今日もいつものように鳴り響く、無機質な電子音。 気だるげにベッドに投げ出した体を少し右側に傾け、サイドボードの上で小刻みに震えその存在を主張し続ける携帯に手を伸ばす。 ディスプレイに浮かぶのは、可愛くて、憎たらしくて、愛しいアイツの名。 鳴り続ける携帯を暫く見つめ、小さく息を吐く。 「……なんやねん」 『あっ……平次?』 機械越しに伝わる甘い声。 「……俺ん携帯に、他のやつが出たらそれこそ問題やろ」 『それもそうやね。なあ? もしかして、もう寝てるん?』 「んな訳あるかいっ 幾つや思てんねや」 『もー冗談やのに、怒らんといてぇな』 くすくすと笑う声。その顔を見れない事が、酷く悔しいと感じた。 「で? なんやねん」 『ん? ああ、あんな今まで友達と飲んでたんやけど、終電逃してしもて……帰られへんのんよ。まだ起きてんのやったら、迎えに来てくれへん?』 またか……嬉しいのに、ムカつく、こんな呼び出しを何度食らっただろう。 手を伸ばせば、簡単に触れられる距離に居たのに、いつの間にか遠のいてしまった俺らの関係。 いつまでも同じ関係では居られない。そんな事は、当の昔から知っていた。 知っていても、行動に移さなければ、知らないのと一緒だ。 分かっている。分かっていたのに…… 周りの奴らは、俺がアイツを振り回しているとか、アイツの気持ちを考えてやれとか勝手な意見ばかりを言ってくる。 振り回してる? 誰が? 俺が?? 気持ちを考えてやれ? それは俺のセリフだろう? 俺の気持ちを考えてくれてないのは、他ならぬアイツだ。 『迎えに来て』その言葉だけで、真夜中の街へと飛び出してしまう自分が、酷く悲しいと思う。 いつもそうだ。 アイツの何気ない一言に振り回され、走らされ、翻弄されている俺。 可愛くて、憎たらしくて、愛しいアイツの我侭。 その我侭を全て受け止められるのは、自分だけだと信じているし、酷く誇らしく思う。 目的の店の前にバイクを乗り捨て、荒い呼吸のまま店内へと入っていく。 薄暗い店内、流れる音楽。 角の席でこちら向きに座って、携帯を眺めているアイツ。 視線を上げ、俺に気づくと華やかな笑みを浮かべる。 「平次っ 迎えに来てくれたん?」 「……あほっ呼び出したんは、おまえやろっ! 白々しい事ぬかすなや」 「やって、ほんまに来てくれるなん思て無かったし……」 俺が来る事など、分り切っているはずなのに、そんな事を言うこいつが酷く憎らしくて、歯痒い。 お前に頼まれれば、嫌とは言えない俺を知っているくせに 知った上で、俺を翻弄してくる可愛くて、憎たらしくて、愛しいおまえ。 「他の奴らは? 帰ったんか?」 「うん。男の子らがそれぞれ送ってってくれるゆうから、みんな帰ったで……あたしん事も送ってくれるて、ゆうてくれてんけど……遠慮しといたわ」 右手で頬杖をつき、手元のグラスの淵を左の人差し指でなぞり、チラリと向けてくる視線。 口元に細く刻まれる笑み。 好戦的で、艶やかな表情。 いつからこんな表情をするようになったのだろう? 手を伸ばせば、簡単に触れられる距離に居た時は、見る事の無かった表情。 遠のいてしまった今の関係になった途端。 見せ付けられるその表情に、情けないほど振り回され、走らされ、翻弄される。 「友達て……男もおったんか……?」 「そやけど? それがどしたん?」 わざとらしいまでの無邪気な笑み。 その目には、挑発的な誘惑を含んでいて、酷く憎らしく思う。 「安心しーな、あたしはただの客寄せパンダや、もともと数には入ってないて」 ケラケラと笑う。 そんな事を思っているのは、おまえだけ……数に入っていないのは、むしろ一緒に居た女友達の方だろう。 何度忠告しても、誘われる飲み会を断らないこいつが、酷く歯痒い。 飲み会がある日は、携帯が気になって仕方が無い。 何も出来ないまま、呼び出されるその時をじっと待っている。 もし、呼び出しが掛からなかったらと思うと、酷く苦しくて、胸が軋む。 情けなくて、心が痛い。 「おまえもうええ加減に、こんな飲み会には参加すんなや」 「なんで? ええやん別に……みんなでワイワイ飲むん楽しいし、色んな人に出会えるし」 「飲むなとは言わん。せやけど、男がおる飲み会には参加すんなっ!」 言った後で、はっとした。 こんな嫉妬丸出しのセリフ。 全身の血が全て顔に集まって来たかのように、熱く火照っていく。 不覚にも顔を赤く染めた俺を、キョトンとした表情で見上げてくるアイツ。 丸くなった目を、すっと細め 口元に淡い笑みを刻み。 「それは……平次次第やね……?」 妖艶で、好戦的で、誘惑を含んだ表情。 ぞくりと背筋が粟立つ。 俺次第? それはどういう意味? 行動に移せば、受け入れてくれるの? 可愛くて、憎らしくて、愛しいアイツのからの呼び出しを 今夜も祈る事しか出来ない。 情けなくて、哀れで、虚しい俺。 待ち望む呼び出し……こんな日々は、いつまで続く? END |