「 平次が冬樹を怖がる理由 」 |
ある日、平次が会議から帰って来ると、冬樹のオフィスの前に華月が立っていた。 しかも、じっとして動かない。 大阪にいるはずの華月がなぜここにいるのかも疑問だったが、入ろうともせずにじっとその場にいるのも疑問だった。 そこで、いつもの仕返しとばかりにそ〜〜と近寄って脅かそうと思ったらしい。 静にゆ〜〜くりと近付いてい行くと、室内の声が聞こえて来た。 それは、事務の女の子たちが華月の悪口を言い合っているモノだったのだ。 『そうそう久保警視正の奥さんて、なんか怖いよね〜〜。』 『顔は綺麗だけど、あの関西弁は笑えるよね。』 『冬樹さんには似合わな〜〜い!って言うより、冬樹さんがもったいな〜〜い!』 『もしかして久保警視正ももう別れたがってたりして〜〜!』 『あ〜〜、それあるある!』 華月の背後まで来たのはいいけれど、そんな話題に平次は動けなくなってしまった。 背後からみた華月の背中が小さく震えていたから。 平次は華月が怒りに震えてると思ったのだ。 「きっ・・・・・木更津・・・・・・・?」 脅かすのを諦めて、恐る恐る声をかける。 「・・・なぁ服部くん。」 そんな平次に華月は振り向きもせずに、話かけた。 「なっなんや?」 びくびくである。 「うちってそんなに可愛げ無いんやろか・・・・・・・。」 「へっ????」 構えていた平次は予想外の言葉に頭が真っ白。 「冬樹も・・・・・・そう・・・・・・思うてるんかな・・・・・・・・・・。」 その声は平次が今まで一度も聞いたことが無い、落ち込んだモノだったのだ。 「あっ・・・・・・いやっ・・・・・・・それは・・・・・・・・あれや・・・・・・・・・・・。」 こんな華月は始めてで、平次はどう対応していいのかパニックになってしまった。 「・・・・・・・・・・・・。」 「おいっ。ちょう・・・・・・・・き・・・・・・木更津?」 平次が慌てて華月の顔を覗き込むと、その目には・・・・。 「 !!!!!! 」 ・・・・・・・・・・・・・鬼の目に涙・・・・・・・・・・・・・・・・。 平次は浮かんだ言葉を、首を振って振り払った。 今はそんな事を考えている場合では無いのだ。 もうすぐ冬樹も会議室から帰って来る。 この状況はまずい。 傍から見れば、平次が華月を泣かせているように見えないこともない。 そんな平次がいならい考えを巡らせてる間に、 「華月?」 冬樹が帰って来てしまった。 華月はチラッと冬樹の方へ顔を向けたが、すぐにまた俯いてしまう。 だが、その一瞬だけで冬樹には華月が泣いていることがばれてしまった。 2人の距離はそんなに近くではなかったのに。 「なっ・・・・・・・。」 冬樹はすぐに華月に駆け寄って、 「華月?何かあった?」 優しくその顔を覗き込もうとする。 もちろん、平次を一睨みしてからだが。 しかし、 「何でもない。」 と華月は顔を背けてしまう。 この間、平次は固まったまま。 「何でも無いことないだろう?」 「ほんまに何もないっ!うちやっぱ帰るわ。邪魔してごめん。」 華月は冬樹の腕を振り払って、走り出してしまった。 「華月!!」 冬樹もすぐに華月を追いかけようとするが、その前に、 「服部。後で話しがある。」 と氷点下の声で平次に一言残すのも忘れなかった。 「ちゃう!ちゃうんや冬樹!俺やないでっ!!」 平次の慌てた声にも、 「言い訳なら後で聞いてやるっ!!」 とさらに温度の下がった声が返ってきただけだった。 1人残された平次は、その場にしゃがみ込んで、 「・・・・・・・・・・・・・木更津でも泣くことあるんやな・・・・・・・・・・・・・・そやけど・・・あれは俺のせいや無いで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 とぶつぶつと独り言を始めた。 「木更津・・・・・・ほんまに俺のこと嫌いなんか・・・・・・・・・・・・・・・俺、オマエんことちゃんと和葉の親友やて認めてやってるやないけ・・・・・・・・・・・・・・・・・。冬樹なんマジ切れさしてみぃ・・・・・・・・・・俺の命なんあっちゅうまやで・・・・・・・・・・・・・・・・・・分かってるんかぁ・・・・・・・・・・・。アイツの狙撃の腕はプロ並なんやで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。それにオマエに手ぇ出した男がどんな目に遭ってるんか知らんのかぁ・・・・・・・・・・・何であの社長が検察に捕まった思うてんねん・・・・・・・・・・・・・・・・・オマエんこと妾にしようとしたからやろが・・・・・・・・・・・・。そん前のオマエのケツ触った課長・・・・・・・・・・今どこにおる思うてんねん・・・・・・・・・・・・・・・・・・北海道のさらに端やで・・・・・・・・・・・・・・・・それにそれに警察解雇されたヤツもいてるんやで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・行方の分からんのもぎょうさんいてるし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうしてくれんねん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 自分のことは棚に上げている。 平次も似たようなことをやってはいるが、冬樹の方がやり方が巧妙なだけに怖いのも確か。 しかも、冬樹が心底怖いことを知っている人間はほとんどいない。 普段いつも笑顔で人当たりも柔らかいだけに、そんなことをするなど信じられないのだ。 華月が絡むと、一切情け容赦無い鬼か悪魔になることに。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・どないすんねん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 「何やってんだ服部?小銭でも落ちてたか?」 通りすがりの先輩に、呆れられてしまった。 「・・・・・・。」 「携帯鳴ってるぜ。」 それだけ言うとその先輩は、何事もなかったかのように行ってしまった。 まるでそこには何もなかったかのように。 平次が言われた通りに携帯を取り出すと、確かに着信を知らせる表示が。 「・・・・・・。」 しかし仕事がら携帯は常にマナーモード。 ここには、人間で無いモノが他にもいるらしい。 先輩の後姿を思わず見送ってしまう平次だった。 着信は和葉からだった。 『平次!今ええ?』 「お・・・おお・・・・・。」 『おかしなこと聞くんやけど・・・・華月そっちに行ってへん?』 「・・・・・・・・・・・・いらっしゃってます・・・・・・・・。」 『・・・・・?どないしてん平次?まぁええわ、華月そっちに行ってるんやね。やったら、もう久保くんとこ?』 「・・・・・・・・・そうやとおもいます・・・・・・・・・・・。」 『・・・・・?ほんまどないしてん?やけど、それやったら安心やわ。急におらへんようになったから心配やってん。携帯も繋がらへんし。久保くんが一緒ならあたしが心配することないやろうし。取り合えずひと安心や。』 「・・・・・・・・・・アイツ何かあったんか?」 『う〜〜ん?あたしもはっきりしたことは分からへんのやけど。竜くん尚くんと喧嘩したらしくてな「ママ可愛くない!」言われたんやて、それから後輩の子の彼氏が華月に一目惚れしてしもて痴話げんかに巻き込まれてしもたらしいや。さらに、久保くんの元カノ言う女が怒鳴り込んで来てな、華月にさんざん酷いこと言うたんよ。まったく、いつの話してるんやろかあの女!そんなこんなで、華月ちょっとイライラしとって捜査でミスしてしもてな、犯人取り逃がしてしもたんよ。もちろん、すぐに確保はしたんやで。そやけど華月、すっかり落ち込んでしもて。しかも、久保くんファンの女らにここぞとばかりに嫌味言われてしもて・・・・・・。』 「・・・・・・・・・・・えらいぎょうさんあったんやね・・・・・・・・・・。」 『・・・・・?やっぱ平次へんやで?どないしてん?』 「・・・・・和葉。」 『なに?』 「今の話、冬樹にしてくれ。」 『はぁ?何で?』 「俺のためや。」 『・・・・・?益々訳分からへん?』 「とにかく、アイツに言うたってくれ。」 『華月、今、久保くんと一緒なんやろ?やったら、今更あたしが言わへんでもええんちゃう?』 「オマエ・・・・・俺が冬樹に殺されてもええんか?」 『・・・・・?平次・・・。何かおかしなモンでも拾い喰いしたんやろ?!それとも、事件追いかけすぎておかしゅうなったん?何で久保くんが平次を殺さなあかんの?!もう、平次に付き合うてられへんわ!あたしは真剣に心配してあげたんに!!ほなね、変なモン食べたらあかんよ!!』 和葉は言うことだけ言うと、一方的に切ってしまった。 「・・・・・・・・・・・・・。」 和葉も冬樹の本当の怖さを知らないから仕方が無いと言えば仕方が無い。 平次はそれからもしばらくそこにいたが、何とか思い直して立ち上がった。 そして冬樹のオフィスのドアを開けて、 「ちょっとええか?」 と中で華月のことを言っていた二人に声をかけた。 「お前ら、あんまし大きな声でいらんこと言うなや。知りもせん人間のことを勝手に想像だけで言うてええこととあかんことがあるんくらい、分かるやろが。これからは、もうちと気ぃつけ。」 さらに、 「ついでやから教えといたるわ。ベタ惚でアイツから離れられへんのは冬樹の方やで。」 と付け加えた。 濡れ衣を着せられた腹いせもあったせいか、必要以上に殺気が篭ってしまったようだ、女の子たちは蒼白になってしまった。 だが、平次はそのまま自分のオフィスに帰っていった。 これ以上のトラブルは御免である。 冬樹たちが去ってから2時間ほどして、冬樹が平次のオフィスに入って来た。 「木更津は?」 「落ちつかせるためにも、部屋で寝かせて来た。」 「・・・・・・・・・。」 この短時間でどうやって寝かし付けたんや?と平次は思ったが、口には出さないことにした。 「それで、どういうことか説明してもらおうか?」 冬樹は平次の前のソファーにドカッと腰を下ろした。 「やから俺や無いって言うてるやろが。」 「そんなことはどうでもいい。華月が起きるまでに、帰りたいんだ。手短に言ってくれ。」 まったく平次の言葉は相手にされていない。 しかも、冬樹にはまったく表情が無い。 マジ切れしている証拠だ。 仕方無く平次は、和葉から聞いたことを冬樹にそのまま伝えた。 黙って身動きのせずに聞いている冬樹が恐ろしい。 平次が話し終わってからも、しばらくは沈黙が続いた。 「それで。」 「はいぃ?」 やっと聞こえた声が、氷点下の「それで」だったので、平次は上ずった返事を返してしまった。 「で、何で華月がオマエの前で泣いてたんだ。」 「そ・・・・それはやな・・・・・・。」 平次は事務の子たちのことをまだ話していない。 こんなキレた冬樹に言っていいものかどうか、思案していたのだ。 「早く言えよ。」 言葉は普通だが、部屋全体の温度が数度下がったように平次には感じられた。 頭の中では色々なことが駆け巡っているが、とにかくこの手のことで平次が冬樹に勝てた試しがない。 嘘などすぐに見破られてしまうのが落ちだ。 オブラートに包むように、やんわりと事実を告げた。 「そういうことか・・・・。」 冬樹はポツリと零した。 「やから俺のせいや無いて最初から言うてるやろが。お前は木更津が絡むとほんま見境が無くなるんやからなぁ・・・・かんべんしてくれ。」 「そうだな・・・・・。」 「それに、あの子らも悪気があったワケやないんやしな。まさか、本人が聞いてるなん知らへんかったやろうし。俺もくぎさしとったさかい、あんまし責めてやるなや。」 「ああ・・・・・。」 短い返事は怖い。 「ところで服部。オマエ見ただろ。」 急に冷たい視線を平次に向けた。 「な・・・・・・・・何をや?」 思わず椅子の背凭れが、ギシッと軋む。 「見たよな。」 冬樹はゆっくり立ち上がって、平次の机の前まで近付いて行った。 「み・・・・見てへん・・・・・・俺は何も見てへんで・・・・・。」 「見たよな。」 同じ言葉を前より静に繰り返す。 「見てへん!ほんまに見てへんて!木更津の泣き顔なん俺は・・・・・・・・・・・・・・あ”っ。」 平次が慌てて自分の口を塞ぐが、言ってしまったもんは取り返しがつかない。 まったく肝心な時にボケをかます男である。 「忘れろ。」 平次の額に冷たくて硬い感触が。 「ちょ・・・・・ふ・・・ふゆきちゃん・・・・・・。」 顔から一斉に血の気が引いていくのが分かる。 「なんだったら、脳みそリセットしとくか。」 カチッ!とロックを解除する音。 「わっ忘れます!はいっ!綺麗に全部忘れてみせます!」 何度も言うようだがこの2人、これでも日本警察のエリートである。 「二度と思い出すなよ。」 「もちろんです!」 氷点下の冬樹の声と、どこか上ずった平次の声。 冬樹はなんとか手に持っていたモノを元に戻した。 それをきっちり確認してから平次は、 「お前・・・いっつもそんなモン持ち歩いてるんか?」 と恐る恐る問いかけた。 「まぁな。いつ何があるか分からないだろ。」 当然だという返事が返ってきた。 冬樹のいう「何か」とは、いったいどんな時やねん?と平次は思ったが、これまた口には出さないことにした。 もう一度、平次を一睨みしてから、冬樹はドアへ向った。 「邪魔したな服部。和葉ちゃんには、ちゃんと華月から電話させるよ。」 そして、 「絶対に思い出すなよ。まぁ、忙しくてそれどころでは無くなるだろうけどさ。」 と不吉なことを言い残して出て行ったのである。 「・・・・・・・・・。」 そんな冬樹を黙って見送った平次は、そのままぐったりと机に突っ伏してしまったのでした。 さらに追い討ちをかけるようにその後平次の元には、苦手な書面上の仕事が山のように押寄せてきたのだった。 なんと、それら全てを終わらせるのに平次は、2週間以上を費やすはめになったらしい。 本当に何も悪いことをしていない平次には、”お気の毒さま”としか言いようがない。 ちなみに、事務の女の子たちはいつの間にか新しい子たちに変わっていた。 ちゃんちゃん。 |