■ 未亡人の誘惑 ■ by 月姫

 
「喪服の未亡人てそそるよな」
「そうか?」
 
仕事帰りに偶然会った、高校時代の友人。
ヒマなら一杯やろうぜと入った居酒屋で、いい気分で酔っ払った俺がそう言ってへらりと笑うと、向かいに座った友人は不思議そうに眉を寄せた。
 
「お前、あの映画観とらんのか?『白い女』て、今話題やん」
「ああ、それなら和葉に付き合うて観たで?」
「あの映画の主役の女優、喪服姿がエラい色っぽいて評判やん」
「……そうか?」
 
何気ない仕草と言葉だけで周囲の男たちを自在に操って自らの望みを叶えていく魔性の女が主役の映画で、その主役を見事に演じ切ったと評判の女優。
その様々な映画のシーンの中でも夫の葬儀の場面での妖艶さがあまりにも見事だと、普段辛口の評論家たちさえ口を揃えて絶賛している。
それなのに、この男は何も感じなかったらしい。
とはいえ、たかが映画の感想だし、どう思おうと人それぞれだけどな。
 
「どうや?お前なら、あんな場面今までに何度も会うてるんやろ?」
「まあ、ない事もない」
「中には若くて美人で色っぽいんもおるやろ?ちょおクラっと来たりせえへんか?」
「ないな」
 
探偵なんてやってる友人だから、あの映画みたいな場面に出会う事もあるハズ。
そう思って聞いてみたが、俺よりハイペースで飲んでるクセに一向に酔っ払う気配もない友人は、躊躇なくきっぱりと首を振った。
 
「ロマンのないオトコやなぁ」
「せやかてなぁ、そうそう大したオンナもおらんで?」
「そんなら、誘惑されたりとかは?ないとは言わさんで?」
「まあ、ない事もないけどな、ソノ気んなれるようなエエオンナなん、おらんで?」
 
そう言って唐揚げを口に放り込んだ友人は、高校時代から名探偵と言われてた事もあってか仕事は順調らしい。
そんな職業だから色々とワケありの美女とかにも会ってるだろうに、全然興味がないってのも見事なモンだ。
まあ、昔から嫌味な程にモテていたから、免疫がついてるのかもしれないが。
 
……いや、コイツは昔から彼女一筋で、他のオンナなんて眼中になかったんだったな。
今も相変わらずって事か。
 
「やっぱり、喪服の未亡人は憧れやな」
 
不謹慎だって言われればそれまでだけど、あんな映画みたいなシーンに出会ってみたいというのも正直な気持ちだ。
本当にそんな場面に直面したらどうするかなんて、何も考えてないけどな。
いや、実際そんな場面に出会う事なんて100%ないだろうし。
 
「精々長生きせえや、服部?」
「いきなり何やねん」
「今んトコ『未亡人』てオプションがないんは残念やけどな、遠山の喪服姿見たら、ついクラっと来るヤツ居るかもしれへんで?」
「……何アホな事抜かしとんのや」
「そうか?遠山、昔っから自分の魅力に無頓着やったやん?そこに無自覚の色気が加わったら最強やて思うんやけどな」
 
不機嫌そうにグラスを空けた友人は、やっぱり少し酔ってたんだろう。
俺の意地の悪いセリフに、心底忌々しそうに呟いた。
 
「……あのオンナが昔っからタチ悪いんは知っとるわ」
「相変わらずやなぁ」
 
笑う俺をひと睨みして、友人は新しく運ばれて来たグラスに口をつけた。
 
本当に相変わらずで嬉しい限り。
長すぎる春にとっととピリオド打てよとも思うが、先月駅前で見かけた彼女は前にも増して綺麗になっていたから、きっと充実しているんだろう。
 
「……ちょおスマン」
 
友人が携帯片手に店の隅に向かう。
ちらりと見せた表情から察するに、相手は彼女だな。
帰れコールでも来たのか?
……と思っていたら、やけに真面目な顔で戻って来た。
 
「スマンけど、急ぎの依頼が入ったらしいから帰るわ」
「そんなら、俺も帰るわ。女房が待ってるしな」
 
独身者に奢らせようかと思ったけど、ここはぐっと堪えてきっちり割り勘。
 
「ほんなら、またな」
「ああ」
 
相変わらず忙しい名探偵殿の背中を見送って、一つ伸びをする。
 
その『急ぎの依頼』っていうのが新聞沙汰になるようなものだったと知ったのは、それから2日後。
俺が勤めてる出版社の週刊誌部門の連中から、友人に取材のアポ取ってくれないかと打診された時だった。



「平次の世界は和葉中心に回ってます!」 by 月姫