■ 浮気調査 ■ by 月姫

 
『あの名探偵の服部平次氏が深夜のホテルで密会!?』
 
そんな見出しが躍る週刊誌を、食い入るように読んでいる男が1人。
カラーのグラビアにはサングラスを掛けた男女の姿、そして本文は見開き2ページがっつりと、写真付きで『名探偵の浮気現場』がスクープされていた。
 
いくらサングラスを掛けていようと、そして印刷の荒い白黒写真だろうと、男が平次だというのは間違いない。
その傍らに写っているのは肩までの金に近い茶髪にサングラスを掛けていてもわかる派手な化粧をした、胸元と背中が大きく開いた挑発的なデザインの赤いワンピースの水商売風の女。
色々と目をつぶって頑張って好意的に解釈しようとしても、どう見てもラブホにしか見えない建物の入り口脇で、平次が女の肩を抱いて親しげに顔を寄せて何事かを話している様子を捕えた写真に、男の手が小刻みに震えた。
 
『あの名探偵の浮気現場に本誌の記者が偶然遭遇!』
『かねてから結婚間近と言われていた美人助手と破局か?』
『浮気のお相手は人気キャバ嬢?』
 
などなど、週刊誌らしい刺激的な小見出しの踊る本文にじっくりと目を通した男は、内線で一番頼りにしている部下を呼び出すと、無言でその雑誌を差し出した。
 
「……これは」
「大滝」
「はっ」
「今すぐ、一課の連中集めろ」
「一課て……」
「ガサ入れや」
「ですが、本部長……」
 
どんな罪状でとか裁判所の令状がとか、そんな常識的な反論すらも許さない程の圧倒的なオーラに、強面で鳴らしたベテラン刑事の大滝が冷や汗を流しながら固まった。
 
噂の服部探偵事務所が入ったビルの前に覆面を始めとした警察車両がずらりと並んだのは、それから僅か15分後。
どんな凶悪事件の現場に踏み入る時よりも重厚な布陣で臨む警察官たちが、中央に停められた車から降り立った男に一斉に敬礼をする。
ビルの前で井戸端会議に余念のないオバチャンたちはその物々しい集団に滑りのいい口を閉ざし、階段を占領する勢いで口々に事務所に向かって質問を叫んでいた記者たちも写真を撮る事すら忘れてその場に立ち尽くした。
 
何があろうと質問と写真が信条の連中すら黙らせる程の威圧感を醸し出し、無言で道を空けさせた大阪府警本部長であり服部探偵事務所の美人助手の父は、凄みのある笑みを頬に貼り付けたまま殊更ゆっくりと事務所へと足を踏み入れた。
 
「おっ……おっちゃん!?」
 
パタンとドアが閉められると同時に、名探偵の裏返った悲鳴が響いた。
 
「オレは無実やーっ!!話を聞いてくれ!!おっちゃーんっ!!」
 
ガサ入れと言いつつ、どんなに耳をすませても引き出しやロッカーを開け閉めする音も聞えず、それどころか証拠品を持ち出すためのダンボールすら運び入れられていない事務所からは、世に知れた名探偵の悲痛な叫び声だけが響いてくる。
 
大阪府警本部長臨場という大掛かりなガサ入れと、局地的に凶悪犯となってしまった名探偵への厳しい尋問が終了したのは、買い物に出ていた和葉が警官・オバチャン・記者という最強の包囲網をやすやすと潜り抜けて事務所に戻った時だった。
 
「お父ちゃんも、あの雑誌見たん?いややわぁ、あれアタシやねん。尾行中やったから、バレないようにて頑張って変装したんよ?」
 
渦中の美人助手は、ぐったりとソファに倒れ込んだ平次やおどろ線を背負った父親を他所に、両手を頬に添えて恥かしげに笑った。




「頑張れ、平次(笑)」 by 月姫