■ まだ撮ってるんかい ■ by 藍沢せりかさま


「おかん、今帰ったでー」
服部家の一人息子、平次は実家に帰ってきた。「服部探偵事務所」の所長として多忙である彼は、母親から『大事な話があるから必ず帰って来い』という厳命を受け、2ヶ月ぶりの里帰りをしたのである。
「お帰りー。仏間に来てやー。」
静華に呼ばれ、仏間に入ると仏壇に手を合わせていた静華が座ったまま平次に向き直った。
「元気そうやねぇ。」
「大きな依頼がやっと解決して、休み取れたんや。遅うなってすまんかったわ。」
そう言って、平次も仏壇に手を合わせる。
それからいつものように台所に行こうとすると、
「ちょお、待ち。今日はココで話をしたいんや。」
と静華から呼びとめられた。
「帰っていきなりかい・・・で、何なんや?」
「平次、アンタいくつになった?」
「へ?自分の生んだ子どもの歳も分からんのか?27やで。」
「あと3年で三十路やで・・・いつまで和葉ちゃんを待たせとくつもりなんや?一体いつになったら結婚するんや?!」
「ま、またその話かい!」
色黒なので分かりにくいが、顔を赤くした平次が反論した。
「また、やないやろ!アンタが大学卒業して、探偵事務所構えてから何年経ったと思っとるんや?和葉ちゃんが助手になってくれて、すぐにでも結婚すると思っとったら・・・・待てども待てども結婚のケの字も出ぇへんし!」
「それはまだ、俺が探偵として一人前やなかったし、アイツを食わせていけるか分からへんかったし・・・。」
そうこうしているうちに、依頼がどんどん入るようになり、平次は多忙を極め、それに伴って和葉も忙しくなり、時機を逃した、というのが正直なところなのだろうが。
「ウチはなぁ、22歳の時平蔵さんと結婚したんや。でもなかなか子どもができんで、25歳の時やっとアンタが生まれたんや・・・。3年も掛かったんやで!和葉ちゃんももし同じやったら・・・初産が30歳を過ぎてしまうやないか!」
「心配はソレかい!」
「当たり前やないの!男は仕込んで終わりやけど、女は出産っちゅー大仕事があるんやで!!!」
こう言われては、男である平次に反論できるはずもない。静華は続ける。
「だいたいなぁ、ウチは五十路までには初孫抱いて、『まぁ、なんて若くて綺麗なおばあちゃん。』と言われるのが夢やったんに!その華麗な人生計画を狂わせたのはアンタやで!」
「勝手なこと言うなや!そんなん知らんわ!」
「はぁ・・・早ぅ既成事実でも作ってくれてたら、今頃孫の顔見れたんやろうけど・・・。」
「そんなことしてみぃ!遠山のオッチャンから何されるか・・・。」
「ええやないの、アンタが殴られるくらいやろうし。和葉ちゃんが無傷で済めば。」
・・・・・それで終わるとは到底思えない。眉間に銃口を突きつけられて、引き金を引かれかねない。
何より。静華にとっては息子より和葉の安全が第一であることを、改めて知った平次であった。
「遠山さんかて内心は、孫の顔早うみたいと思ってるはずやで。」
その言葉にもグッと詰まる。
「じいちゃんの写真見てみい!服部家をアンタの代で終わらせるつもりかて、怒ってはるわ。アンタはなぁ、自覚足らんけどたった一人しかいない跡取りなんやで!」
仏壇に並べられた平次の祖父の写真。平次と同じく色黒で、精悍な顔つきをした祖父の目が、平次を睨んでいるようにも見えた。
その横に並ぶ祖母の写真は微笑んでいるのだが。
今までも。静華から結婚はまだか、と詰め寄られ、その都度かわして逃げてきた平次であった。
・・・・が。
「今日は逃がさへんで!ええか平次、今晩チャンスを作ったるから、そこで決めるんや!」
と、真剣な眼差しで静華は平次に向かって叫んだ。その時、
「おばちゃんー、こんばんは、和葉ですー。」
という声が玄関から聞こえた。
(和葉!?何で?)
和葉が来ることは聞いておらず、平次は驚いた。
「あら、和葉ちゃん、いらっしゃい!」
そう言って、玄関に迎えに出る静華。案内されて仏間に入ってきた和葉は、鮮やかなうす紫のフォーマルドレスを着ている。
髪を結い上げ、化粧もばっちりで、事務所でのカジュアルな服装を見ることの多い平次は、あまりの美しさに目を奪われてしまった。
「あ、平次!来とったん?」
「どないしたんや、その格好・・・。」
見惚れていたのを隠すように問うと、
「あ、おばちゃんがディナーショーに誘ってくれたんよ。おじちゃんと行こうと思って2枚チケット買ったけど、仕事で行けなくなったから一緒に行かへんか、って。しかも宿泊込み、っていうし。久しぶりの休暇やから、おばちゃんとお泊まりもええかなと思って。」
と観念したように和葉が答えた。本当は『せっかくやから、久しぶりに二人でおしゃれしてお出掛けしような、平次には秘密やで。』と、静華に言われていたため平次には伝えなかったのだが。
「あんな、和葉ちゃん。ウチも急用ができて行けなくなったんよ。けどもったいないから、代わりに平次に行ってもらうことにしたわ。」
「え・・・・・?」
(何やと〜?聞いとらんぞ!)
顔を見合わせ驚く二人を横目に、満面の笑みを浮かべ和葉に向かってウィンクする。
「アンタ達このところ忙しくて休みも満足になかったんやろ?二人でゆっくりしてきたらええわ。」
静華が自分たちを二人きりにするためにしてくれたことだと分かって、和葉は赤面した。
「じゃ、平次も準備させるから、ちょっと待っててな・・・。あ、お茶入れるわ。」
と言って静華が台所に行こうとした。しかし、
「おばちゃん、かまわんといて。それよりお線香上げさせてもろてええ?」
と和葉に言われ、嬉しそうに頷き、
「ありがとなー、ご先祖様も喜ばれるわ。ほな。」
と、仏壇に手を合わせる和葉を残して、息子に有無を言わさぬよう視線を送り、二人は平次の部屋に入った。
大学を卒業した時のままの状態にしてある。
「ほら、これ着て。」
クローゼットからスーツを出し、静華は平次に渡した。
「何やねん、俺何も聞いてへんで。」
「当たり前やないの、言うてへんのやから。いっつも親の言うこと聞かへんアンタに前もって言うたら、『嫌や』で終わってしまうわ。けどな、今日は・・・それは許さへんで。あのホテル、高層ビルで夜景が綺麗やし。プロポーズするには最高の場所やと思うけどな。」
「な・・・・」
「アンタらええ大人なんやし、恋人同士なんやで?そろそろけじめをつけなアカンよ!」
「・・・・」
「こういうことは、男から申し込むもんや・・・しくじったら、大阪湾に沈めるで?」
口調は柔らか、表情も一見穏やか。しかし、仁王立ちした静華の視線とオーラからは、『ここまでお膳立てしたのだから、一刻も早く和葉に結婚を申し込め!!!』というメラメラと燃えるような熱いメッセージがじわじわと伝わってくる。
もし、「できない」などと言おうものなら、間違いなく大阪湾に沈められるだろう。
平次の背中を冷や汗が流れた。
「あ、前もって言うとくけどな、アンタたちに子どもができたら、この部屋《孫部屋》にするから、そのつもりでな!」
「な・・・」
「早ければ早いほどええなぁ。」
にっこりと笑って、静華は部屋の入り口に立ち、
「和葉ちゃんを待たせているんやから、3分で着替えるんやで。あ、ディナーショーの後そのまま二人で泊まってきてな。」
と涼しい顔で言って、部屋を出て行った。
(・・・つまり、今夜何があっても結婚を申し込め、ってことかい!)
平次とて、今まで全く考えなかったわけでは無い。
ただ、平次の現在の住まいは「服部探偵事務所」の上の階にあり、和葉は近所のマンションに一人暮らしをしており。職場と自宅と恋人の住居が歩いて10分以内にある、という環境で。だから改まって「結婚して一緒に暮らす」ことまでしなくても、今のままでいい、と思っていたことも事実だ。
また、探偵という職業柄、家族を危険に巻き込むことだってありえる訳で・・・。決心がつかなかった部分もあった。
今までの平次なら、周りから突かれたらかえって反発し、結果ますます結婚への道のりは遠くなっていっただろう。
・ ・・・・だが。
考えるまでもなく、和葉は27歳。女性の「出産」ということを考えたら、「早すぎる」どころか「早いほうがいいよ!」と言われる年齢なのだ。
「平次―。まだなんかー?タクシー着いとるんやで。急いでやー」
一階から静華の叫び声がして、慌てて着替えたのであった。

「気いつけてな。」
玄関先で待機しているタクシーに和葉が乗り込み、続いて平次も乗車しようとすると、
「バイクは預かっとくから、明日必ず。夕方にでも必ず取りに来るんやで。」
と、着替えの入ったバックを差し出され、静華に念を押されてしまった。
明日、結果報告をしろと言われているのだ。
平次は返事をせず、仏頂面でタクシーに乗り込んだ。

(2)
翌日、服部邸。
(昨日、うまいこといっとったらええんやけど・・・)
静華は仏壇の前に座り、手を合わせながら平次と和葉のことを考えていた。
(和葉ちゃんなら、申し分ないもんなぁ・・・。平次にはもったいないくらいええ娘やし。)
生まれた時から知っていて、自分の息子とともに成長を見守り続けた娘のような存在。
その瞳が自分の息子を異性として見ていることには、ずいぶん前から気付いていた。
しかし。その肝心の息子が、態度は明らかに相思相愛なのに、社会人になっても《恋人同士》以上の関係になるための行動を起こさない。
天の邪鬼な息子のこと、自分が出しゃばれば、かえって話こじれるかもと考え、平次から行動を起こすまでは、口を挟むまいと静華は思っていた。だが、『依頼が』『仕事が』と言って結局結婚話は出ず、これ以上待てないと、強行手段に出たのだが。
(お義父さん、お義母さん、ご先祖様、どうか・・・和葉ちゃんが平次と結婚してくれますように!見守って下さい。)
仏壇の写真を見ながら、必死に心の中で訴える。
その時、カラカラと玄関が開く音が聞こえた。静華は慌てて玄関に向かった。
そこには平次と和葉が立っている。
「ただいま。」
「ただいま。」
二人はそう挨拶をし、照れくさそうに微笑んでいた。
「お帰り・・・待ってたんよ。」
静華は二人を台所に案内した。二人は並んでテーブルに座る。緊張した雰囲気が立ち込める。
静華はお茶を準備しながら。かすかに手が震えるのを必死で隠していた。
(な、なんやねん・・・。母親がこんなことじゃ、アカンやんか・・・)
普段とはうって変わった、極度の緊張が静華を包んでいた。
が、少しでも自分自身の緊張をほぐそうと、
「そうそう、ディナーショーはどうやった?」
と二人に聞いた。
「・・・・あ、なかなか良かったで。」
「すごく素敵やったよ。ありがとうございました、おばちゃん。」
「そ、そりゃ良かったわ。」
・・・その後の会話が続かない。しばらく沈黙が続いた。だが、
「あんな、オカン。」
と平次が真剣な顔で静華を見つめた。その横では和葉もますます緊張した面持ちになる。
平次は一呼吸した後、
「俺たち、結婚することにしたで。」
と言った。その横で和葉が幸せそうに微笑んでいる。
「ほ、ホンマに?間違いないんやね、和葉ちゃん?」
「はい・・・お義母さん、宜しくお願いします。」
静華の問いに、和葉はニコッと笑って、頭を下げた。
(『おかあさん・・・・・!』)
和葉のセリフが頭の中で繰り返され、あまりの心地よい響きに思い切り顔をほころばせた静華は、
「和葉ちゃんがウチの娘になってくれるなんて、ホンマに嬉しいわぁ!」
と言って次の瞬間和葉に抱きついた。

この年、和葉は平次と結婚し、服部和葉になった。
披露宴での新婦による花束贈呈で、受け取った静華が喜びのあまり、目じりに溜まった涙をハンカチで押さえた姿を見ながら。横に立っていた平蔵も家族が増えた嬉しさで、いつもより更に細い目になってしまったのである。

(3)
翌年。
「なんや、まだ撮ってるんかい。」
久しぶりの休暇で家にいる平蔵は、ベビーベットの中ですやすやと眠る赤ちゃんをカメラで写真に撮っている静華を見て笑う。
「やって、かわええんやもの・・・。」
「今朝もそう言うて撮ってたやないか。」
平次と和葉の間に女の子が生まれ、産後半年で職場復帰した和葉が、仕事のある日に子どもを静華に預けていた。
そうしなさい、と持ちかけたのは他ならぬ静華である。
おかげで孫がやってくる日は朝から子守りで忙しいのだ。
いや、その前からも。
平次と和葉が結婚すると宣言した日、二人が帰った後、すぐに知り合いの支配人がいる披露宴会場を押さえて。
その数日後。和葉との結婚の許しをもらうため遠山家に向かった平次が、許しをもらえぬまま「必ずまた来ます。」と言って一旦服部家に帰ってきたときも。すぐに平蔵に連絡を取り、数時間後には再び遠山家に出向き、和葉の両親に3人で頭を下げて結婚することが決まって。
1人しかいない我が子の、生涯ただ1度の結婚式・披露宴で失敗することはできないと、気合は入りまくって。
平次と和葉も仕事をしながらの準備は大変だったが、静華(&平蔵・遠山夫妻)もそれぞれにやるべきことをして。盛大且つ心温まる披露宴ができ、参加者たちも満足してくれたようだった。
そして、待望の和葉の妊娠。
それを聞いてからというもの、初めての出産を迎える和葉と『初孫』のため、うきうきしながらあれこれ準備し、息子の部屋を宣言通り《孫部屋》に模様替えして。
和葉のお産が終わり、母子ともに無事であったことに感謝して、和葉をねぎらい。
産婦人科退院後、実家である遠山家で過ごす和葉と孫に会いに3日に1度は通って。
二人が新居(和葉が元々住んでいたマンション)に戻ってからも、子育てに奮闘している息子夫婦を応援するため、しょっちゅう出向いては食事の支度や子守りの手伝いもしていた。
そして時は経ち。
息子の嫁が初孫を連れて、こうして家に来てくれる。
忙しいながらも充実した日々を送る静華であった。
と、いきなり赤ちゃんが泣き出した。
「あらあら・・・オムツやろか?」
そう言って、オムツを触る。しかし濡れていないので、
「お腹空(す)いたんやね。和葉ちゃんから預かっているお乳を用意するから、この子抱っこしといてや。」
と言って、孫を抱き上げ夫に託した。
腕の中でふぇんふぇんと泣く初孫を、身体を揺らしてあやす姿は、お世辞にもあやし上手とは言えないが、まさに『じーちゃん頑張ってるで!』という形容がぴったりである。
そんな平蔵に、哺乳瓶を持った静華が
「よう似合ってるで、じいちゃん。」
と笑いながら言うと
「お前もな、ばあちゃん。」
と言って、他の人間には見せることがないであろう柔らかな表情で言い返し、赤ちゃんを静華に抱かせる。
静華は椅子に座り、哺乳瓶でお乳を与え始めた。
「じゃ、写真、撮るで。」
平蔵は傍に置いたままのカメラを持ち上げ、二人に向かってシャッターを切った。

・・・・・こうして、初孫の『成長アルバム』のページが、また増えていくのである。
  






「 皆様初めまして。読んでいただきありがとうございます。サンデー特製DVD『10年後の異邦人』を見て、27歳になっても結婚していない平次&和葉ちゃんに驚いた私。そしてこの気持ちは静華さんも同じはず、という思い込みのもと、母親の婚活(暴走?)を書いてみたつもり、です。大阪弁も文章もあちこちおかしい点があるでしょうが、笑って許していただけたらありがたいです」 by 藍沢せりか