「春夏冬中シリーズ」@-2
■ 春夏冬中 − 夏の嵐 − ■ by phantom


「もうこんな時間やん」
経理の書類を纏めてふと壁に掛けとる時計を見ると、7時を指しとった。
「外が明るいから時間の感覚狂うわ」
夏の空にはまだ太陽も残っとるし、繁華街のネオンはそれ以上に明るいから。
「今日も帰って来えへんのかなぁ」
平次が依頼で四国に行ってから、今日で5日。
事件に集中しとる時は連絡なんくれへんから、予定の3日を過ぎとっても未だメールの1つも無い。
やっかいな依頼やったんかなぁ。

そう思うてたら、
「帰ったで〜。あ〜腹減り過ぎて、もう動きた無いで」
と何の前触れも無く突然平次がドアから入って来た。
「お・・」
「もう、やから何か食べて帰りましょう言うたのに〜〜!」
あたしの声に被さって聞こえて来たのは、最近ここの近所に探偵事務所を開いた五十嵐夏穂(いがらしかほ)言う女やった。
「アホ〜何でSAのマズイ飯食わなあかんねん!」
「うわっ平次さん知らへんの〜?最近のSAの食事は結構いけるのに〜!」
もしかして、ずっと一緒に居ったんかな。
「そんなんどうでもええんじゃ。和葉、何か食うもん作ってくれ」
「そ・・」
「やったら、これから食べに行ったらええですやん!ねっ!和葉さんもそう思いますよね!」
人のセリフの邪魔するわりには、一応あたしの存在には気付いてるんやな。
「動きた無い言うてるやろが。それよりお前はさっさといね。ここはお前んとこの事務所ちゃうで」
「え〜〜!いままでず〜と一緒に居ったのに、何で今更そんなん言うですか〜?酷いんちゃいます?」
やっぱ一緒に四国行っとったんや。
「ア・・アホッ!お前が勝手に付いて来ただけやんけ!いらんこと言うなや!」
ふ〜ん。
「何言うてますの!人のこと扱き使うたくせに!」
そうなんや。
あたしはまだまだ続きそうな二人のじゃれ合いに付き合うてられへんで、さっさとキッチンでチャーハンでも作ることにした。

この五十嵐夏穂言う女は、元々平次の大ファンで探偵目指したらしゅうて自分の事務所作るなり平次に弟子入りする言うて押し掛けて来た。
な〜んや知らんけど、どこぞのお嬢様らしゅうて事務所はここより立派やししかも本人の他にも大勢探偵抱えとる。
それなんに所長である自分の事務所放っぱらかして、金魚の糞みたいに平次にくっ付いて離れへん。
ええ根性してるわ。
平次もやいのやいの言うわりには、彼女のことを気に入っとるみたいで今回みたいに何所へでも連れて行っとるみたいやし。
探偵を職業にしてからは、あたしのことは依頼先には連れて行ってくれへんくせにやで。
まぁ、別にええけど。
あたしは所詮、ただの事務員やしな。

冷蔵庫にあった材料で手早く2人分のチャーハンとスープを作って、事務所のテーブルの上に置いた。
「ほな、あたしはこれで」
未だに言い争いをしとる2人に、それだけ言うて自分の机の下に置いとるバックを取り出した。
「俺もこれ食うたら帰るし、ちょう待っとけや」
平次がチャーハンを掻き込みながらそう言うたけど、
「あたし今日は寝屋川まで帰んねん。そやから、先に帰るわ」
って返した。
「はぁ?何ぞあるんか?」
「ちょっとお父ちゃんに呼ばれてん」
「それは今日や無いとあかんのか?」
「さぁ?そやけど、もう今日帰る言うてしもたし」
「おっちゃんにやったら俺から明日にしてくれ、言うたるで」
珍しぃやん、平次がこんなん言うなん。
「どしたん?あんたん方こそ何かあるん?」
「へ?あ・・あれや、疲れたから肩でも揉んでもらおう思てやな・・・」
「あ!やったら私が揉んで上げますわ!こう見えても、そういうの結構得意なんですよ」
黙ってチャーハン食べてる思たら、きっちり自分の出番を待ってたんやなこの女。
こう見えてもどう見えても、明らかに出来そうに無いけど、やる気は満々やで。
「そうやて平次、良かったやん。ほな、お先」
何や平次は苦虫噛み潰した様な顔をしたけど、あたしは気付かん振りして事務所を後にした。


天気予報ではもうすぐ台風が来るらしい。
あたしの中でも、大きな渦が動き始めとった。



「平次の周りにはきっとこんな女もいるはず・・・」 by phantom