次はどこの会場でも、すぐに大勢の人に囲まれてあたしから遠のいて行ってしまう。
ガタイもええし見場もええ、その上話題も豊富と来たらおしゃべり好きの大阪人が放って置く訳無いやん。
特に女の人らは我先にと平次の側に集まって来るしな。

あたしはそれをただ遠くから眺めるだけ。

その輪に割って入ろうなん、さらさら思うてへん。
あたしにはあの空間は別世界やから。
分かり易う言えば、テレビを見とるみたいな感覚やねん。
直ぐ側に有るように見えて、ほんまはとっても遠い場所。

最近は、これがほんまのあたしと平次の距離なんちゃうやろか?て思う。

近くに見えとるから一緒に居るて思うてたけど、実際は手ぇ伸ばしても届かへんトコに居るんやないかて。
あたしと平次を取り巻く世界は違い過ぎる。
壁の花とスポットライト浴びとる人とでは、そもそもお話にならへんやんなぁ。

「帰ろ・・・」
あたしはグラスを近くのテーブルに置いて、誰にも気付かれること無く賑やかな会場を後にした。


星の無い空から降り注ぐ霧雨は冷たいんか温かいんか分からへんで、まるで今のあたしみたいやった。



「1コのお題を4分割。ぎょうさん有るのに増やしてどうする私・・・」 by phantom