■ 名探偵 和葉 ■ by phantom


「おはようございます。所長」
「おう」
「ほな、昨日のご報告をさせてもらいます」
「おう」

ここは事務所から程近い、とある病院の一室。
しかも個室で特別室。
バス・トイレは勿論のこと、簡易キッチンから付添い者用のベットまで完備されている。
そんな病室に入院しているのは、もちろん服部平次。
服部探偵事務所の所長で、西の名探偵その人である。
で、そこに朝の爽やかな日差しと共に現れたのは、服部探偵事務所の事務員であり助手の遠山和葉嬢。

「昨日の依頼は浮気調査、遺言書の捜索、それと家出人の捜索の3件です。浮気調査と家出人の捜索には、すでに取り掛かってます。遺言書の捜索は所長が退院されてからでも良いとのことやったので、そうしてもらいました。これがその書類です」
と平次のベットの上にクリアファイルに入った書類をポンッと置いた。
「・・・後で見とくわ」
「そうして下さい。それから昨日調査の終わった依頼に関しては、こちらに纏めてありますので、確認と書類への署名捺印もお願いします」
「・・・後でやっとく」
和葉のどこか変な丁寧語にも、平次は突っ込む事無く受け流している。
「本日は、現在調査中の浮気調査3件と家出人捜査2件を引き続き行います」
「・・・ほうか」
「報告は以上です。何か質問等はございますか?」
「いや・・・」
「では、本日はこれで失礼させてもらいます」
「・・・・・・」
用は済んだとばかりに、和葉は早々に平次に背を向けた。
「もう少しゆっくりしてけや」
平次のどこか困った様な縋る様な視線にも、和葉の態度は変わらない。
「どうぞ、お構いなく」
ちらっと病室内を一瞥し、ドアの外の気配を確認してから平次をギロッっと一睨みするだけ。
「やったら・・・そっそや!あれ、あれ持って来てくれ!」
平次にしては珍しくしどろもどろ。
「あれ・・・とは?」
「あれや!あれ!」
「?」
「分からんのか?」
「まったく」
「・・・・・・」
「ほれっ、青いヤツや!」
「バイク?」
「・・・・・・アホ〜!骨折しとって乗れるかいっ!」
「ほな、ジーパン?」
「ギブスしとんのに、どうやって穿くんねん!」
「ほな、歯ブラシ?」
「俺んは緑じゃ!」
「ほな、パンツ?」
「パンツって言うな!トランクスじゃ!そんで少しは恥じらえ!」
「やっぱパンツなん?」
「ちゃう!!」
切羽詰っている平次に対して、和葉はなんだかとてもダルそうだ。
「携帯に付いとるヤツや!」
「病院内での携帯電話の使用は禁止されております」
「だぁ〜〜〜〜〜!御守りじゃ!御守り!お前ワザとやろが!」
「ああ、御守り。それやったら警察ですわ。証拠品として、携帯と一緒に府警に没収されましたから」
「はぁ〜〜?何やねんそれはぁ〜?さっさと取り戻して来んかいっ!」
「面倒臭い」
「・・・・・・」
「ほな、これで」
唖然とする平次を残して、和葉は今度こそ病室を後にした。

和葉が平次にこんな素っ気無い態度をとるのには、もちろん歴とした理由がある。
すべての原因は2週間前に遡り、平次がいつものごとくサイレンに導かれて駆け出した時のことだった。
事件事態は些細なモノだったのだが、バイクで逃げようとした犯人が1人の女性をひきそうになったのに気付いた平次がその間に飛び込んでその女性を救ったのだ。
幸いにも女性は擦り傷程度で済んだが、平次は正面からバイクと当たったが為にその衝撃で見事に左足を骨折。
ここまでなら、いつもの事。
和葉も怒ることはせず、むしろ平次の心配をするだろう。
しかし今回は助けた相手が悪かった。
・・・・・・元い、助けた相手が良過ぎたのだ。
大阪きっての大病院のお嬢様で、更には平次の大ファンと来た。
自分を庇って平次が負傷したと知るや否やすぐに父親に連絡し、現場に来た救急車で自分も一緒に父親が経営する大病院へ直行。
しかもそのまま他かが骨折なのに医師団を組み緊急手術、その上VIP用の特別室に平次を入院させてしまった。
和葉が知らせを聞いて駆けつけた時には、病院とは思えないクイーンサイズの豪華ベットでお嬢様にりんごを剥いて貰っていたのだ。
この時点で和葉の眉間には、1コのお怒りマークが浮かんでいた。
次に和葉の怒りを呼んだのは、平次の身の回りの世話をお嬢様を筆頭に看護士達が競ってやってしまう為に和葉のすることが何も無く、有ろうことか平次もそれを楽しんでいるコトだ。
ここで2コメのお怒りマークが発生。
そして最後に和葉のお怒りマークを大量発生させたのが平次ファンの方々である。
平次が入院した次の日から、どこで聞いたのか次から次へと病院へお見舞いの品を持って押し寄せて来るのだ。
面会謝絶の札も看護士やお嬢様や警備員の抵抗も何のその、あの手この手で平次に一目会おうとする。
挙句には和葉に成り済ます輩まで登場したものだから、正真正銘の和葉までもが病室に入れなくなってしまった為に2日間程和葉は平次に会うことが出来なくなる始末。
しかもしかも平次の母に身分を保証してもらい、何とか平次の病室に辿り着いた和葉に、
「俺の人気も衰えてへんなぁ〜」
などと平次が宣ったものだから和葉の怒りは頂点を極め、現在に至るのである。

和葉は平次の世話を完全放棄し、探偵業に精を出すことに決めたのだ。
平次が居たらさせて貰えないあれやこれやを自分でやっている内に、すっかりそれらが楽しくなっていた。
それに平次が居ないことを知った男達から、毎日の様に和葉への貢物が届けられる。
しかもその男達は自ら和葉への協力を買って出た。
そんなこんなで和葉は1週間もしない内に、平次が驚く様なネットワークを築き上げてしまったではないか。
お蔭で和葉自信は事務所から一歩も動くことなく、携帯電話とパソコンだけで次々と依頼を解決していった。

当の平次がそのことに気付いた時には、時すでに遅く和葉は立派な一人前の探偵に変身してしまっていたのだ。
他かが1週間やそこらで。
毎朝平次の元にはやって来るが、事務的な報告を5分足らずで終わらせてさっさとその場を後にする。
平次がどんなに引き止めてもまったく動じる事も無く、言葉使いまで段々余所余所しくなっていく。
恋人であるはずの和葉にキスをするどころか、指一本触れられないのが平次の現状だった。
流石にこれには平次も焦って慌ててお嬢様を遠ざけたり、不必要な看護士の入室を禁止したり特定の人間以外すべての面会を遮断したのだが和葉の態度は一向に元に戻る気配が無い。
退院したくても全治2ヶ月の左足開放骨折では当然それは無理な話だし、備え付けの電話で事務所や和葉の携帯に電話するも常に通話中で繋がった試しが無い。
ほとほと困り果てて最後の手段と和葉に平身低頭謝罪したのだが、
「どうぞ、あたしのことなど御構い無く」
とばっさり真正面から切り捨てられた。
こうなったら最後の最後の頼みの綱だと和葉が常日頃煩い程に言っている御守りを話題に出したのに、
「面倒臭い」
の一言で会話が終了したのはご存知の通り。
その後の平次がち〜んと真っ白に漂白されていたのは、服部静華だけが知る事実である。

一方和葉嬢はと言うと、病院を出るなり工藤夫人に連絡を取っていた。
「蘭ちゃん!大成功やで!」
『おめでとう和葉ちゃん!よかったね!』
「おおきに蘭ちゃん!これもぜ〜んぶ蘭ちゃんと工藤くんのお蔭や!」
『私は何もしてないけど、新一に相談した甲斐があってよかった』
「ほんまや〜。工藤くんスパルタやったけど、お蔭で平次が居らんでもなんとかやってけそうやわ」
『和葉ちゃん。本当に服部くん追い出す気なの?』
「もう何言うてんの〜蘭ちゃん。そんなんする訳無いやん」
『そっかぁ〜良かった。何だか和葉ちゃん本気で服部くんのこと見捨てるのかと思っちゃった』
「せ〜へんせ〜へん。ただ、あたしが独立するだけやで」
『え?独立?』
「そやねん!お父ちゃんがな自分で事務所持ったらどうや、って言うてくれてん。それに大滝はんや府警のみんなも協力してくれる言うし。この際やからそれもええかなぁて思ってるんよ」
『・・・・・・・・・・』
「事務所もなお父ちゃんが府警の近くにええ物件が有るから言うてもう押さえてくれとって、明日見に行くことになってん」
『ねぇ和葉ちゃん?』
「どしたん蘭ちゃん?急にそんな改まった声出して?」
『服部くんと和葉ちゃんのおじさまって、仲良しなのよね?』
「そうやで。一昨日もな、あたしが病室行ったらもうお父ちゃんが居って、何や平次とオデコ付き合せて話し込んどったよ」
『・・・・・・・・・・』
「ほんま羨ましいくらい仲ええねん。そん時も2人して真剣な顔してな、あたしの入る隙なんまったく無かったんやで」
『・・・・・・・・・・脅しに行ったのねおじさま・・・』
「?何か言うた蘭ちゃん?」
『ううん、何も。そうっかぁ、これで和葉ちゃんも探偵の仲間入りね。名探偵 遠山和葉。うん!とってもステキよ!』
「うわっ!それ何やごっつう違和感有るわ」
『そんなこと無いよ。これから”西の名探偵”って服部くんじゃなくて、和葉ちゃんの代名詞になるかもね』
「もう、茶化さんといてや蘭ちゃん。平次が居る限りそれは絶対に無いて」
『そんなの分からないよ。それに・・・・きっと当分服部くんは使い物にならないから・・・』
「へ?」
『とにかく頑張ってね!和葉ちゃん!私も新一も全面的に和葉ちゃんに協力しちゃうから!』
「おおきに蘭ちゃん!ほな、いっちょ頑張りまっせ!」
工藤夫人である蘭は元々平次の煮え切らない態度に業を煮やしていたので、和葉は気付いていない遠山父の本当の企みにも、すぐに気付くことが出来たのだ。
その企みとは、和葉を平次から引っぺがし自分の目の届く処に置いて、あわよくば自分の部下から選りすぐった男を和葉の婿に迎えようというもの。
そんな遠山父にとって今回の平次の入院騒動は、きっと待ちわびた絶好の機会だったに違い無い。
正にチャンス到来とばかりに、即行動に移したのがその証拠だ。
そんな父の魂胆など思いも由らない和葉嬢はニコニコで携帯を鞄に仕舞い終えると、現在は自分が探偵を勤める服部探偵事務所に向ったのであった。


それから1ヶ月後。
本人のどこか狂気めいた努力により無事退院を果した服部平次を待ち受けていたものは、最高の笑顔の和葉嬢と遠山探偵事務所と掲げられた府警から徒歩1分にある真新しい探偵事務所だった。
ちなみに平次がその後、自分の事務所そっちのけで和葉の事務所に住み着いたのは言うまでも無い。



ちゃんちゃん



「”名探偵 和葉”誕生秘話。なんちゃって(笑)」 by phantom