■ 裏ファイル!? ■ by 月姫

 
「ホンマ、ありがとうございました」
 
事務所のソファで調査報告を聞いとった依頼人は、そう言うと正面に座ったオレに深々と頭を下げた。
 
最近業績を伸ばしとる会社の社長をしとるこのオッサンが、この事務所に依頼を持ち込んだのはこれで5回目。
最初は、オレが事務所開く時に世話んなった人からの紹介で、横領の疑いのある社員の身辺調査やった。
オレらの調査でその社員が他にも色々やらかしとったんが判明して、オッサンはエラい感謝してくれた。
……特に、和葉に対して。
 
まあ、そこまではええんやけど、このオッサンはそれから頻繁に依頼を持ち込むようになった。
やれ、おかしな手紙が届いたとか、知らん番号から頻繁に電話かかってくるとか、大事な商談やから先方の業績を調べて欲しいとか。
どれも社内の総務で出来るような内容で1日とかからず終わる依頼ばかりやけど、金離れはええし事務所としてはある意味上客やと思う。
 
せやけど、気に入らん。
何がて、このオッサン、下心バリバリなんが見事なくらい透けて見えとるからや。
 
「いや、いつもええ仕事して貰えて、ホンマありがたいですわ」
「ご期待に応えられてよかったです。ほんなら、次の依頼がありますんで」
 
不気味なくらい上機嫌なオッサンに事務的な返事をして、封筒に入れた報告書を差し出しながらさっさと追い出しにかかる。
和葉にはオッサンの来る時間に合わせて買い物頼んであるけど、そろそろ戻って来るやろし。
 
仕事を盾にしたオレを、依頼が終わっとるのに世間話に引き込むのも不自然すぎると察したんか、オッサンはしぶしぶとソファを立った。
 
「ほな……」
 
今まさに帰ろうとオッサンがドアノブに手を掛けた時、軽い足音が外から響いて来た。
その足音の主がわかったオッサンはへらりと頬を緩ませ、オレは苦々しく舌打ちする。
 
「ただいま。あれ、大川さん」
「ああ、遠山さん、ええ所に。いま丁度所長さんから依頼の報告を頂いてね」
「お役に立てました?」
「勿論や。ウチの仕事が順調なんも、きみらのおかげや」
「そんな大袈裟な」
「いやいや、ホンマ感謝しとるんや。ああそうや、お礼に今度食事でもどうや?」
「いえ、仕事ですから」
 
事務用品の詰まった紙袋を抱えた和葉の手を、オッサンが両手で握りこむ。
アレは絶対に握手ちゃうのに、和葉はにこにこと笑うだけや。
探偵なんて商売しとるから人の心のウラ読んだりて日常茶飯事なんに、何でこのオッサンの下心に気付かんかな。
 
「また何かあったらお願いするよ」
 
帰りがけに和葉に会うて手ぇまで握ったオッサンが、浮かれた足取りで事務所を出て行く。
パタンとドアが閉まった瞬間に、オレは和葉の手から紙袋を引っ手繰った。
 
「さっさと手ぇ洗うて来い」
「あ、うん」
「ちゃんとアルコール消毒もしとけや」
「わかっとるて」
 
外から戻ったら手を洗う。
それはオレらがガキん頃から躾けられた習慣やし、最近はインフルエンザやら何やらあるから念のために消毒薬も置いてある。
和葉にしてみればいつもの習慣やけど、今のオレにとっては文字通りの『消毒』。
ついでにコッチも『消毒』したろと、和葉の後を追ってキッチンに行ってあのオッサンに出した湯のみを漂白剤を溶かし込んだタライに沈めたった。
 
「その湯のみ……」
「ああ、何やうっすらと茶渋ついとったみたいやから」
「そうなん?」
 
和葉にとってはあのオッサンはお得意様らしいけど、オレにとってはブラックリストのトップに来とる要注意人物や。
仕事に打ち込んどったんか何か知らんが、今んなって15も年下の、それもオレゆう恋人のおるオンナに手ぇ出そうなん、身の程知らずもええトコや。
世話んなった人の紹介やから今はまだ流したってるけどな、ソッチがそのつもりならオレにも考えがあるで?
オレの知識と情報網とコネとツテを総動員して、オッサンの周りを徹底的に調査したる。
オッサンが気付かんうちに洗いざらい調べ上げて路頭に迷わせたるから、覚悟しとけや?
 
「ちゃんと手首まで洗う」
「もう、わかっとるて!」
 
頭ん中でブラックリストのあのオッサンの項目に付け加える内容を纏めながら、オレは和葉の『消毒』が終わるのをきっちりと監督した。



「服部探偵事務所の裏ファイルには、野郎の名前ばっかり載ってます(笑)。」 by 月姫