■ アナタの秘密を知っています ■  by 月姫


「平次、鈴木グループ本社から『親展』やって」

和葉から渡された封書を見て、平次は思いっきり嫌そうに顔を顰めた。

事務所に毎日届く郵便物を仕分けするのは事務員である和葉の仕事で、個人宛のものを除いて一通り内容を確認して、依頼や礼状などのカテゴリ毎に纏めてから所長である平次に渡すことになっている。
この『鈴木グループ本社』と印刷されている封書は『服部探偵事務所』宛だったが、朱色でくっきりと『親展』のスタンプが押してあるために、和葉はこの事務所の所長宛と判断したのだ。
それについては平次にも不満はない。
ただ、長四の茶封筒に予め印刷されたものではない朱色のスタンプで押された『親展』の文字、その隅にまるで文字の一部のようにこっそりと赤いペンでハートマークが書き加えられているのに気付いて、この封書が『誰』から出されたものかがわかってしまったのだ。

「また依頼?」

和葉からハサミを手渡されてしぶしぶ封を切った平次が、ため息混じりに頷く。

「最近、鈴木グループからの依頼よう来るね」
「それも、電話1本で済むようなモンばっかな。自分トコに調査部くらいあるやろし、そっちにやらせればええんに。そのために給料払っとるんやろが」
「ええやん、別に。依頼料はちゃんと払ってくれるんやし、鈴木グループと付き合いがあるゆうのも事務所にとってはええ事やん」
「せやけどなあ……」

心底面倒そうな平次に、和葉はくすっと笑いを零した。

「もしかして、また園子ちゃん?」
「何考えとんのや、あの姉ちゃんは」

かったるそうに依頼書を封筒に戻して上着のポケットに収めると、平次は『ちょお出て来る』と席を立った。

「調査?」
「まあな」
「園子ちゃんからの依頼やと、いっつも即行やね」
「あの姉ちゃんの依頼はさっさと終わらせるに限るわ」

もう一度ため息を落とした平次が、殆ど条件反射のようにさっと壁の予定表と時計に目をやる。

「1時間もあれば終わるやろし、今日はもう事務所閉めて上行っとれ」
「ええ?早仕舞いなら家帰りたいなぁ」

今回の園子からの依頼の内容は和葉にはわからないが、平次の様子から本当に大した事ではないのだろうと察して軽口で返す。
そこから他愛もないやりとりが始まるのは、2人にとって昔から変わらないものの1つだ。

「お疲れの彼氏を労ろうて気持ちはないんかい!」
「1時間もあれば終わるような簡単な仕事なんやろ?」
「ほんなら、業務命令。上で電話番しとれ」
「所長、横暴!」
「『美よし乃』の水羊羹」
「晩ご飯作って待っとるから、早よ帰って来てな」
「変わり身の速さは天下一品やな」
「細かい事気にすんのは、仕事だけにしとき」
「……まあ、ええか。ほな、行って来るわ」
「行ってらっしゃい。気ぃつけてな」

どこまでも億劫そうに事務所を出て行く平次を見送って、和葉は急ぎの仕事が無いことを確認してからドアに『本日終了』の札を掛けた。

「せやけど、何で園子ちゃんからの依頼やと即行なんやろ?工藤君もそうやって、この前蘭ちゃんが言うとったけど……」

事務所の上に借りている平次の部屋で夕飯の仕度をしながら、和葉が首を傾げる。

園子は今は鈴木グループ本社で役職付きの仕事をしているとはいえ、彼女からの依頼の何が平次と新一をあれほど追い立てるのか。
依頼内容はいつも、そう切羽詰った期限のあるものではないのに。

「事務所的には助かっとるからええんやけど」

肉じゃがの味をみて合格と頷いて、和葉は取り合えずその疑問は気にしない事にした。

一方、平次は事務所を出たのを見計らったように携帯に届いたメールを見て、バリバリと頭を掻き毟っていた。

「あんの姉ちゃん、今に見とれ……」

まるで親の仇のように携帯を睨み付けながら、低く唸るように呟く。

和葉も蘭も知らない。

まだ大学生だった頃、女3人が旅行に行った隙に工藤邸でどんちゃん騒ぎをして泥酔した挙句に、平次も新一も目の前にいた親友を彼女だと思い込んでガッツリとキスしたなどと。
その現場を、旅行帰りに工藤邸に寄ってたまたま一番最初にリビングに入った園子に携帯でキッチリ証拠写真として撮られていたなどと。
鈴木グループ、もとい鈴木園子からの依頼が来る度に携帯にその写メが送られて来るなどと和葉や蘭には口が裂けても言えないが故に、いいように使われているのだなどと。

「服部平次、一生の不覚や」

いつものように写メを削除しながら、平次は親友の住む東の空を見上げた。



「一生の不覚は1つとは限りません(笑)」 by 月姫