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野村武(たける)は、今、と―っても困っている。ていうか、泣きそう。 武がなぜこんなに困っているのか。それは今日の1時間目にさかのぼる。 「おはようさん!今年もあと少し。みんな無事3年に上がれるよう、頑張りや!」 2年2組の担任、山岡聡( 29歳独身) は、新学期早々クラスの生徒たちに発破をかけた。 「「「「「おはようございまーす!あけましておめでとうございまーす!!」」」」」 仲良く声をハモらせる生徒たち。 「山セン!お年玉くれや!」 礼儀を忘れ、親戚や府警関係の刑事までにも、充分貰ったはずのお年玉をせがむのは、西の名探偵服部平次。 「もう、平次!!山岡先生にまで貰うつもりなん!?」 隣りで平次を叱っているのは、自称「平次のお姉さん役」、そしてこの平次に恋する遠山和葉。 「先生を先生呼ばん奴には、やらん。」 「なんでや~!山岡センセ~!!大センセ~!!」 「はい!ほな、学活始めます。」 あっさり無視され、なにしてんのとまだ和葉に怒られる平次だった。 今日は3学期の初日である。始業式を終え、1時間目は学活が組まれているので、早速議題に入る。 議題と言っても、新学期なのでまず席替えから。その後は、山岡恒例の「今年の抱負」を書かされる。高校生になっても、こんなものを書かないといけないのかと呆れているが、書き出すと自分の目標を再確認できて、なかなか良いと全員思っている。 「あ~、やっと和葉と離れられるわ。」 「な!!!(怒) なんやの!平次!!」 「毎日うるさい女の隣りやと、鼓膜が何枚あっても足りひんわ。」 「グチグチ文句ばっかり言う平次とやーっと離れられるなんて、あたしこそうれしいわ!!!」 「なんやと?(怒)」 「毎回毎回、なんで平次があたしの隣りなんよ!!」 「そんなん俺のせいとちゃうやろが!!!」 (なんで、毎回遠山の隣りはオマエなんやろなぁ・・・。ってオマエのせいやろが。) 少し離れた席から、ギャーギャーと毎度繰り返される痴話喧嘩に呆れながら、平次の悪友である市川勇樹は思う。 (ほんまは毎回一緒でうれしいくせに。) 和葉の親友、泉ゆりも二人の本心ではない会話に、呆れて声が出ない。 「ほな、席替え始めまーす。」 学級委員の柴崎直哉と金田さやかが、黒板の前に立ち、くじを作り始める。 公平なくじというやり方には、誰も一学期から文句言わない。 「ほんなら、出席番号1番の有崎からどうぞ~。」 出席順に続々とくじを引いていく。 黒板に書かれた番号と、引いた番号を照らし合わせ、一番前になった者は嘆き、友達と近くになれた者は喜ぶ。 と、ここまでは、どこにでもある席替えの風景なのだが・・・・。 野村武は体を震わせていた。 「おい、武。オマエ、一番前になったんやろ(笑)」 勇樹は武がショックで震えていたのだと思った。 「・・・・・ラッキぃv遠山の隣りみたいやv」 彼は知らない。今まで、和葉の隣りが毎回平次であることの、真の理由を。 なぜか和葉の隣りになった者は、視力が急に落ちたとか、前に背の高い者がいて見えないとか・・・・様々な理由を述べ、颯爽と席を平次に譲る。 ( 可哀相になぁ・・・今回の犠牲者は武か。そういやお前、12月に引っ越してきたから知らんのやな。・・・喜んでるみたいやし、今は束の間の幸せをたんと味わっとったらえぇ。) 親の仕事の都合で2学期末に転校してきた武には、2年2組の誰もが知る席替えの恐怖を知らなかった。 勇樹は武の肩をポンっと叩き、フッとため息か笑ったのかわからない声を出して、自分の新たな席へと机を動かし始めた。 その勇樹の同情に気づかない武は、意気揚々と机を鼻歌まじりで運んでいた。 「ゆり!あたしの後ろやったんや~!」 「今回は近くてよかったなぁ。」 「ほんまやね。いっぱい話せるなぁ。」 キャッキャッとはしゃぐ和葉とゆり。 そこへ、武が和葉の隣りへと机を持ってきた。 「遠山vよろしゅうなv」 早速、お隣さんになった憧れの和葉にご挨拶。 「あ、隣り野村君なんやね。こちらこそ、よろしゅうな。」 あぁ~、俺って超幸せかも、と束の間になってしまう幸せをかみ締めているのは構わないのだが、後ろを見てみるべきだと思う。 「・・・・・武。・・・・俺もよろしゅうな・・・。」 えっ???どこから声が??? と、武は声の届いてきたはずの床を凝視する。 ポン 「ハハハハハ・・・・・おい、武。・・・何ボケかましてんのや?」 「あ、アハハハハ(凍)・・・・・う、うしろ、・・・ははははっとりになったんや・・・」 自分の肩に手を置き、笑顔なのに背後には幻なのかブリザードが吹き荒れている。 笑ってない笑い声が怖すぎる。 「服部君、よろしゅうな。」 「・・・・おぉ。」 (はいはい、和葉しか見えてませんてな。) 和葉の隣りは武であり、その後ろはゆりと平次という並びとなっていた。 すでに和葉と隣り合わせで嬉しそうに話をする武へと、恐ろしい視線を発していた。 高校生にしては珍しく、隣り合う机同士をくってける習慣のある改方学園は、武にとっては今は幸せなのか不幸せなのかわからない。 隣りから天使の声が聞こえてくるのに、後ろから発せられる謎の氷のビームにやられて、武は和葉との幸せの時間をどう過ごせばよいのか困りはてていた。 誰か助けてくれやと、周りに助けを求める視線を送っても、目が合った者はすばやく目を逸らしていた。 (俺、なんか悪いことしたんか?) 「よし。席替えも終わったし、次は今年の抱負を書いてもらうで。」 山岡は、今年の干支である猪のデザインの厚紙を配っていく。 部活でインハイ出場、ふざけて、いや本気で今年こそは彼女を作る、テストで100点をとる・・・などなど、それぞれが自分に合った抱負を話し合う。 「野村君は、抱負なんにするん?」 「あ、そうやな。俺、サッカーやってるし、インハイ関係にしよかな。」 あぁ、やっぱかわえぇ・・・と、背中の痛みを一瞬忘れ、和葉を見つめてニヤけてしまう。 「遠山はなんにするんや?」 「うーん。あたしは合気道のことか、あと、あたし数学苦手やからそれも迷うし・・。」 「そうやな。もうすぐ3年やし、勉強のことでもええな。」 「ほんま、またすぐに受験で大変やね。」 「サッカーもなかなかできんくなるなぁ。」 「野村君、サッカーしてる時ホンマかっこええしね。」 「えっ//////そ、そうか?」 「うん!ホンマにかっこええよ。」 ウフフフフ・・・と笑う和葉に、「遠山好きやー!!」と叫びたい。 「ウグっ!」 「な、なに?どないしたん?」 「・・・・・な、なんでもないで。ちょっと背中が・・・」 「ほんまに大丈夫なん?」 あぁ、そんなやさしいとこも大好きや・・・。 「大丈夫や・・。」 「?」 好きな女の子に情けない姿は見せられない。 血が出る攻撃ではなかったが、一時間目が終わるまで必死に耐えた。この幸せな席を守らなければと、謎の使命感に燃えていた。 「まだ、書けてないやつは放課後までに俺の机まで、持ってくるんやで。」 山岡の言葉で、なんとか一時間目は終了した。 5時間目までは、なんとか耐えていた。この席離すものかとサッカーで養った体力と精神力で、武は和葉との会話を楽しんでいた。 今日最後の授業は担任である山岡による英語。さて、準備をしておくかとチャイムが鳴るギリギリで机を漁っていると・・・英語の教科書が無い。 (あぁ~しもうたな。昨日、机に出しっぱなしやったんか・・・) 隣りのクラスのサッカー部の友人に教科書を借りてこようと立ち上がろうとした時、チャイムは鳴ってしまった。 「野村君、教科書忘れたん?」 和葉が気がついて教科書を2人の机の真ん中にずらしてくれた。 「あ、あの遠山。ありがたいんやけど、ほんま俺はええから、な?遠山、見にくいやろ?」 嬉しいのに、なぜか無意識に断ってしう。無意識というか、これからやってくる危険への予感というか・・。 「もう、こんな時になに遠慮してんの?優しいなぁ、野村君。ほら、こうやってイス近づけたら、ちゃんと見えるやろ?」 ガタッと武の方に、イスを近づけた和葉。 それと同時に、後ろから今までに増して、研ぎすまされた刃のような視線が武の背中目掛けて突き刺さる。 「そそそそそんな、くっつかんでも見えるから・・・。」 和葉が近づいてきたことへの照れなのか、後ろから放たれる殺気に震えてか、声が震える。 「・・・・あたしが近づいたらイヤなん?」 傷ついたのか、目を伏せる和葉を見て、武はしまった!と慌てる。 「そんなんやないんや!!!その・・・俺は・・・・/////」 「ほんま?よかったぁ。」 「・・・・・ハイ////」 自分に嫌がられたことは誤解だと知ると、途端に笑顔に戻った和葉に、思わず顔がほころぶ。 「ぐ、グフッ!!!」 「な、なん?野村君、ほんまに大丈夫なん??」 こ、殺される・・・・・ とどめとばかりに一気に殺気が増し、氷のように凍りつかされるのか、炎のように焼き尽くされるのか。どちらも混ざり合った殺気が武を襲う。 コイツ、真剣いつ手に入れたんや!?と思う程刺さってくる、これまでに感じたことのない恐ろしすぎる視線。 (こ、怖っ!!) 平次の隣りの席のゆりには、真横を向けば当然平次の表情を見ることができる。 剣道の試合でも見たことのない、般若のような鬼のような、とにかく視線だけで殺人犯になってしまうような迫力に、ゆりさえも固まった。 「・・・・・武。オマエ、一遍剣道やってみんか?・・・・」 「センセェ!」 山岡が文法の説明をしている途中、その声を遮って武が手を挙げた。 「なんや?野村、質問か?」 「・・・神様が僕は席が一つ後ろの方が運が上がるって言うてはるんです。」 「・・・・・・・。」 「・・・・野村、可哀相に。サッカーでヘディングしすぎたんやな。・・・神様の言わはる通りにしたらええ。」 「はい!!ありがとうございます。」 棒読みで一気に話をまとめた武に、和葉は呆気にとられていた。 武が机を動かそうとする前に、平次は当たり前のように立ち上がり、さっさと机を運び始めた。 ( ・・・野村・・・哀れや・・・一日でダメやったな・・・・でも、ようやったで!!) (・・・そら・・あの視線送られ続けたら誰でも耐えられるはずないわな・・・・) ( 野村、俺の時はかなり離れた席やったけど一日とも持たんかったのに・・・オマエはすごいで!!そんな至近距離からやられたらなぁ・・・・。) 男子生徒たちからの無言の賛辞と哀れみになどまったく気づかず、フラフラと絶望的に平次と入れ替わった。 「もう!また平次が隣りやの?」 「それは、俺のセリフや。」 「なら、他の席に行けばええやんか。」 「せっかく新しい席になったんやで。他のやつまで巻き込んだら、可哀相やろ。そこで、この優しい平次様が、犠牲になってオマエの隣りに来てるんやないか。」 (誰のせいでこうなったと思ってんのや。) 隣りに移ってきた武に同情の眼差しを向けつつ、心の中でツッこむゆり。 「犠牲ってなんやの!?あたしが犠牲になってるんやろ!」 ( なんだかんだ言って、嬉しいんやな、遠山。) 平次に怒鳴っているが一瞬見せた和葉のうれしそうな顔に、勇樹もツッこむ。 「・・・・・大丈夫なん?野村君?」 「・・・・・・・・・。」 ゆりの問いかけにも反応しない。触れたら灰になって崩れそうな武。 (また新たな犠牲者増やしてからに。さっさと和葉に好きや!って認めんかい!!) 平次が自分の気持ちを自覚しているのかどうかはともかく、和葉の隣りを奪う輩に、殺人犯並みの嫉妬で攻撃して追い込み、奪い返していることを知らないのは和葉だけだった。 こうして、転校したてでクラスの掟を知らなかった武は、新年早々一つ学んだ。 「失礼します。」 まだ、呆然としたままの武は、職員室に入り山岡の席へと向かった。 「おぉ、野村。抱負出しにきたんか?」 無言で抱負が書かれた紙を手渡す。 「失礼しました。」 そのまま、武は部活へと向かった。 『席替えのために、くじ運を上げる。早くクラスのことを学ぶ。』 「・・・・・野村、なんか悩みでもあるんか?席替えって・・・なんやねん・・・そんなことよりもっと大事なことがあるやろ・・・・。」 なぜ席替えを抱負にしなければいけないのか訳がわからない山岡。クラスにまだ馴染めてないんやろか。まさか、クラスのやつにいじめられとんのか?早速、学級委員の二人に様子を聞いてみようと決心する。 学級委員に聞いたところで、いじめではなく、傍迷惑なある男女に巻き込まれただけなのだが。 時が過ぎ、3年生となった平次と和葉は、コースが同じな為また同じクラスとなった。 ゆりと勇樹も共に。 そして、元2年2組の生徒によって、新たなクラスに掟が一つ出来上がるのだった。 |
phot by so-ra さまよりお借りしました |