■ この子誰の子? ■ ―春夏冬中シリーズF― by phantom


「和葉ちゃん。そろそろお乳の時間とちゃう?」
娘と遊んでくれていた御母さんの声が、事務所の奥の今は子守り部屋と化している元仮眠室から聞こえて来た。
「え?もうそんな時間?」
丁度あたしの正面斜め上にある時計に目をやると、確かにさっき上げた時から3時間以上が経過しとったわ。
「すぐ行きま〜す」
机の上に広げてた書類をパタパタと片付けて、立ち上がる。
その際チラッと平次に目ぇやると、一見平然と仕事をしてる風やけど眉間に妙なシワが寄っとった。
「ぷっ・・」
思わず噴出してまうと、
「な〜に笑っとんねん?」
とギロリ。
「な〜んも〜」
わざとらしい素知らぬ素振りで、悠然と平次の前を横切って行く。


半年前に生まれた、平次とあたしの可愛い赤ちゃんは女の子。
御母さんとお母ちゃんは当然やけど、お父ちゃんとあの表情の少ない御父さんまでもが初孫に大喜びしてくれた。
それに御母さんとお母ちゃんは生まれる前から、出産準備と称して毎日の様に2人揃って買い物に出掛けては大量の赤ちゃんグッズを購入してたらしい。
予定日が間近になって実家に返らせて貰う思うてたあたしが、平次と共に服部家に帰ると純和風家屋の中に忽然と小さな遊園地みたいな部屋が誕生してたから、その違和感にびっくりしてもうたんはまぁ〜しゃ〜ないわな。

これは・・・誰の趣味?

唖然と立ち尽くす平次とあたしの横で、御母さんとお母ちゃんの楽しげな声だけが木霊してたんは今でもはっきり覚えてる。
それからも気付けば何かしら増殖しとって、服部ベビー遊園地はいつしか隣の和室にまで拡大しとったのは言うまでもないやろ。
更にはお父ちゃんに御父さんまでもが、
「通りすがりに見掛けてのう」
とか言うて何かしら買うて来るから、未だに服部ベビー遊園地は拡大の一途を辿ってるんよ。
大阪府警本部長と近畿管区警察局長が何所を通り掛かったら、しゃべるヌイグルミや天上に可愛らしいウサギさんが映し出される玩具を見掛けるんやろか?
しかも、それらをいそいそと買うてる姿も想像出来へんのやけど。
いっぺん御父さんに、
「誰かに買うて来て貰うたんですか?」
て聞いたら、
「ワシがレジに並んで買うたんや。こればっかりは他人には任せられへんしのう」
やって。
きっと違和感バリバリで、周りから浮きまっくってたんは間違いあらへんわ。
そうこうしてる間に、待望の可愛い女の子が無事に誕生。
平次は立会い出産でずっとあたしと一緒に唸ってくれとって、生まれた途端にはしゃぎ回ってた。
しかも一番最初はママが抱っこって決ってるのに、看護婦さんから無理矢理奪いとってなかなかあたしに抱かせてくれへんかったんやで。
見かねた御母さんが平次からもぎ取ってくれたんやけどこれまた暫らく放してくれへんし、その次はお母ちゃんや。
なんであたしが最後やの?
夕方にはお父ちゃんと御父さんも来てくれて、そこで始まったんが名付けについての討論やったわ。

平次は、あたしと自分の名前から一文字づつ取りたい言うし。
あたしは、可愛らしい名前がええ言うた。
御母さんは、平次やあたしと同じ三文字にする言うて譲らんし。
お母ちゃんは、華やかな字が使いたい言うし。
お父ちゃんは、あたしの子やて分かる名前やないとあかん言うし。
御父さんは、「服部」に合う名前にせんとあかん言うた。

纏まりそうで纏まらない論議は、延々何日にも跨って続けられたわ。

そして終わりの見えない言い合いに終止符を打った名前がこれ。
平次の意見以外すべてをクリアしてるちゅうことで決定や。


「華月〜〜!お待たせ〜〜!」


御母さんに抱っこされて、指をしゃぶってた娘があたしに向って両手を出した。
ああ〜可愛ええ〜〜!
も〜これだけでムギュ〜ってしてまうわ〜!
「ほ〜ら、かづちゃんママですよ〜」
って御母さんがあたしにそっと渡してくれる。

華月は御母さんとお母ちゃんには懐いとって、あたしが仕事を再開してからは交代で昼間子守りに来てくれてるんよ。
いつもやったら上の部屋で見てくれてるんやけど、今日は月1回の清掃業者の日やからここ。
これは御父さんの命令。
ホコリや汚れはばい菌が繁殖して華月にようない、言うて府警の掃除を担当してる業者さんに特別に頼んでしもたらしい。
やからあたしらの部屋は、いっつもホテル並に綺麗やで。

「ほんまこの子は可愛ええなぁ〜」
御母さんが遊んでた玩具を片付けながらそう言うてくれる。
「いっつも笑顔で、ぜんぜん愚図らへん」
特に御母さんは自分の名前の一字が入ってるせいなんか、もう華月にはべたべたやねん。
「それに顔は御母さんにそっくりやから、将来は美人間違いなしやし」
娘は父親に似る言うやろ?
平次は御母さん似やから、つまりは御母さん似ってことやねん。
「もう和葉ちゃん。そんなにおだてても何も出ぇしまへんで」
言いながらも御母さんの顔はニコニコや。
30分程で満足したのか、華月はあたしの腕の中でスヤスヤと眠り始めた。
そこであたしはあるコトに気付いた。
確か華月に今日着せたんは、ピンクのロンパースやったはずなんやけど。
同じピンクやけど、何かどこか違う気がする。
「ああ〜それな、今日ここに来る途中で見付けたんよ。絶対、かづちゃんに似合う思うてな〜。他にもぎょうさん可愛ええのあったから、また買うて来るな」
「あ・・ありがとうございます・・・」
ああ、また1枚増えたわ。
華月用のタンスもう1コ買うた方がええかも。
それか1回着たんモンから、ネットオークションで売った方がええかもしれへん。
やって今かて毎日新しいモン着せてんのに、まだま〜だ新品が山の様に在るんやから。
あたしが呆然と華月眺めてると、
「ほな、うちはそろそろ帰るけど。明日はお休みやろ?お昼、平次と和葉ちゃんの好物ぎょうさん作っとくさかい、食べに来てな」
と満面の笑顔。
これは言外に華月連れて来い言うてるんやわ。
「おおきに。必ず行かせてもらいます」
そう返すと御母さんは笑顔で帰って行った。

ほんま、この子が生まれてからはすべてがこの子中心に回ってる感じや。

あたしは華月を抱っこしたまま事務所に戻ると、
「あたしも今日はこのまま上がらせてもらうな」
て平次と夏穂ちゃんに告げる。

夏穂ちゃんはあたしが妊娠したて知ると、ほんまはここを卒業して自分の事務所に帰るはずやったのを取りやめてくれたんよ。
もうここに勤めて勤続3年のやり手の探偵なんに。
平次も夏穂ちゃんの実力認めてるし。

「おお、ええで」
「華月ちゃん寝てしもたんですね〜。可愛ええ〜!」
夏穂ちゃんが華月のほっぺたをツンツンてしても、華月はまったく起きる気配がない。
「ほな、おさきに」
あたしは華月を連れて上の部屋に戻った。


順風満帆、幸せ家族に見えてる我が家やけど、1コだけ問題があんねん。


それは、
「こら!華月!暴れんな!」
今日も事務所から帰って来た平次が嬉し気に華月を抱き上げた途端に起こった。
平次の顔を小さい両手で掴んで、短いアンヨで蹴りを入れてる。
しかも普通、嫌な人に抱っこされたら泣き喚くんやけど、顔はキャッキャッて声を上げて笑うてるんやから嫌がっては無いみたいなんよ。
どっちかて言うたら、遊んでる感じ。
他にもな平次がラグマットの上でごろ〜んて寝転んでTV見とったら、華月がまだハイハイも出来てない匍匐前進で近寄って行って髪の毛引っ張ったり顔をペシペシ叩いたりして喜んでんねん。
「お前の愛情表現は痛いで・・・」
て言いながらも平次はいっつも華月の好きにさせてる。
そやけど終いには平次の顔の上に乗り上げて、
「くさっ!!」
て平次を悶絶させんねんなぁ。
あっ、これな。
オムツにうんちしてるからや。
その状態で平次の顔に可愛ええおしり乗っけるから、必然的に平次はうんちの匂いに直撃されるんよ。
「か〜づ〜きぃ〜〜〜!!お前はまたかっ!!」
言うても顔も声も全然怒ってへんけどね。
両手で華月をぶら〜んて持ち上げて、「めっ!」ってしてんのやで、あの平次が。
華月はキャッキャッ言うて喜んで、小っこい足をバタバタさせてる。
「今オムツ替えたるから暴れんな」
で平次が自分でオムツ交換。

微笑ましい言うか何ちゅうか・・・

微妙な感じやわ。
「まったく・・・この性格の悪さは誰似やねん?」
テキパキと手ぇ動かしながらボヤクのもいつもんこと。
「あんたそっくりやんか?!顔といいそん真っ黒な髪といい、ついでに・・・その色黒も」
そうなんよ。
華月なぁ・・・実は・・・色黒やねん。
今は若干他の赤ちゃんより黒いくらいなんやけど、これがほんまに平次からの遺伝やったら将来は・・・今は考えんとこ。

「この子・・・ほんまにあたしの子ぉなんかなぁ・・・」

はっきり言うて今現在、あたしに似てるトコ見付けられへんのよなぁ?

「ドアホッ!こんだけ俺似のガキをお前以外誰が生むんじゃ!!」
そうなんよなぁ〜。
きっと平次の遺伝子濃い過ぎたんやろなぁ〜。

やから我が家の問題はこの異様に父親似の娘が、自分のDNAのほとんどを占めてるやろう父親にだけあたしや他の人とは違う態度を示すことなんよ。
あたしや御母さんにはこんなこと絶対にせぇへんし、いっつもええ子やのに。

これも一種の愛情表現なんかなぁ〜。

って思うてたら華月ま〜た平次の顔の上に乗っかってるし。
なんか平次苦しそうなんやけど、華月めっちゃ笑顔やし。

今日も父と娘のスキンシップを邪魔したらあかんかし、明日は朝から実家帰らなあかんし、あたしは先にお風呂入ろっと。




「え〜とぉ〜深く追求しなで下さいまし(笑)」 by phantom

春夏冬中シリーズ
@OFF19「春夏冬中」AOFF31「不倫や〜〜!」BOFF02「今何所におるんや?」
C仕事12「服部探偵事務所24時」DOFF25「引き出しの奥の小箱」E仕事21「盗聴器にご注意!」
F仕事19「この子誰の子?」