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■ 本日は終了しました ■ by 月姫 「おわったぁ」 パソコンの電源を切って、和葉は固まってしまった身体を解すように大きな伸びをした。 普通の事務用より大き目の和葉のデスクの上には、綺麗に整理された請求書や領収書が鎮座している。 「お疲れさん」 依頼関連以外の細かな事務仕事には向かないと自他共に認めるこの探偵事務所の所長である平次が、こちらも一区切りついたのか大きなデスクに広げていた書類を纏め始めた。 「月末に依頼が重なると、事務が滞ってアカンわ」 「しゃあないわな。予定の立てられる仕事とちゃうしな」 「残業代、ちゃんと貰うで?」 「それは勘弁!代わりに一昨日の分と合わせて有休付けたる」 「有休貰っても溜まる一方やん!もう、来月は纏めて休み取ってオバチャンと旅行でも行こうかな」 この仕事を始めてもう5年、いい加減事務処理にも慣れた和葉は、いくら月末だからといっても会計処理にこんなに時間がかかる事は滅多にない。 だが、探偵事務所とはいっても、所長兼探偵の平次と名目上は事務員ながらも時には探偵助手まで務める和葉の2人だけなので、仕事が立て込むとどうしても急ぎではない事務仕事が後回しにされてしまい、結果として残業となってしまうのだ。 もっとも、依頼が入れば勤務時間などあってないようなものというのが探偵業なので、残業自体は珍しい事ではないのだが。 「お腹空いとらん?何か軽く食べる?」 「メシはいらんけど、濃いコーヒーなら欲しいわ」 「こんな時間にそんなモン飲んだら、胃に悪いし眠れんようになるで?ホットミルク作ったげるから、そっちにしとき」 和葉が指差した先、壁に掛けられた時計は、もうすぐ日付が変わろうとしている。 空腹なままなのもあまり良くないが、コーヒーはブラックに限るなどと常日頃宣言している人間にこんな時間に濃いコーヒーなど出せない。 ぶつぶつと不満を並べ立てる所長を無視して、この事務所を実質的に切り回している有能な事務員は、奥の簡易キッチンへと向かった。 「昨夜も殆ど徹夜やったんに……。もう、いつか身体壊すで?」 簡易キッチンの小さな冷蔵庫から取り出した牛乳をミルクパンでゆっくり温めながら、和葉は事務所の方には聞えないように小さく呟いた。 趣味を仕事にしてしまったような平次は、高校時代から築いた知名度を生かして少々ワーカホリック的に仕事に精を出しているから、探偵などというヤクザな商売の割にはそこそこ儲かっていて、事務担当の所員としては給料の心配もなくて嬉しい限りだ。 けれど、何かに集中すると食事も睡眠も忘れてしまうという平次の悪癖はこの歳になっても健在で、恋人としてはその集中ぶりが少々心配になる。 依頼人たちは確かに『服部平次』を頼って来るのだけれど、彼が出るまでもない依頼も多いのだから、和葉としては少し仕事を整理して休んで欲しいと思う。 「言ったところで、聞かないんやけど……」 温まったミルクにほんの少しだけ蜂蜜を溶かして、マグカップに注ぐ。 和葉に出来る事と言えば、こうして彼の身体を気遣いながら身の回りの世話をする事だけだ。 「あれ?今日は終わりなん?」 和葉がマグカップを持って事務所に戻ると、平次は来客用のソファに長々と寝そべっていた。 いつもなら仕事が終わっていても情報収集だ何だと暫くはデスクに張り付いているのにと、和葉から珍しいものを見るような目で見られた平次が、のっそりと起き上がりながら嫌そうに眉を寄せた。 「ホットミルクで仕事が出来るかい」 「そーゆう差別はアカンと思うで?」 「差別やのうて区別や」 隣に納まった和葉からマグカップを受け取ると、平次は改めて時計に目をやった。 「オマエ、今日はどうするんや?親父さん、久しぶりに早上がりやったんやろ?そろそろ終電やし、帰るんなら送ってったるで?」 「せやねぇ……朝一で区役所行きたいし、今日はここのベッド借りるわ」 「せやったら、上来ればええやん」 「それはイ・ヤ」 「即答かい。そんなら、オレもこっちで寝る」 「ほな、アタシは上の部屋借りるな」 「それやったら、意味ないやろ」 「子供やないんやから、1人で寝られるやろ?」 「子供やないから、独り寝が淋しいんや」 実家から通勤している和葉と違って、平次はここに事務所を借りた時に一緒にすぐ上の部屋を自宅として借りていたから、こんな時のためにと事務所に作った仮眠室がその名の通りに使われる事は殆どない。 和葉には平次の部屋の合鍵も渡されているのだから当然と言えば当然の事だったが、たまにはこんな会話も楽しかった。 「平次がこんな甘えたやなんて、名探偵に幻想抱いとるお子様たちが知ったら失望するで?」 「せやから、ガキどもの夢壊さんように、ちゃんと甘やかせや」 ほわりと立ち上るミルクの香りの中にほんの少しだけ混じった蜂蜜のように、微かに甘さを含んだ他愛のない遣り取りが、仕事で昂ぶった平次の神経を静めてくれる。 ざらついて固まりかけた心が柔らかく解れていくようなその心地好さに誘われるように、平次はカップの中のミルクを飲み干した。 |
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「これも1つのオフィスラブ……かもしれない」 by 月姫 |
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