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■ 繋がらない携帯 ■ by 月姫 携帯がいつものメロディーを奏でて、午前零時を知らせる。 見るともなしに見ていたテレビから顔を上げて、アタシは壁に掛けてあるカレンダーに×印をつけた。 『やっかいな依頼が入った』 あの日、事務所に届いたエアメールを見た平次は、封も切らずにそう言った。 出張になるん?て訊いたアタシに、平次は封筒から顔も上げずにあっさりと頷いた。 『ちょお時間かかりそうやしコッチに集中したいから、今受けとる依頼が終わったら一旦事務所閉めるわ』 そう言って、平次は封も切らずにエアメールを上着の内ポケットにしまった。 内容も見ないで『やっかいな依頼』なんてわかるのは、本当はそれが依頼じゃなくて平次が待っていた知らせだと言う事。 ……そして、それは多分工藤君に関する事。 『……うん、わかった』 そう応えた時、握り締めた掌に冷たい汗が滲んだのを、今でもはっきり覚えている。 声が震えないようにと身体に力を入れたから、妙に硬い平坦な声になってしまった事も。 高校の頃から探偵なんてやってた平次だけど、その時でもずっと刑事を目指してた。 その平次が刑事ではなく探偵になると言い出したのは、大学4年の春。 表向きの理由は『探偵の方が性に合うから』だったけど、刑事という職業に誇りと憧れを持っていた平次を知ってるアタシにはどうしても納得出来なかったから、彼に会うたびにしつこいくらいにその理由を訊ねた。 そのたびにはぐらかされたり呆れられたりしながらも、嫌われるの覚悟で平次が根負けするほどに食い下がって訊き出した本当の理由は、もう5年も姿を消したままの工藤君の事。 『工藤が抱えとるやっかいな事件追うには、刑事より自由の利く探偵の方が都合がええ』 これが理由だった。 大滝さんや馴染みの刑事さんたちには惜しまれたけど、平次は卒業する頃には同業者たちともそれなりの繋がりを持って開業の準備まで整えていた。 平次が探偵になる本当の理由を知った時、それなら手伝うと強引に助手に納まったアタシに出された条件は、この『やっかいな事件』には一切係わらない事。 概要を訊く事も、資料整理を手伝う事も、他人のいる所で工藤君の名前を出す事すら禁止されたけど、それでも平次の傍にいたかったから、アタシはその条件をずっと守ってきた。 時々、受けた依頼の調査中に何の理由も告げられずに休暇を出されても、素直に従って来た。 それから5年、やっと工藤君の抱えてる『やっかいな事件』に進展があった事を平次に知らせたのが、あのエアメールだった。 「今日で5ヶ月……。『もう5ヶ月』なんか『まだ5ヶ月』なんか、どっちなんやろね?」 カレンダーの下、ドレッサーの片隅に置いてあるジュエリーケースに向かって呟いてみる。 ガラスの天板の下、石や模様の入ったデザインリングの中に並んだプラチナのシンプルなペアリングは、平次がアタシに残してくれた約束の証。 『待てるか?』と。 『何も訊かんと、いつ帰るんかわからんオレを待てるか?』と訊かれて素直に頷いたアタシに、平次は『預かっといてくれ』と、このペアリングを託してくれた。 『待ちくたびれたら、オカンに渡しといてくれればええから』と付け加えて。 『待っていて欲しい』じゃなくて『待てるか?』と訊くあたりが平次らしい。 リングに向かってちょっと笑って、アタシはベッドに潜り込んだ。 平次が事務所を閉めて『やっかいな依頼』に取り掛かってから、今日で丁度5ヶ月。 『服部探偵事務所』があった部屋には、今はデザイン事務所が入っている。 すぐ上に借りていた部屋も引き払ったから、アタシがあの場所に行く事もなくなった。 平次は何処に行くのかさえも教えてくれなかったし、携帯も繋がらない。 唯一生きてるらしいのはパソコン用のメアドだけど、それだってアタシからの一方通行で、平次が読んでくれてるかどうかもわからない。 もしかしたらなんて不安ばかりが募るアタシを支えてるのは、あの小さな指輪に込められた守られるかどうかもわからない約束だけ。 何も知らない人から見れば馬鹿な女に見えるんだろうけど、アタシはそれで構わない。 正義感が強くて友情に厚くて優しくて、女心には絶望的に疎くて不器用で、そんな平次を今も愛しているから。 この気持ちは誰でもないアタシのものだから、あのリングを手離したくなるまでは、誰にも何も言わせない。 ……出来れば、ウエディングドレスが似合ううちに帰って来て欲しいけれど。 今もどこかで『やっかいな依頼』を解決しようと奔走してるだろう平次に『おやすみ』と告げて、アタシは短い眠りについた。 |
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「お留守番和葉」 by 月姫 |
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