■ 独身男性の依頼は倍額で ■ by 月姫

 
『変な手紙が届いて気味が悪いから調査して欲しい』
 
そんな依頼を持ち込んで来たんは、30を幾つか過ぎたくらいの男。
差し出された名刺には最近読んだ経済誌に載っとった会社名と、そこの『社長』て肩書きがあった。
 
「ほんで、その手紙はどこに?」
「ああ、はい」
 
依頼に来たクセにどこか上の空なオトコは、脇に置いたアタッシュケースを膝の上で開いた。
 
スーツにタイに腕時計に靴に鞄。
さすがにブランド名まではわからんが、所謂上流て言われとる人たちとの付き合いもあって『本物』を見慣れとるオレには、そのどれもが有名所のそれなりの品やゆうのはわかる。
使い慣れた風なんにくたびれた感じはせえへんから、手入れにも手間暇掛けられるくらい金回りもええんやろう。
……と言う事は、このオトコが出して来た名刺はある程度信用出来るて事や。
あの雑誌の特集は最近伸びとる企業の紹介で社長の顔は出とらんかったから、目の前のコイツが間違いなく名刺の本人かは断定出来んけどな。
 
オトコが茶封筒を取り出すまでのほんの数秒でそこまで観察して、オレはこの先の方針を決めた。
 
「これです」
 
テーブルの上に置かれたのは、何の変哲もない長4の茶封筒。
宛名はなし。
 
「3日前、自宅の郵便受けに入ってました。内容を見てどうにも気味が悪くて、こうしてご高名な服部さんにお願いに上がった次第です」
「警察には?」
「いえ、あからさまな脅迫ではありませんし……」
 
オレの質問に答えながらも、オトコの視線はオレを通り越して明後日の方に向いとった。
 
オトコの視線の先、応接セットのオレが座っとる側のナナメ後ろには和葉のデスクがあって、基本的に依頼人との打ち合わせ中は彼女は自分のデスクに控えとる。
そんで、今このオトコは探偵のオレに依頼に来とるんに視線はずっと和葉に向いとって、コッチが質問せな話もせえへん。
依頼人ゆうのは困り事やら不安な事を抱えとるから探偵に頼って来とるんやから、大抵はちょお水向けたるだけで色々いらん事まで話始めるモンやし、相談中に目の前の探偵放ったまんま上の空になる事なんあるハズもない。
極めつけは、コイツはまだ独身で、会社も自宅も仙台なんに探偵がいくらでもおる東京を素通りしてこの大阪まで出向いとるて事や。
これらを総合して考えると……。
 
「和葉」
「あ、はい」
 
まだ内容はわからんが、万が一事件やった時の事を考えていつものように和葉を呼ぶ。
和葉も心得とるから、それだけで白い手袋をオレに差し出した。
 
オレに呼ばれて引き出しから手袋を取り出した和葉は、ソファに座ったオレに手袋を渡してデスクに戻る。
オレの目の前に座ったこのオトコの視線は、間違いなく和葉の動きを追っとった。
 
……確定やな。
 
封筒の中身に目を通しながら、こっそりため息をつく。
 
コイツの本題は、オレへの依頼やなくて和葉との接点を持つ事。
困っとらんとは言わんが、依頼は二の次。
 
テレビやら雑誌やらの取材を受けてから、こんな依頼人が確実に増えとる。
オレとしては面白くない事この上ないが、依頼は依頼。
ソッチがそのつもりなら、コッチもそれなりに対処するだけや。
イラついた分は、いつもみたいに料金に上乗せして請求したればええ事やしな。
 
「ほんなら、本題に入る前に確認さしてもらいます」
 
封筒をテーブルに戻して、オトコの前に料金表を向ける。
 
「オレ1人で充分やて思うんで」
「いえ、依頼料は惜しみませんので……」
 
案の定、オトコが慌てて両手を振る。
 
「助手もとなると、人件費やら必要経費やら、倍額から場合によっては3倍になりますが?」
「結構です」
 
景気のええ話やな。
ほんなら、がっぽり頂きまひょか。
明朗会計の服部探偵事務所やけどな、オプションは時価やで?
 
「ほなら、すぐに取り掛からせてもらいます」
 
相変わらずオレのナナメ後ろを見ているオトコに一応は営業用スマイルを向けて、オレは頭の中の請求書に『3倍』と書き込んだ。



「和葉ちゃんはオプションですので、別料金を頂きます(笑)。」 by 月姫