■ 遠山父の依頼 ■ by yuna


なんだか最近、気分がすぐれない。

恋人兼、ビジネスパートナーである平次とは何の問題もなく、順調なお付き合いやし。
その仕事である探偵事務所も、依頼は探さなくても継ぎ目なしにやって来てくれるから、今のところ路頭に迷う心配はなさそう。
やのに、なんなんやろう? この倦怠感は。

「はぁ……」
「なんや、また大きなため息ついて、 これで7度目やぞ?」

そう言って視線を向ける平次に、「あ〜変なとこで記憶力ええんやから」 と、見当違いなことを考え、またため息をひとつ。

ホンマに、変。
いったい……どうしたんやろう、アタシ。


「マジで。顔色悪いぞ?後はオレがしとくから、お前はよ帰れ」

見かねた平次が、そう言って気をつかってくれた。
なんや悪いなぁ……って、一瞬思ったりもしたけど。
でも、身体は正直やね。
一刻も早く横になりたいと悲鳴を上げた。

ほな、お言葉に甘えて。
取りあえず早く帰ろう。アタシは身の回りの整理だけ済ますと、事務所から出て行こうと徐に立ち上がった。
でもその時。

――ぐらっ。

「あ、あれ?」
「……か、かずはっ?!」

視界が、ぐるりと1回転。
平次が駆け寄って来るのが目の端にぼんやり見えたんやけど。
後のことは何も解らんようになって、アタシは何かに引き込まれるように、意識を手放したんや。



*****



(――は……ずは、かず……は……)

遠くで、誰かが呼ぶ声が聞こえる。
あの声は、平次?
朦朧とする意識の中で、アタシはふわふわとした心地よさを感じていた。

「かずはっ!!かずはっ!!」

体を揺さぶられる感覚と、自分を呼ぶ声。
だんだんと意識がはっきりとしてきて、アタシは手放した意識をゆっくりと取り戻した。

「大丈夫かっ?!」
「あれ……?アタシ……、いったい……?」

目の前には、安堵の表情を見せる平次の顔が。
顔を上げた瞬間、アタシは突然平次に抱きしめられた。

「気分は? どっか気持ち悪いとこないか?」
「う…うん……なんや、ちょう頭はぼーっとするけど」

抱きしめられる身体が少し痛かったけれど。
でも、平次の微かに震える腕がアタシの身体を優しく包み込んで。
アタシは、さっきまでの不快感がじんわり消えていくのを感じていた。

きつく抱き寄せられた頬が、熱く火照る。
まだ気分は少し悪いけど、こんな平次が見れたことが何だか嬉しいな。


しばらくして、そんな余韻に浸っているアタシとは別に、平次の様子が徐々におかしくなっている事に気が付いた。
時間が経っても、なぜかアタシを抱きしめたまま、まったく動かない平次。
最初はアタシが落ち着くまで待ってくれとるんや、なんて思っとったんやけど……。
どうやら、ちょっと違うようや。

「どないしたん、へいじ?」
「お前……」
「なに?」
「熱っぽないか?」
「えっ?」

熱?
そういえば、ちょっとボーっとするし熱っぽいかも……。

「食欲は?」
「ん、…あんまりないかも」
「いつ頃から?」
「1週間ぐらい前かなぁ……」

それからアタシから身体を放した平次は、矢継ぎ早に質問攻め。
あごに手をあて、真剣な表情で。
あれっ?今、探偵モード入った?
どうしたんやろ? やっぱりおかしいよ、平次。

そして何かを確信した平次は、不審気なアタシを他所に壁に掛かるカレンダーを凝視しながら。

「……お前……アレ遅れてないか?」

アタシの目をジッと見つめ、こう呟いたんや。



(アレ……って……)

「あっ!」

そういえば! ……いつ来たっけ?
ひーふーみー。
心配げな平次が見守る中、アタシは必死で指折り数えてみる。

「……2週間以上、遅れとる」
「そうか」

これって、え?やっぱりそういうことなん??

「……平次」

頭が、真っ白になった。
平次はというと、顎に手をあて真剣な表情で。どこか上の空。
そんな平次を見て、アタシは急に不安な気持ちに苛まれてしまった。

(……ど、ど、どうしよう)

やって、もしそうやとしたら。
周りに、なんて言われる?
結婚やってしていないし、婚約すらしていないのに。
反対かって、されるかもしれへん。

(それに、平次が……)

「あほ、また何かいらんこと考えとるやろ?」

コツン…と、軽く頭を叩かれた。
見ると、平次は優しい顔で笑っとる。
お前は、放っといたらなに考えるか分かったもんやないしのう……、なんてブツブツ呟きながらアタシに向き直り。
そして。
推理している時とは違う。 ……いや、今まで見たことない真面目な顔つきに変わって。
こう、言ったんや。


「結婚してくれ」




今まで恋愛に関しては超奥手で、こんな関係になってからも前と変わりなく過ごしてきたアタシ達。
やから結婚なんてもしかして無いんかな〜なんて思っていたりしたんやけど。
子供が出来たと分かった瞬間、平次の態度は180度一変した。

まず、バタバタと事務所を出て行ったと思ったら、近所のドラッグストアーで検査薬を買ってきて「一応確認してみぃ」って、それを手渡されて。
陽性の結果が出たら、「明日病院へ行けよ」って言うて。それから何かを思い立ったようにアタシの腕を引いた。

「どこ行くん?!」
「挨拶行くに決まっとるやんけ」
「ちょ、ちょっと早過ぎへん?……心の準備が……」
「アホ、早いことあるかぁ。 ……どのみち行くつもりやったんやし」
「そうなん?」
「もたもたしとったオレが悪いんやけどな」

そうなんや。 ちゃんと、アタシのこと考えてくれとったんやね。
今まで分からなかった平次の気持が垣間見えて、アタシは寝屋川へ向かうタクシーの中。
平次の肩に寄りかかりながら、ようやく幸せな気分に浸ることが出来たのだった。


しかし、突然の妊娠でいきなりの挨拶。
平次の両親は大喜びして祝福してくれたんやけど。
アタシの方は、やっぱりそういう訳にもいかなくて。
特にお父ちゃんは何も喋ってくれず、平次は頭を下げるだけ下げ。
アタシ達は、いったん事務所へと戻ったんや。

「許してくれるまで何度でも行くから心配すんな」
平次はそう言ってくれたけど、アタシは凄く心苦しくて何度も何度も平次に謝った。
お父ちゃんの気持ちも分かるけど……。
でも結婚するなら平次とって、お父ちゃんかて昔から言うとったやん。
あれは冗談やったん?

「男親はそういうもんやて。分かったれや」
「でも……」
「おっちゃんとはオレが話つけるから、お前は口出すなよ」
「へいじ……」

お父ちゃん、ごめんね。
平次、ありがと。
アタシはそう心の中で呟きながら、その日は平次の隣で眠りについた。


次の日。
やや重い気分で目覚めたら、早朝にも関わらず事務所に依頼人が1人やって来ていた。
手に重そうな紙袋をさげて。
その人は出勤前なのか、きちっとスーツを着込み厳格そうな顔で立っている。
でも恐そうな顔とは反対にとても優しい人だということを、アタシはよく知っていた。

「お父ちゃん?!」
「おはようさん、昨日はびっくりさせよって……この親不孝もんが」
「ご、ごめ……」
「身体の具合はどうや、大丈夫なんか?」

お父ちゃんがそっとアタシの頭を撫ぜる。
その手はとても温かく、アタシは思わず涙が出そうになった。

「平次くんは?」
「上の部屋やけど」
「呼んで来てくれへんか」

お父ちゃんの顔に、昨夜の雰囲気はない。
アタシは少しホッとしながら、平次を呼ぶため階段を上がった。




「おっちゃん、昨日はすいませんでした」
「なんや平次くん、ワシに謝るようなことでもしたんか?」

ジロリと平次を睨むお父ちゃん。
それにびびった平次を楽しそうに見つめると、重そうな紙袋をドカッとデスクに置いた。

「ワシ、今から府警に行なアカンから時間ないねん」

昨日とは打って変わったこの雰囲気に、アタシも平次も呆気にとられる。
でもそんなアタシ達なんてお構い無しに、紙袋に入ってた箱をごそごそ開けると。
中から、お父ちゃんお気に入りの有名な日本酒を取り出し。
そして、こう言った。


「ワシからの依頼や。 平次くん、和葉を頼んだで……」


これ、依頼料な。
照れくさそうに日本酒を差し出すお父ちゃん。

しばらく呆然と突っ立っていた平次やったんやけど。
フッと表情を緩めたかと思うと、それに答えるよう、お父ちゃんの手をしっかり握りしめ。

「ありがとうございます」

深々とお父ちゃんに向かい、頭を下げたのだった。




今日のこと、一生忘れへんよ。
やって平次、めっちゃ大事な依頼受けてしもうたからね。

アタシもちゃんと聞いたんやから。
お父ちゃんの依頼、ちゃんと完遂してな。

期待しとるよ、……平次。



    「もし遠山父の依頼が守られへんかったら……大阪湾へ沈められんで、平次(笑)」 by yuna