■ 邂 逅 ■ ―水杏リンsama―。。。 |
ひらり、はらり。 暗闇に淡いピンクの花弁が舞う。 咲き始めの桜はまだ蕾が多く、見頃になるには今しばらくの時を必要とするようだ。 風に舞う花弁を視界の隅に留めつつ、大木の幹に体を預け、和葉は向き直った。 対峙する男の顔は浮かない。 それだけでいい話ではないことがわかった。 話があると切り出されたのは一時間前。 バイクを飛ばし、人気のないこの場所に着いた時から嫌な予感はしていた。 それに気付かぬ振りをして、わざと明るく振舞った。 常より口数の少なくなった彼に用件を切り出されるのが怖くて。 けれど、もう限界。 いつまでも避けられる物ではないとわかっていた。 「・・・で、話って何なん?」 中々切り出せない男に水を差し向けてやる。 俯いた彼の表情は伺えない。 そしてまた、彼女の表情も彼に見咎められる事はない。 こんな泣きそうな表情なんて見せるわけにはいかなかった。 付き合ってる訳でもないのに、別れ話を持ち出される様な心境になってるなんて知られたくない。 意を決したように、男は重々しく口を開いた。 「しばらく、俺、消えるわ」 「何・・言うてんの?」 声が震える。 伝えられた言葉の意味を把握できない。 信じたくないという気持ちが、思考を鈍くする。 「連絡取れんくなるけど、心配すんな」 「理由、聞いてもええ?」 「聞かんといてくれ。巻き込みとうない」 ズルイ男。 その一言で納得しろと言う。 そして、縋る事すら許してくれない。 ただ、待てと言う。 己が帰ってくるのを。 「ズルイわ・・・」 頬を涙が伝う。 彼はこれから命を掛けた大きな事件に立ち向かうのだ。 その隣に自分がいる事を許してくれない。 支えたいと思うのに。 こんなにも想っているのに。 「すまん」 詫びて、男は和葉の涙を拭った。 その寂しげな笑みに不安が募り。 強い風に晒されて、桜の花弁が舞い踊る。 桜に浚われてしまう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 不意に、そう思った。 繋ぎ止めないと、どうにかなってしまいそうだった。 だから、思いもしない言葉が零れ落ちた。 「やったら、証を残していって。ちゃんとアタシんトコに帰ってくるって」 そう言ったら、男は困ったような顔をして。 押し黙る和葉を引き寄せ、強く抱きしめた。 「一つ、頼んでもええか?」 「何?」 「抱かせてくれ」 言葉の意味を履き違える事はしない。 懇願にも似た響きの言葉に、和葉は小さく頷いた。 桜が舞い散る中、重なった。 求めて、求められて。 証を刻み込んだ。 もう一度、逢えるようにと。 ほどなく男は姿を消し、それから幾月か流れた。 あの時咲き始めていた桜はとうに散ってしまい、東の可愛い親友からは想い人が帰ってきたと報告を受けた。 なのに、彼はまだ帰ってこない。 あの日、強く抱き合った桜の下で今日も和葉は彼を待つ。 必ず帰ると、この身に証を刻んだ男を想いながら。 「平次・・・・・・・」 大木の幹に額を寄せ、何度となく彼の名を呼ぶ。 熱に浮かされたあの夜と同じ様に。 「和葉」 返る声に、和葉は硬直した。 振り返ると穏やかな笑みを浮かべた男が、躊躇いがちに手を差し伸べてくる。 その手を取ると引き寄せられ、強く抱きしめられた。 あの夜と同じ様に。 「ただいま」 耳になじむ声。 「おか・・・えり・・・・」 それだけ言うのがやっとで。 頬を流れる涙はあの時とは違う意味で止まることを知らない。 「抱かせてくれ」 あの夜と同じ言葉に、違う感情を乗せて彼は言う。 言葉を返すことが出来ず、何度も何度も頷いた。 「あん時、言えんかったけど・・・・・好きや」 涙で滲んだ視界に、ピンクの花弁が掠めた気がした。 |