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■ 真夜中の電話 ■ by 月姫 カレンダーを見て、ほうっと息をつく。 平次が遠方から舞い込んだ依頼に行ってから、今日でもう2週間。 泊まりの時は大抵アタシも一緒に行くんやけど、今回は依頼の内容を見た平次から留守番を命令された。 依頼状の内容は一見大した事やなさそうやけど、どうしても気になる部分があるから待機してろて。 学生の頃なら、それでも無理言うてついて行ってたて思う。 せやけど、今は探偵業を『仕事』にしとって、平次はアタシの『上司』んなるから、業務上の命令て言われてもうたら我侭も言えへんかった。 それに、こういう場面での平次の勘は、滅多に外れる事なんないし。 戸締りを確認して、遅い夕食をとる。 アタシが待機しとるんは、事務所の上にある平次の部屋。 平次が仕事で留守にする時には必ず事務所を閉めて、なるべく外出控えてここか実家に居る事。 これは探偵事務所を開く時に、平次から約束させられた事の1つ。 それやったら留守を預かる事務員の意味ないやんて言うたアタシに、平次は部外者が入る事の出来る事務所にオンナ1人で居る事の危険性や、何のための仕事用携帯や転送電話設定かいう事を、それこそ正座させる勢いで懇々と説教交じりに説明した。 確かに、そんな事件は過去に幾つもあったし、1人での留守番に不安もあったから、アタシは有難くその約束を受け入れた。 実は、事務所を開いた時の雇用契約書に手回し良くその他にも幾つかの約束が盛り込まれとるのを見て、女心には疎いクセにこんな所には細かく気ぃ回るんやなとちょお感心してもうたんは、平次には内緒や。 「今日は遅いなぁ……」 見上げた時計は、午後10時を指してる。 いつもなら、もう平次からの定時連絡が入っとるハズやのに、今日はまだその気配もない。 アタシからはちゃんと定時に、異常なしを知らせる『おやすみ』メールを送ってあるのに。 ぼんやりとニュースを見ながら、大きく息をつく。 新聞や雑誌の記事のスクラップは平次が確認してからやから今は積んでおくしかないし、書類整理や経理処理はもうとっくに終わっとる。 昼間は事務所あての電話が掛かってくるけど、それやって一旦留守電で受けて、どうしても必要な場合だけ掛け直すようにて言われとるから、アタシがやるべき仕事はもう殆どない。 せやったら友達に電話しようかと思たけど、多分アタシは上の空になってしまいそうやから、それもやめた。 「まだかかるんかなぁ……」 平次の事やから仕事でミスするなんてない思うけど、連絡がないとまた無茶して怪我でもしとるんやないかて心配になる。 この仕事を始めてから、平次みたいな仕事の仕方する人は極少数派で、殆どの探偵は直接対峙にならんように身ぃ隠して行動しとるって知ったから、余計に。 平次はあんな性格やし、高校の頃から顔が売れとったから仕方ないっていうのもわかるんやけど。 退屈しのぎで買うたクロスワードの雑誌は、開いたきりでまだ1ページも進んどらん。 手慰みにと始めた編物も、ここ3日は籠に入れたままや。 時計と電話が気になって、何も手につかへん。 夜ってアカンな。 どんどん思考がネガティブになってまうから。 ソファで膝を抱えたまんま、また時計を見上げる。 あと10分で午前1時。 テレビでは相変わらず、表情の乏しいアナウンサーが事務的にニュースを読み上げとる。 こんな仕事やし情報収集て言えば聞えはええけど、今は音がないと淋しいからってだけやから、内容なんて右から左。 「……定時連絡忘れんな、アホ平次」 ぼそっと呟いた時、仕事用の携帯が鳴った。 「平次?」 『まだ起きとったんか』 耳に届いたんは、いつもと変わらん声。 ほっとしたと同時に、今まで押さえ込んどった感情が溢れてもうた。 「まだ起きとったんかやないわ!もう、定時連絡もせんと何しとったんよ?依頼はどうなっとるん?2週間もかかってまだ解決せえへんの?腕鈍ったんとちゃう?まさかドジ踏んで怪我したんとちゃうよね?もしかして、病院行っとって電話出来んかったとかなん?」 『……和葉』 「……」 アタシの名前を呼ぶ平次の低い声に、立て板に水みたいに喋っとった言葉が途切れる。 『追い込みかけとって定時連絡出来んかったんや、スマンな』 「うん」 『依頼は終わった』 「うん」 『怪我もしとらん』 「うん」 機械越しやけど、耳に届くのは確かに平次の声で、アタシはただただ頷くだけ。 『明日……て、もう今日か。昼までには帰る』 「うん」 もう少しこのまま話してたいんやけど、仕事が終わって疲れとる平次を引き止めるワケにはいかへん。 それに、あと半日待てば帰って来るんや。 「平次」 『何や?』 「お疲れ様」 『おう』 「居眠り運転なんせんように、ちゃんと休ませて貰わんとアカンよ?」 『わかっとる』 もっと声を聞いてたい。 そんな気持ちを振り切るように、小さく深呼吸した。 「帰り、気ぃつけてな?」 『おう』 いつもは用件だけ伝えて勝手に通話を切ってまう平次やけど、こんな時だけは自分から切ろうとはせえへん。 たとえお互いに黙ったまんまでも、アタシの気ぃ済むまでずっと切らずにいてくれる。 それは嬉しくて、せやけどちょっとだけ切ない習慣。 やって、アタシがその時間を終わらせなならんのやもん。 「……おやすみなさい」 思い切るようにそう告げる。 『おやすみ』 携帯の小さなスピーカーから聞えた平次の声。 その最後の響きが消えてから、アタシはそっと通話を切った。 |
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「お留守番和葉」 by 月姫 | ![]() |