三、 「定期便ね」 オレが差し出した白い洋封筒を、姉ちゃんは優しく笑って受け取った。 『返事はまだないの。ごめんね』と付け足しながら。 和葉がオレの前から姿を消したのは、大学の入学式も迫った春。 何の前触れも無くとは――あれが『前触れ』だったなら――決して言えないが、そう表現したくなるほど突然に、和葉はいなくなった。 事件や事故で行方不明になったわけじゃない。 和葉が自分の意思で、オレの前から姿を消した。 間抜けな事に、オレはそれに1ヶ月以上気付かずにいた。 引越しがあったからとか、事件に追われていたからとか、大学生活に慣れるのを優先していたからとか、理由ならいくらでも出せる。 けれど、それは今となってはあまりにも稚拙な言い訳だ。 連絡がつかない和葉に焦れて、講義も依頼も放り投げて大阪に戻ったオレに突きつけられたのは、彼女が留学したという事実。 父親であるおっちゃんと東京に住む親友の姉ちゃん以外には、あれほど仲の良かったオレの母親にすら行き先を告げなかったという事実。 そして、オレには何一つ、それこそただ一言の伝言すら残していなかったという、事実。 オレには、訳がわからなかった。 大阪の大学に進学が決まっていたはずの和葉が、なぜ突然留学したのか。 ……なぜ、オレに何も話してくれなかったのか。 訳がわからなまま、それでも和葉の行き先を探そうとしたオレを押し止めたのは、姉ちゃんだった。 『和葉ちゃんね、1人で頑張ってみたいんだって。和葉ちゃんには和葉ちゃんにしかわからない気持ちもあるんだろうし、服部君に連絡先を教えなかったのも和葉ちゃんの意思だから、探さないであげて欲しいな』 和葉の連絡先を聞き出そうとしたオレを、姉ちゃんは申し訳なさそうに、けれどきっぱりと撥ね付けた。 それでも、探そうと思えば探せたはずだ。 和葉の留学はオレに知らされていなかっただけで、別に全てを隠しているわけじゃなくて普通に手続きを踏んでるハズだから、オレが持ってるいくらかのコネやツテを使えば彼女の留学先くらい調べられただろう。 たとえ少し調べにくくても、工藤に協力を頼めば和葉の足取りを追う事は出来たと思う。 だが、オレは探すのをやめた。 和葉の意思を無視してまで探して、これ以上拒否されたくなかったから。 拒否。 認めたくなくてあえて意識から追いやっていたけれど、多分和葉はオレを拒んでいるんだろう。 だからこそ、オレには言葉1つ残さずに日本を離れた。 それが一番可能性の高い結論だとわかっていたが、認めたくはなかった。 和葉から直接、拒絶されたわけではないから。 『和葉ちゃんの住所やメアドは教えられないけど、手紙や伝言ならあたしから伝えてあげるよ?和葉ちゃんからは教えないでって頼まれたけど、あたしが預かって送るんなら教えた事にはならないでしょ?』 そう言ってくれた姉ちゃんの好意に甘えるばかりのオレは、随分情けない男に見えてるだろうと思う。 けれど、これを手放してしまったら和葉とのささやかな繋がりさえなくなってしまうから、オレはただ姉ちゃんの優しさに縋るしかない。 『和葉ちゃん、元気にしてるみたいだよ。向こうの生活にも慣れてきたって』 『レポートが半端じゃないんだって。夢でもアルファベットが追ってくるって、ぼやいてたよ』 姉ちゃんを通して知る、和葉の様子。 その中に、オレに関する話は1度も出ない。 もう、3年が過ぎようとしているのに。 和葉がいなくなって、いやというほど思い知らされた。 自分がいかに彼女に甘えて、依存していたかと言う事を。 独りに耐えられないのは、オレの方だと言う事を。 「スマンけど、またよろしゅう……」 「定期便ね。確かに、預かりました」 姉ちゃんを通して送っているオレからのカードは、一応は受け取って貰えているらしい。 その事に一縷の望みをかけて、また封筒を託す。 オレの心からの願いが、ほんの少しでもいいから和葉に届く事を願って。 連載中・・・・続きが楽しみだね。 |