■ 着信アリ ■ by 月姫
 
「リョーコちゃん、これ5番ね」
「はい」
 
バーテンの杉田さんの指示で、アタシは銀色のお盆にフルーツの盛り合わせを載せてフロアに下りた。
 
煙草とお酒の匂い、そこここに飾られた花やホステスさんたちがつけてる甘い香水の香り。
照明を落としたフロアに漂う様々な香りと低く流れる音楽の海を泳ぐようにして指示されたテーブルに向かうと、アタシは両膝をついて少し大袈裟なくらいに恭しくフルーツの盛られたお皿を置いた。
 
「お待たせしました」
 
にっこり笑って一礼して、隅に寄せられてた空いたグラスをお盆に移しながら、こっそりと右のカフスをお客さんの方に向ける。
この人は違うと思うけど、念のためや。
案の定、左のカフスに変化なし。
ハズレやね。
もう一度にっこり笑って礼をして、ホステスさんから渡されたオーダー票片手にテーブルを離れた。
 
「オーダー入りました」
 
カウンターに戻って、杉田さんにオーダー票を渡す。
 
「おや?これはリョーコちゃんにやて。ライムスカッシュ。有難く頂いとき」
「わあ、嬉しい」
 
アタシが『リョーコ』て名前でお運び専門のバニーガールとして勤め始めて5日、他のお店の事なん知らんけど、それでもこのお店の客層が良いのはわかる。
派手に騒ぐような遊び方をする人は殆どいないし、絡むような飲み方する人もいない。
仕事のために入ったお店やけど、こんな所に慣れてないアタシにはすごく有難かった。
 
「人気者やな、リョーコちゃん」
「そうですか?」
「ホステスに転向したら、もっと稼げると思うで?」
「アタシには無理やわ。やって話術とか持っとらんもん」
 
杉田さんが出してくれたライムスカッシュで喉を潤しながら、オーダーされた品が揃うのを待つ。
普段より大分濃い化粧とラメの入った真紅のマニキュア、それと10センチはある黒いエナメルのピンヒールのバニースタイルにももう随分と慣れたけど、これが精一杯。
アタシは水商売には向かないなて、ホステスさんたち見て思うし。
 
「結構イケると思うで?」
「無理やて。からかわんといて下さいよ、杉田さん」
 
慣れた手つきでシェーカーを振る杉田さんに、アタシは両手を顔の前で振って見せた。
 
この店は、テーブルにつくホステスさんと、お運び専門のバニーガールとがいる。
バニーガールはお客さんの席には付かんのが決まりやから、お客さんが飲み物を振舞ってくれるなんて事は滅多にないらしいけど、アタシは一晩に1〜2回くらいお相伴にあずかったりしてる。
何や悪い気もするけど、素直にありがとう言うてお客さんをいい気分にさせるのが一番大切な事やて杉田さんが教えてくれたから、嬉しいて気持ちを込めてお礼を言うようにしてるんやけど、やっぱりちょっとだけ申し訳ないて思う。
やって、このお店でバニーガールやってるのて、探偵事務所への依頼のためやったから。
 
「はい、じゃあこれ5番に」
「はい」
 
杉田さんが作ったカクテルをお盆に載せて、アタシはまたフロアに下りた。
 
今回の依頼は人探し。
2週間かけて調べた結果、名前を変えてこのお店にお客として度々顔を出してる事を突き止めた。
 
それは良かったんやけど、問題はここからやった。
これが犯罪捜査なら後は警察に任せればOKなんやけど、簡単に言えば家出人やし、いつ現れるかわからん人を待ってこんな繁華街の店先で張り込むワケにもいかない。
それこそ、不審者として通報されてまう。
依頼人の希望はその人の現在の住所を知る事やったから、店員としてその人が来るのを待って、帰りを尾行しようて事になった……のはええんやけど、役割分担で躓いた。
 
2人ともお店に入ってもうたら、その人が帰る時に尾行出来ない。
平次がウエイターやるて言うたけど、顔売れとるから多分すぐにバレる。
それに、尾行なら平次の方が得意や。
せやからアタシがバニーガールで入るて言うたんやけど、もう大反対。
『オマエみたいなオンナが採用されるかい』に始まって『粗忽モンには無理や』ときて、挙句の果てには『オレがその店のホステス口説き落として内通してもらう』とまで言い出したモンやから、思わず指輪してるの忘れてグーで殴ってもうた。
平次のほっぺたに貼ってある絆創膏は、その結果やったりする。
 
そんなこんなで大ゲンカしながら色んな手を考えた末に、やっぱりアタシがお店に入って平次に情報流すて事で落ち着いた。
アタシの制服はバニーガールやったから、右手首のカフスの所にピンホールカメラとマイク仕掛けて、その映像と音を路地裏で待機しとる平次が確認、HITしたら左手首のカフスの下に貼り付けた電極にピリっと反応が返って来るようになっとる。
そしたら、アタシはその人の動向に注意して、お店を出る段になったらマイクを3回叩いて合図送って、そこからは平次が尾行って段取り。
今は色んなものが小型化されとるから、こんな時には本当に便利や。
 
「あ……」
 
5番テーブルにカクテルを届けてカウンターに戻ろうとした時、新しくお店に入って来たお客さんがいた。
散々見た写真よりも随分痩せとるけど、多分あの人がターゲットや。
 
「いらっしゃいませ」
 
通路の端に寄って頭を下げながら、脇に抱えたお盆に添えた右手首のカフスをその人に向ける。
すかさず帰って来た、左手首の反応。
HITやね。
後は、アタシがあの人を見失わないようにしないと、折角のチャンスが無駄になってしまう。
……多分、平次は今頃店の入り口が見える所に移動しとるんやろうけど。
 
「リョーコちゃん、7番にお客さん入ったからよろしく」
「はい」
 
7番て、あの人が案内されたテーブルやん。
ラッキー。
これでさり気なく見張っていられる。
後は任せたで、平次。
 
お盆にお冷やとおしぼり載せて、フロアに下りる。
 
平次がヘマするとも思えんし、このバイトも今夜が最後かな?
臨時収入はアタシのボーナスて決めてあるし、新しい服でも買おうっと。
そうや、平次がバイクのグローブ欲しいて言うてたから、最近何でかご機嫌ナナメの名探偵殿にプレゼントしたってもええかも。
 
そんな事を考えながら、アタシは7番テーブルに向かった。



    「探偵助手の和葉ちゃん、バニーに変身!の巻(笑)」 by 月姫