■ 美人お断り ■ by micky


「服部さん…ですよね?」
東京での仕事帰り。
ホテルの近くで一人お酒を飲んでいると、突然、後ろから声をかけられた。
大阪ではよく声をかけられるが、こっちでそういう事は滅多になく、怪訝な顔で振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
「どちらさん…やったかな」
どことなく千賀鈴に似た雰囲気と清楚なその顔に、頭を一瞬でフル回転させて記憶を辿る。

「先日、父に脅迫状が送られてきた際に、服部探偵事務所に依頼して助けてもらったんです。私はちょうど留学中で、直接お会いできるなんて思いもしなかったので、つい声をかけてしまって…」
「脅迫状ゆうたら…。あぁ!東都大教授の……そういえば娘が一人おる言うてたな。見せてもろうた写真より若い感じがして分からんへんかったわ」
そこまで思いだすと、その女性は嬉しそうに微笑んだ。

「その節はありがとうございました。父も軽傷で済みましたし、犯人も無事に捕まりましたし、本当になんてお礼を言ったらいいか…」
「お礼?そんなんいらんいらん。仕事やし、お金もちゃーんと貰うたしな」
営業の笑顔ではあるものの、平次の人懐っこい笑顔に女性は安堵の表情を浮かべた。


「今日はお一人で?父が話をしていた美人の方は一緒じゃないんですか?」
「美人?……あぁ、もしかして和葉の事か?」

「もしかして…和葉さんって苗字が遠山ですか?父が入院中に何度かお花を頂いたみたいなんですが」
「…さぁ、知らんなぁ。アイツが、か、勝手にやってんちゃうかな」
少し口元を引きつらせながら、動揺してる感じに、女性は微笑んだ。


「それでも父はとても喜んでいました。服部さんにも和葉さんにも感謝して…」
「まぁ、立ち話もなんやし、ここに座ったらどうや?」
「あ、ありがとうございます」
女性が隣に座ると、目の前にいるバーテンダーにオールドパルを注文した。


「…今、犯罪心理学や法律の勉強をしているんです。将来は弁護士になろうと思っていますが、服部さんのお仕事の探偵という職業にも興味があって。そうだ…もしよければ私を服部探偵事務所で、助手でも見習でも何でもいいので雇ってはいただけないでしょうか?」
「…すまんけど…それは無理やな。いや、アンタが悪いとかちゃうで。美人やし頭もええやろうし」
平次は少し間をおいて、グラスを見ながらフッと笑った。

「でも、お仕事忙しいんでしょ?」
「そこらへんは問題ないわ……全部やってくれる奴がおるしな。こんな仕事やし、2人でも十分や」

「そうなんですか?」
「まぁ…しいていうなら」
手に持った酒をグイッと飲みほして、大きな息を一つ吐いた。
そして空のグラスを回しながら、今までとは違う優しい表情でポツリとこういった。




「互いに余計な気を揉まんでもええように…ちゅうとこやな」




「女性を雇うにしろ、男性にしろ、なかなか採用は難しいようです」 by micky