桜夜行-sakurayakou- ver.B 
「華月ん家の二桜見るんも、久しぶりやわ〜。」
和葉は縁側に置かれた椅子に座って、目の前に広がる幻想的な景色を見上げている。
「そうやな。それに夜桜は初めてかもしれんなぁ。」
座敷の座布団に、胡坐をかいたまま答える平次。
「かもって何なん?かもって?夜の二桜やて、あんとき拝んだやろ?」
下膳の手伝いをしながら、顔だけを向けて文句を言っているのは華月。
「それって服部と和葉ちゃんが、初めて二桜を見た日の話?」
食後のお茶をゆっくりと堪能し、座椅子に凭れるように聞き返したのは冬樹。

今日は華月の両親の計らいで、4人揃って夜桜宴と相成ったのである。

「あんときなぁ・・」
「そやね・・・夜はゆっくり桜見てる場合やなかったよねぇ・・」
平次も和葉もどこか、余り思い出したく無い様子。
「そやったっけ?」
「その感じだと何かあったってことだね。」
すっとぼける華月に、興味津々の冬樹。

平次と和葉はお互いに溜息付いて、華月に視線を送る。
「まぁ、あれはうちも驚いたし、不幸な出来事やったわ。」
「へ〜華月が驚く程の出来事って、益々興味があるなぁ。」
華月のお許しも出たことだし、平次は冬樹にその不幸な出来事を話してやることにした。





あの日、綺麗に振袖を着ている和葉と華月は、そのまま脱いでしまうのが惜しくて近所の桜も探索しようと平次を伴って散歩に出かけた。
途中、野点に誘われて桜の下でお茶を楽しんだり、可愛い小物たちに誘われてお店に寄ったりで華涼庵に戻ったころにはすっかり日も沈んでいた。
流石に夜は特別室も埋まっていた為に、3人は華月たち家族が使っている棟にて豪華な夕食を取った。
そこで華月は平次を追い返そうと、あれやこれやと試行錯誤したのだが、結局すべて失敗。
はてさて、これからどうするか?
3人が三様の思考を彷徨わせているときに華月の母から、
「離れにお床の用意したさかい。」
と言われたのである。
華涼庵の離れとは、母屋から少し離れた庭の中に点々と二棟建つ、上得意だけが使用出来るトイレや浴室を備えた部屋のことである。
「あそこから観る二桜もええんやで。」
と華月は上機嫌で和葉を伴って、その一つ”白華亭”と書かれた離れに向った。
平次もぶつぶつと文句を言いながらではあるが、和葉が行くのなら仕方が無いとその後に続く。
そこで、中に入った3人は信じられない光景を目にしたのだ。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
そろって絶句である。
「これは・・・何や?」
「・・・お布団・・ちゃう?」
「3つ並んでるけど・・」
そう、信じられないことに、広い座敷の中央に3組の布団が綺麗に並べられて敷かれていたのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その部屋に入るに入れず、3人はその場に並んで立ち尽くす。
しかしその空気に耐え切れず、口火を切ったのは平次だった。
「お前のおかんは何を考えとんねん!!」
「うっさいわボケッ!あんたが外で寝たらええことやんか!」
真ん中に和葉を挟んで、罵り合いが始まってしまった。
「アホか〜!風邪引いてまうやんけ!」
「やったら、玄関で寝んかい!」
その言葉に3人揃って振り返るが、そこには布団を敷くスペースは存在しない。
「他に部屋は無いんかい?!」
「物置やったらあんで!」
「なんやと〜〜!!」
「ついでに蔵ん中もあんで!!外から鍵掛けたるわ!!」
この状態では、一向に解決策は見付かりそうも無い。
「ね・・寝るだけやったら、このままでもええんとちゃう?」
見兼ねた和葉がそっと打開案を申し出ると、
「「寝れるか〜〜!!」」
と変に息のあった返事が返って来る始末。
平次は和葉の隣では、とても眠れ無いだろうと思っているのだ。
華月は華月で、和葉の隣に害虫を置いておくなど論外だと思っている様子。
「そんで、どないすんねん・・・・これ?」
平次には自分だけ家に帰る、という選択肢は無いらしい。
「そやっ!」
ちょう待っといてな、と言い残すと華月はどこかに行ってしまった。
暫らくして帰って来たかと思ったら、ある人物を伴っていた。
「服部くんは総ちゃん家に泊めてもらい!」
どこに行っていたかと思ったら、隣の沖田総司を呼びに行っていたのだ。
「なんや服部、お前オジャマ虫なんやて〜。」
白い剣道着姿で面白そうに笑っている。
「何でここでお前が出てくるんじゃい!」
「俺の家、ここの隣。物置にでも泊めてやるさかい、ありがた〜く思ってや。」
「思うかぁ〜〜!!」
ご機嫌斜めの平次を意に介することなく、飄々と部屋の中を覗き込む総司。
「これか〜、華月が言うてたんわ。そやっ!」
突然何を思ったか、布団の上に寝転がってしまったではないか。
「服部にはしゃ〜ないから俺の部屋貸したるわ。そんかし、俺、ここで寝」
しかし言い終わらい内に、平次によって外に放り出されてしまった。
「いったぁ・・・・。何すんねんわれ?せっかく寝床提供してやる言うてんのに。」
「アーホーか〜〜〜〜!!おんどれがここで寝てどないすんねん!!」
「ええやん、俺ぜんぜん問題無いし。」
「大有りじゃ〜ボケッ!!」
「可愛いうないで自分。ほなっ、いっちょ勝負して決めよか?」
いつの間にか華月が持っていた2本の竹刀。
それを2人にいそいそと渡す。
「ええ度胸やんけ。今日こそ、きっちり方付けたるわ!」
互いに竹刀を持って構えると、どちらからともなく勝負は初まっていた。
閑静な日本庭園に響き渡る、竹刀同士が激しくぶつかり合う音。
月夜に木霊する、それだけでは奇声としか聞こえない掛声。
正式な試合でも、ここまで気合の入った2人はそうそう見ることは出来ないだろう。
それ程に、お互い真剣勝負なのだ。
「ここで・・・こないな試合が見れるとは思うてへんかったわ・・」
和葉は目の前で繰り広げられる死闘に、半場呆れ気味に呟いた。
「食後の運動?、はたまた寝る前の運動?どっちがええ?」
華月は良い余興程度に楽しんでいる。
「このまま放っとったら、早朝の運動になるんちゃう?」
「所謂、朝練ちゅうやつやね。」
一進一退の攻防は、いつ終わるとも知れない。
華涼庵の母屋もすっかり灯が消えて、静まり返ってしまった。
「ふぁ〜。あの2人は楽しそうやから放っとって、うちらは先に寝ぇへん和葉ぁ?」
ぼ〜とその様子を見ているうちに、今日一日駆けずり回った華月は眠くなってしまったようだ。
「賛成や。あたしも・・もう・・あかんふぁ〜・・・」
女の子組はさっさと男の子組を見捨てると、一目散に布団に潜り込んでしまった。
しかも、そのまま一言も会話することなく熟睡。
そんな2人が朝最初に目にしたものは、
「これ・・・どうする?」
「邪魔やから踏んで行く?」
と言いたくなる男の子組。
玄関の狭いスペースに、重なり合う様に寝ているのだ。
和葉と華月が朝食を済ませて戻ってみても、微動だにしていない平次と総司の寝姿があるのだった。





「とまぁ、こんなんやったんや。どこに桜見とる間ぁがあったちゅうねん。」
平次は今思い出しても気が悪いと言わんばかりに、顔を顰めている。
「ほんまに。あれは何やったんやろうね?」
和葉は美しい夜桜に見惚れながら、夢現に答える。
「うちと和葉のラブラブ添寝タ〜イムはどこ行ったんやろ?」
華月も無念やわ、と言いたげな表情だ。
「そ・・それは気の毒だったね。」
冬樹はどうフォローしていいのか思案気だが、半分は呆れているのだ。

4人でそんなどうでもいい昔話をしていると、
「離れにお床の用意したさかい。」
とどこぞで聞いたフレーズが。
平次と和葉、冬樹と華月、そして4人同時に視線を合わせて、
「まさか・・な・・」
「そ・・そやね・・」
「流石に・・」
「違う・・だろ・・」
と声に出してはみたものの、一抹の不安は拭い去れないようだ。
いい年こいて、一斉に部屋を飛び出した。
そして着いた先は、もちろん白華亭の前。
華月がまずは、玄関を開けて中に入る。
そして、
「開けんで。」
とゆっくりと座敷への襖を開いていった。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
そこには、正に恐れていた光景が。
「マジかいな・・・」
「お布団4つやね・・・」
「真ん中に屏風あるけど・・・」
「それ・・何か意味あるのかな・・・」
一応二組の夫婦に気を使ったのか、今回は真ん中に申訳程度の屏風が置かれている。

「きょ・・今日は女同士、男同士で寝よ。なぁ、華月?」
「そやね・・・それがええわ。そうしよ、和葉。」
奥様2人は無言で考え込んでいる旦那様2人を余所に、そそくさと左側に行こうとした。
が、
「ちょい待ち。」
「ちょっと待った。」
と同時に止められてしまう。
和葉と華月には、嫌な予感が。
「たまには、こんなんもええんとちゃうか?なぁ、冬樹?」
「ああ。時にはちょっとした刺激も必要だしね。オレも服部の意見に賛成。」
ニヤリと微笑む旦那様2人。
じりじり後退るも、
「ほな、俺らはこっちや和葉。」
「華月はこっちだよ。」
とあっさり別々に引き摺られてしまう有様。
「あんま鳴いたらあかんで和葉。ぜ〜んぶ聞かれてまうからなぁ。」
「ずっと口塞いでいようか?それともタオルでも咥えとく?華月はどうしたい?」
和葉と華月はすでに、半分泣きが入っている。
平次と冬樹が冗談抜きの本気モードだということが、嫌でも分かってしまうからだ。
謀らずしも同時に、あか〜ん飲ませ過ぎたわ〜〜!と頭の中で叫ぶくらいに。
「そんなに照れんでもええやんか?どうせ、す〜ぐに何も分からんようになるんやし。」
「・・・・・・・・・・」
「か〜づき〜、そんなに暴れると手錠掛けるよ。ここにちゃんとあるんだからさ。」
「・・・・・・・・・」
「冬樹・・・お前・・・いっつもそんなん使うてるんか?」
「まぁね・・・服部は使ったこと無いのか?」
屏風越しに旦那様2人は、とんでもない会話を始めてしまった。
「シーツで縛るくらいはしたことあるんやけど、流石に手錠はないなぁ。」
「結構便利だよ。素早く両手固定出来るしさ、どんなに暴れても外れる心配も無いしね。」
「確かに、そやなぁ。」
「今持ってるんなら、使ってみろよ。」
「ほな、いっちょやってみよか。」
冬樹が華月に手錠を掛ける音がした後に、平次が和葉に手錠を掛ける音が響く。

「「 いっいやや〜〜〜〜〜!! 」」

そして和葉と華月のお叫びが、同時に響き渡った。


結局、今宵も白華亭からの夜桜見物は出来ないまま、夜が明けてしまうのでした。









ちゃんちゃん。






桜吹雪−sakurafubuki− 桜夜行−sakurayakou−
はい。「桜夜行−sakurayakou−version B」でした。
この話は「桜祭」さまに投稿しようとして、健全性に欠けるのでボツになった方です。(笑)
こっちが男の子?バージョンです。
まぁ、どっちも最後がちょこっと違うだけですけどね。
皆様はどちらが、お好みでしたか?
読んで下さってありがとうございました。

by phantom
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