■ アナタの秘密知っています ■  by phantom


「・・・・・・・・・・」
服部探偵事務所所長、服部平次は眉間にくっきり皺を寄せて送られて来た手紙を読んでいる。
「どないしたん?えらい難しい依頼なん?」
服部探偵事務所事務員、遠山和葉は事務仕事の手を止め小首を傾げてそう訪ねてみた。
「・・・・・・・・・・」
しかし平次は眉間の皺を更に深くしただけで、和葉の質問に答えようとはしない。
「そんなに大変な事件なん?」
普段なら仕事の依頼に対してこんな風に聞くことは無いのだが、今の平次の様子がどうにも気になって仕方が無いようだ。
なぜなら、もうすでに彼はその手紙を1時間以上読み返しては、眉間に皺寄せ唸っているから。
本当に大変な事件ならば、平次は手紙に一度目を通すとすぐに依頼主に電話をする。
それが今回は何度も何度も読み返し、時には天上を見上げたり、時には首を傾げたりしながら未だ何かしらの行動も起こそうとはしていない。
その様子は和葉から見ても、どうにも不可解で落ち付かないのだ。
「平次!いつまでそうしてる気ぃやの?仕事詰まってるんやで!」
いつまでも返事をしない平次に、とうとう和葉の堪忍袋の尾が切れた。
バンッと机を叩いて立ち上がると、ツカツカと平次の前まで行きその手紙を引っ手繰ったのだ。
「この依頼受けるん?それとも断るん?」
手に持った手紙を平次の目の前でヒラヒラさせながら、上から目線で平次を睨み付ける。
それなのに、平次が和葉に返した答えはこれだった。

「なぁ和葉。工藤て女好きやんなぁ?」

「はぁ〜〜〜〜???」
和葉の目が点になったのは、言うまでも無い。
この時点で、和葉の冷静な判断能力は損なわれた。
「工藤て・・・どこの工藤さん?」
「工藤、言うたら工藤しか居らんやろが」
「やっぱ、あの工藤くん?」
「そや」
「・・・・・・工藤くん・・・・・・女好きなん?」
和葉は盛大に数歩体を引いて見せた。
「ちゃうちゃう!そっちやのうて、女が好きやていう意味や!」
「女好き・・・」
「こらっ!”女ずき”やのうて”女がすき”や!」
「・・・同じやん」
和葉は更に数歩下がった。
「ちゃうわっ!男より女が好きやて言うとるんじゃ!」
「はぁ〜〜〜〜???」
和葉は益々意味が分からないらしく引いた体勢のまま大きく首を傾げたが、

「男よりも女てことは・・・・・・・・・・く・・工藤くん・・・男もイケたん・・・?」

と仰天発言。
しかも顔には嫌悪感がありありと浮かび上がっている。
「・・・・・・・・・・」
「男も好きで・・・女好き・・・・・・うわっ!両党使い」
和葉の顔はだんだん悲壮感まで漂ってきた。

和葉の思考回路は時々、非常に突飛な方向へ暴走することがある。
正に今がその状態。

「ってことは・・・」
部屋中を彷徨わせて視線を、ゆっくりと平次へと向ける。
そして、これ以上は無いというくらいのメチャクチャ嫌そうな顔した。
「暴走はその位にしとけや」
「・・・・・・・・・・」
「とにかく、こっちに戻って来い」
「・・・・・・・・・・」

「ったく。工藤んヤツは姉ちゃん一筋やろが?何アホな妄想爆発させてんねん」

「そ・・・そやったね・・・」
しかし口ではそう返したものの、未だ体は前に進もうとはしていない。
「はぁ〜。もう、そんままでええから、その手に持っとる手紙読んでみい」
平次は呆れて椅子に踏ん反り返ると、和葉にそう告げた。
「読んでもええの?」
「かまへん。ねぇちゃんからや」
「は?蘭ちゃん?」
「ええから先読め」
和葉は言われたままにその平次から少し離れた事務所の真ん中辺りで立ったまま、手に持っている蘭からだという手紙を読み始めた。
その内容は下記のようなモノだった。


服部平次 さま

服部くん、お元気ですか。
突然こんな手紙を送りつけてごめんなさい。
でも、誰に相談したらいいのか分からなくて、新一と一番仲が良くて、新一と同じ探偵をしている服部くんに縋ることにしました。
本当は直接会いに行って相談したかったんだけど、そうすると新一に怪しまれるからこうして手紙という形をとりました。
どうか私の相談に乗って下さい。
実は、新一のことなんだけど最近変な噂を聞いたの。
初めのうちはまったく気にしてなかったんだけど、母の知り合いでとても真面目な方からも同じことを言われてしまって。
その人は母と同じ弁護士の方で、とても冗談を言われるタイプでは無いから。
こんな噂は高校の頃にもあったし、新一みたいなタイプには付きモノよ、って園子にも言われたし。
だから今まではまったく気にならなかったんだけど。
目撃した人の話しだと、二人で仲良く肩を組んで歩いていたとか、道の端で抱き合っていたとか、毎回一緒に居る相手が違うとか、いわゆるそっち系のホテルに入って行くとこを見かけたとか、もっともっとあるんだけど。
とにかく新一がそういうことをやってるってことだよね。
まさかまさか新一に限って
だから服部くんに真実を突き止めて欲しいの。
新一がホ   新一が男の人を好きじゃないって証明して欲しいの。
お願い服部くん。
こんなこと服部くんにしか頼めないの。
どうかお願いします。新一の無実を証明して下さい。

毛利 蘭


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

和葉も平次同様に数度読み直してから、天上を仰ぎ、今度は首が真横に向くくらい大きく右に傾けた。    

手紙の内容には蘭の感情が多大に入ってるのだろう、文章的にも問題があるし、支離滅裂な部分も多いにある。
しかし何が言いたいのかは、良く分かる。

「はっ!」

何かに思い当たった和葉は瞬歩の勢いで、今より更に大きく後ろに後退った。
そして肩肘を付いて和葉の方を向いている平次を、場違いな程真剣な目で見詰めて問い掛ける。
「平次・・・工藤くんのこと好きやんな?」
「・・・・・・・・・・」
「平次・・・工藤くんのこと大好きやもんな・・・」
和葉の視線は平次を見詰めたままだが、どうやら思考は先程の考えに逆戻りしてしまったらしい。
顔が百面相を始めている。

・・・・・・・・・・平次は工藤くんのこと好きやし その工藤くんは男でもOK
        ちゅうことは平次でもOK言うことやから
        つまりはそういうコトであって
        そういうコトちゅうことは 平次と工藤くんがいわゆるあっちの世
        の住人いうことで
        そういうコトをするっちゅうことやんなぁ 平次と工藤くんが
        平次と工藤くんのキスシーン   平次と工藤くんの/////////////
        見たいような  吐き気がするような  悍ましいような  
        抹殺してしまいたいような・・・・・・・・・・・    

「うげっ・・・キモッ・・・」
この世の者とは思えないモノを見るような目で、最終的に平次に焦点を戻した。
「お前は人ん話しを聞いっとったんか?何が”キモッ”やねん?」
今度は平次も酷く不快な表情で、和葉を見返した。
「あ・・あたしそういうのあかんから・・・」
和葉はとうとうドアの所まで、後退してしまった。
「何が”そういうのはあかん”や。お前のそのアホ気な思考ん方がよっぽどキモイで」
平次は和葉が何を考えているのか分かっているのか、心底嫌そうな顔で吐き捨てる。
「やって・・・そうなんやろ?」
平次の呆れ返った態度もなんのその、和葉のイッテしまった思考回路はどうにも戻って来る気配がない。
「はぁ・・・お前もねぇちゃんも何でそうアホなことを思い付くんや・・・」
これ見よがしに大きく溜息を付いてから、
「あんなぁ〜和葉。俺にはお前が居るし、工藤にはねぇちゃんが居る。これは分かるな?」
と和葉に語りかけ始めた。
「分かるな?」
まったく反応を返さない和葉に再度念押しすると、僅かだが和葉が小さく頷いた。
「ほんで、お前もねぇちゃんも俺らの幼馴染で、ちぃさい頃からっずっと一緒に居る。これもええな?」
また和葉が小さく頷いた。
「ほんなら俺らのことを一番よぉ知ってるんは誰や?」
「・・・・・・だれ?」
和葉はきょとんとしてまたまた首を傾げた。
「だれ?ちゃうわっ!!お前らやろがっ!!」
とうとう平次の忍耐も切れたようだ。
「ああ・・・・・・そうやね」
なのに和葉の反応は今一だ。
「やったら分かるやろがっ!!」
平次はバンッと机を叩いて喚いたが、
「やってぇ〜平次も工藤くんも隠し事するん得意やん」
と返されてしまった。
更に”コナンくん”とまで呟かれてしまう。
「うっ・・・」

コナンが新一だったとバレタとき、平次もそのことを知って隠していたのだと和葉と蘭に知られてしまっている。
しかも新一に至っては、蘭の側でずっと嘘を突き通していたではないか。

これでは信用しろと言う方が無理なのでは?

言葉の詰まった平次に和葉が追い討ちを掛ける。
「蘭ちゃんがこうやって手紙書いてまで平次に相談してくるなんよっぽどやし、そう言えば平次もよ〜東京に出張やって言うて出かけて行ってるし、工藤くんがほんまに男もイケルんやったらもちろん平次も許容範囲やんなぁ」
何が”もちろん”で、何が”許容範囲”なのだろうか。
「ほんまにそうなんやったらこれって平次に依頼するより、他の探偵に依頼した方がええやんなぁ」
何が”ほんまに”で、”他の探偵”とは誰なのか。
「あたしもほんまのコト知りたいし、ほんまやったら今後のことも考え直さなあかんし」
何が”ほんまのコト”で、何を”考え直す”のか。
「この依頼は却下やね。蘭ちゃんとあたしとで相談して、改めて他の人に依頼するから」
平次が何も返さないので、和葉はどんどん自分の中で話しを纏めていっているようだ。
「そやけど工藤くんと平次を調べられる探偵って誰か居ったかなぁ〜。ああ、白馬くんやったら大丈夫かも!」
和葉のその人選に両手で頭を抱えていた平次が、大きくずっこけた。

”白馬くん”とは平次や新一と共に、高校生探偵として名を馳せた白馬探である。
現在は平次たちとは違う道を選択し日本警察の警視総監候補としてエリート街道を驀進中だが、未だに平次たちとは交流があり年に何度かは和葉や蘭も顔を合わせている。
しかも平次や新一を見下すのが趣味ではないかと思える程、いつも上から目線で話し掛けるやっかいな人物なのであった。

現在は探偵では無いが、きっとこんな面白い話には飛び付いて来るに違いない。
そんな人間にこんなお粗末な依頼などされた日には、余計な秘密まで握られて生涯小馬鹿にされること間違い無しだ。

「なんか話しがけったいな方向に反れてへんか?」

平次的には大道に反れた気分だが、和葉的には至って道順に沿っているらしい。
「そうかなぁ?一番手っ取り早く真実に辿り着く方法やて思うけど?」
と右が疲れたのか初めて左に小首を傾げた。
「そもそも何で俺まで巻添え喰わなあかんのじゃ。ねぇちゃんの依頼は工藤んコトだけやろがっ!」
「やってぇ〜。工藤くん = 平次 やんかぁ〜」
「どアホッ!=で繋ぐなっ!」
「似たようなモンやん。そうなるとやっぱ白馬くんしか居らへんやんなぁ〜」
「お前は・・・ええ加減に人の話しを聞けっ!!」
いつまで経っても堂々巡りの様相だ。

本当なら平次は新一の身の潔白を証明出来るだけの真実を知っているのだが、これを和葉の前で口にすることは出来無い。
何故ならこれには平次も一枚噛んでいるし、如いては自分の側にも被害が及ぶ可能が大だからである。

その真実とは、こんなモノだった。
新一が連れている男たちとは、いわゆる蘭の崇拝者たちなのである。
新一は蘭に気付かれない様にその男たちを毎回丁寧に排除していたのだが、いつまで経っても数が減ることは無くここ近年に至ってはその数は全国規模にまで広がりつつあった。
ネット上にはファン倶楽部らしきサイトまで現れ、実際にそんな集まりを行っている集団まで発見した。
いくら新一と言えども、流石にこれでは排除の仕様が無いし、下手に刺激したりこのまま放置したりしたら、それこそ何を仕出かすか分かったものでは無い。
そう考えて新一が取った方法が、今回の騒動の発端になってしまったのだ。
つまり新一の取った苦肉の策とは、「工藤新一公認の毛利蘭ファン倶楽部」の発足である。
もちろん会長は新一だ。
しかも何故だかは不明だが、副会長が平次だったりする。
こうやって不埒な輩を纏めることによって、蘭への直接的なアプローチやプレゼントを阻止し、ついでに蘭を守るという名目で遠巻きに護衛などをさせつつ団結力という名の下、抜け駆け行為などから蘭を護っているのだ。
もちろんファン倶楽部なのである程度の情報や写真などを提供してはいるが、それは新一の許せる範囲内であるので特に問題は無い。
それでも時々我慢出来なくなった者が現れ、それを排除している新一の姿が目撃され蘭の耳にまで届いてしまったということだ。

本末転等も甚だしい。

ちなみに、何故平次がこれを和葉に言えないかと言うと。
蘭のファン倶楽部の副会長というのもさることながら、実は、平次も新一と同じことをやっているからだ。
「服部平次公認の遠山和葉ファン倶楽部」がこれまた実在するのである。
会長はもちろん平次で、こっちの副会長は新一。

平次が新一の真実を和葉に話せば、それはそのままダイレクトに蘭に伝わることは間違い無い。
そうなると新一が黙っている筈がなく、平次の真実ももれなく和葉にばらされるだろう。
それだけは平次としては、どうしても避けたいのだ。

他人の秘密を知ることなど探偵である平次には日常茶飯事だが、相手に自分の秘密も握られているとなると話しは別である。
いくらショウモナイ秘密とはいえ、いや、ショウモナイ秘密だからこそ知られては困るのだ。

「ほな、そういうことやから。今日はお先に失礼します」
どうしたものかと思案に暮れていた平次に対して、すっかり帰り支度を整えた和葉が軽やかにそう告げた。
「こらっ!勝手に帰るな!」
「やったら有休で」
平次の怒号にも和葉が止まる様子はない。
「や〜か〜ら〜帰るな言うとろうが〜〜!!」
とうとう平次が椅子から立ち上がって、和葉を追い掛ける。

「キャ〜〜〜!!来んといてぇ〜〜〜〜!!」

しかし事も有ろうか、和葉は悲鳴を上げて逃げ出したではないか。
「何がキャーじゃっ!こんボケッが!!待たんかいこらぁ〜〜!!」
平次も半ばヤケになって、更に和葉を追い掛ける。
和葉に蘭の手紙を見せたことを心底後悔しながら、醜態を周知に晒した新一に悪態を付く。
「覚え取れよぉ〜工藤〜〜・・・」
天下の工藤新一も蘭のこととなるとどうにも詰めが甘い。
しかもその度今回のように、平次と和葉を巻き込むきらいがあるのだ。
平次にとっては迷惑以外の何物でもない。

それは兎も角、まずは和葉のアホな誤解を解くのが先決だ。

「あたしホモは苦手やの〜〜〜〜!!」

「どアホッ!!俺はノーマルじゃ!!」

しかし誤解は解けるどころかこの二人の遣り取りが、事務所近隣の方々に多大な影響を与えたのは言うまでもない。
それはすぐに遠山父や服部夫妻の耳まで届き、やがては新一の元にまで飛び火という形で戻って行ったのである。



蘭の手紙から始まったこの珍騒動、完全に終結したのはそれから半年以上が過ぎ去った頃・・・だったらしい。





ちゃんちゃん



「ショウモナイ秘密にはくれぐれもご注意下さい!(笑)」 by phantom