■ 阪神応援セール実施中 ■ by 月姫
 

「何なん、それ!?」
 
事務所のドアを開けた瞬間、和葉が叫んだ。
 
スチールの棚やデスクが並んだいかにもな事務所は、それでも和葉の心遣いで柔らかく落ち着きのある空間になっていた……筈だ。
つい1時間程前までは。
 
領収書だの請求書だのファイルケースだのといった細々とした事務用品を買うために、和葉が平次に留守を頼んで事務所を出たのはほんの1時間前。
なのに、帰って来てみれば、事務所は一面虎縞に侵略されていた。
 
「大阪人なら、今はコレくらいせな」
 
大きな球団旗を壁に張り終えた平次が、満足そうに部屋を見回す。
 
確かに今年の阪神は例年にないくらいに順調で、和葉の父も上機嫌だ。
和葉にしても、幼い頃からの刷り込みゆえか、阪神の好調は嬉しい。
毎朝、平次の隣で一緒にスポーツ新聞を読んだりもしている。
依頼がない時は、中継だって見ている。
……が、いくら何でも、これはないだろう。
ここはあくまで『探偵事務所』なのだから。
 
「アンタなぁ……。依頼人がこの部屋見たらどう思うか考えとるん?」
「話が弾む事は請け合いやな」
「真面目に悩んどる人が来はるんよ?」
「緊張解すんに丁度ええやんか」
 
何を言おうと、糠に釘。
何だか頭痛がしてきたような気がして、和葉はぽすっとソファに倒れ込んだ。
 
「ああ、そうや。ウチの事務員の制服、阪神のユニフォームにしよか。オマエのお気に入り選手って、誰やったっけ?」
「今まで通りに、普通にスーツでええやん」
「遠慮すんなや。レプリカのええヤツ買うたるで?」
「……遠慮なんしとらんし」
「テーブルにはコレ置いとけや」
「…………そんな大きなトラッキーのぬいぐるみなん、どっから持って来たん?」
「下のお好み焼き屋のオバチャンがくれた」
「………………相変わらず、おモテになる事で」
「インターフォンの音をな、六甲下ろしにしようかと思うんや」
「……………………中々止まらんで、うるさいんとちゃう?」
「折角やし、電話の保留音もな、六甲下ろしがええと思うんやけど、どうやろ?」
「…………………………車の塗装、阪神カラーに変えるんだけは止めてや」
 
何を言おうと、暖簾に腕押し馬耳東風……。
何だか眩暈までしてきたような気がして、和葉はずるずるとソファから滑り落ちた。



    「トラキチ平次(笑)。いや、以前見た事のある「黄色と黒の縞模様、ボンネットには球団旗の
    あの虎」という車、それも一般の方のっていうのが印象的だったので(笑)。」 by 月姫