■ ちょっとそこに座り ■ by phantom


平次は今日の依頼を何とかクリアして、自分の部屋のドアを開けた。
「帰ったで〜!」

「ちょう、そこに座りや」

「はぁ?行き成りなんやねん?」
「ええから、つべこべ言わずに座り」
和葉が指差すその場所には、フロアーの上に直に座布団が鎮座していた。
「お座り!」
俺はペットかいっ!と思いながらも、平次は和葉の剣幕に負けてその座布団の上に胡坐を掻いた。
「ちょい待ち!なんで胡坐なん?この状況やと正座やろ?」
「さっきから何やねんなお前?」
「あんたん方こそ、正座しや」
「ええかげ・・」
「さっさとしっ!!」
問答無用と和葉が更に声を荒げた。
余りの大音量に流石の平次も一瞬びくつき、ブツブツ言いながらではあるがその指示に従った。

「平次、浮気してるやろ?」

「はぁ〜〜〜???」
和葉の爆弾発言に平次はただただ???を撒き散らすだけ。
「さっさと白状した方が身の為やで?ネタは上がってんねんから」
「お前なぁ・・・どこにそんな時間が・・」
「往生際の悪い男やな。ほな、コレ見ても言い逃れする気ぃなん?」
と和葉はフロアーの上にポケットから出した写真を並べ始めた。
1枚2枚3枚・・・・・・。
「・・・・・・」
20枚21枚・・・・・・・。
「まだ・・・有るんかい・・・」
41枚42枚でやっと終わりの様だ。
「どんだけ撮ってんねん!」
これだけ並ぶと有る意味壮観である。
「あんた、守備範囲広いなぁ〜」
平次と一緒に写っているのは、保育園児からギネスに載りそうなおばあさんまでざっと見積もっても許容範囲は5才〜120才位だ。
「・・・・・・・・・・・・」
「何か言いたいコトあるんやったら、聞いたるで?」
「・・・ったく。何考えてんのやお前はぁ〜?これのドコが浮気写真やねん!そもそも、どしたんやコレ?どっから持って来た!」
半分呆れてキレ気味な平次に、さらに突き出された1枚の写真。
「げっ・・・」

平次の目が捉えたそれは、画面からはみ出す程の工藤新一超どアップとその背後には平次と美人のお姉さん。

「お前・・・工藤に何やらせとんねん・・・」
新一のピース付き超どアップに、口の端をヒクヒクさせながら和葉を見上げた。
しかし和葉は、
「報告書もあんねんで」
とポケットから今度は白い紙を引っ張り出し、
「ほれっ!」
と平次の目の前に突き出した。

『 報告書  「 服部平次浮気確定 」  』

いったい何倍に拡大したらこんな大きな文字になるのか?と思う程のデカ文字で「浮気確定」と有る。
更には、新一の直筆署名と角印が押されているではないか。
これは工藤探偵事務所の正式な報告書なのだ。
新一の報告書は警察にも通用する程の信用度がある為、つまり、世間一般では公的書類と同じ扱いを受ける。
その報告書に「浮気確定」の文字。
たったそれだけで報告書と言えるかどうかは微妙だが、警察の救世主、現代のホームズと言われる新一のお墨付きには変わり無い。
つまりこの紙は、遠山父にも絶大な影響を与えると言うことなのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほんで・・・何が望みなんや?」
平次はがっくりと項垂れて、力無く呟いた。
「お休み頂戴!2週間!もちろん有休でやで!」
「ちょう待てや!何でそんなに・・」
「あたし使うて無い有休やったらもっとあんで?この際やから、全部使うたってもええよ?」
「そ・・それは・・・」
和葉の有休は今迄一度も使われておらず、合算すると軽く2ヶ月を超える。
しかも仕事だけならいざ知らず、平次の身の回りの世話まで放棄されるとなると流石にこれは頂けない。
「ええやんな。たった2週間で許したろ、言うてんのやから」
「ほんで、姉ちゃんと何所行くねん?」
「え?何で蘭ちゃんと一緒に行くコト分かったん?」
「分からいでか。そんなん俺やのうても分かんで」
「そうなん?」
和葉はとても不思議そうだが、平次にとっては和葉のそんな態度の方が不思議だった。
天下の工藤新一にこんなコトをさせられるのは、世界広しと云えども毛利蘭を措いて他にいない。
「工藤のヤツ・・・何やらかしたんや・・・ったく。ええ迷惑やで」
「ああ工藤くんやったら、先月の蘭ちゃんの誕生日すっぽかしたんやて」
「・・・・・・ほんで、これかい」
平次は憎憎しげに、綺麗に並べられている証拠写真を睨み付けた。
「ほんま工藤くんて凄いなぁ。平次まったく気ぃ付いてへんみたいやったし」
和葉はいそいそとそれらを回収し始めた。
「・・・・・・・・・」
「蘭ちゃんも工藤くんに任せとけば絶対大丈夫やから言うて、もうあたしの分までチケット用意してくれとるんよ」
和葉と蘭は明らかに、工藤新一の使い道を間違えている。
「しかもな!工藤くんの奢りらしゅうてな、飛行機はファーストクラスやしホテルも全部スイートルームなんやて!」
「ファーストクラスて何所まで行く気や?」
「あんなぁ、驚かんといてよ」
「何所やねん?」
「フロリダのウォルト・ディズニー・ワールドやねん!」
「はぁ〜?お前ら英語さえ碌にしゃべれへんくせに、そんなん行ってもしゃ〜ないやろが」
「それも問題無いで。工藤くんのお母さんがあたしらと一緒に回ってくれんねんから」
「さよけ・・・」
「ほな、そう言うことやから。今から行って来るな!」
「今からかいっ!」
「そやで。明日の昼の飛行機やから、今日中には蘭ちゃん家まで行っときたいし」
和葉はすべての写真と報告書を再びポケットに収めると、正座したままの平次を迂回して靴を履き始めた。
「ちょう待てや!」
「あっ。見送りやったらいらんで、関空までお父ちゃんが送ってくれる言うて、下で待ってくれてるから」
これはすでに遠山父の承諾も得ているので、平次の反論は無駄だということだ。
「写真とそんけったいな紙は置いて行け」
「あか〜ん!べ〜!」
「何やねんそれはぁ〜?」
「これは今後の為にあたしが持っとくの。あんたも身に覚えが無いんやったら、別にええやろ」
「つべこべ言わずに出せや!」
「あ〜〜〜!もしかしてほんまに浮気してたん平次?!」
「あ〜ほ〜か〜〜〜!!」
「絶対に渡さへん!」
「ええから出さんかいっボケッ!!」
絶対渡さないと頑張る和葉と意地でも取り上げようとする平次の2人は、玄関口で揉み合っている内に和葉のポケットにあったもの全部をその場にぶちまけてしまった。
慌ててお互いに拾い集めようとするが、

「和葉!まだなんか?」

と遠山父が登場。
「うん?何や?」
しかも足元に落ちている白い紙を拾っている。
「あっ・・・お父ちゃん・・・」
「お・・・・・・・・・おっ・・・ちゃん・・・」
2人の声など届いていないのか、無表情でその紙を一瞥し、ついでのように数枚の写真も拾い上げた。
無言でそれらを確認し、ハンカチでも仕舞うみたいに自然な動作で自分のポケットに納めてしまったではないか。
平次も和葉も遠山父が醸し出す気配に、慄いて微動だに出来無いでいる。
「平次くん」
「はっ・・はいっ!」
平次の声は完全に裏返ったが、それを笑う者などここには居ない。
「ちょう、そこに座ってくれへんか」
「は?」
「すまんけど、そこに座ってくれや」
遠山父が顎で指すその場所は、今現在平次が立っているこの場所で、ついさっきまで平次が履いていた靴がある場所。
「ここに・・・ですか?」
「そや」
清清しいまでの遠山父スマイル。
「・・・」
顔面冷や汗の平次。
和葉はこの隙にと、まだ落ちている写真をせっせと拾い集めている。
「おおきに平次くん。すまんが和葉を送って来るさかい、そのまま待っといてくれや。ほな、行くで和葉」
と写真を拾っている和葉の腕を掴んで、平次の部屋のドアをバタンッと閉めた。
その為に平次とドアの隙間は僅か数センチ程になってしまった。
聞こえて来る和葉の声も、段々と遠のいて行く。
ぽつんと1人玄関ドアに向って正座している平次の背中は、彼の人生が残り少ないコトを告げていた。


「工藤〜〜〜〜!!祟って出たるからな〜〜〜〜!!」





ちゃんちゃん


ちなみに今回の工藤新一総自腹額  ¥11,922,960 



    「遠山親子に”お座り!”をさせられる平次の巻(笑)」 by phantom