8月9日。 立秋を過ぎたとはいえ暑さは全く衰えず、ここ数日は今年の最高気温を 更新し続けている。 世間的には夏休みも半ば近くなってきているというのに、 ここ、改方学園高校には、毎朝キッチリ制服を着込んだ生徒達が いつもと変わらず登校してきていた。 自主参加と言いつつ、ほぼ全員が参加する補習も今日が最終日。 この日、和葉の受ける予定の古文の補習は2−Cで行われる。 エアコンのきいている教室内では、暑さを忘れて皆楽しそうに過ごしていた。 「おはよー!」 教室のドアが開き、和葉の明るい声が響いた。 隣には例の幼馴染、服部平次。 陰の通称、遠山和葉のボデイガード。 欠席日数はギリギリでも、成績は優秀。 補習は必要ないはず・・・特に今日だけは絶対に来て欲しくなかった! 2−Cにいた、多くの男子がそう思った。 今日は和葉の17回目の誕生日。 どことなく落ち着きのない空気が漂い、やけに男子の多い教室内はざわついていた。 あちこちで数人のグループになり、コソコソと様子を伺いながら小声で話をしている。 そんな中、平次は堂々と和葉の隣を陣取り、ゆっくりと周囲を見渡し睨みをきかせた。 不機嫌そうな顔をしつつも、一瞬見せる勝ち誇ったかのような表情。 女子でさえ和葉に近寄りにくい雰囲気が漂う。 そんな事に全く気づかず、楽しげな様子の和葉。 和葉に話しかけるチャンスを狙っている男子のうち、何人が 和葉への誕生日プレゼントを隠し持っているのか、大体の人数を把握した平次。 もちろん、その男に向ける視線には冷たい殺気がこもっている。 そんな体感温度が随分と下がる数時間を過ごし、平次の周囲への威嚇のおかげで、 和葉の鞄は行きと比べふくらむことなく、2人並んで学校を出た。 正午近い時間、太陽は真上から照りつけ、涼しかった学校内にいた分 その暑さにやられそうになる。 誰からもプレゼントを受け取った様子のない和葉を、横目でチラリと見ながら 平次は自分からのプレゼントに思いを馳せていて、 先程から和葉との会話にろくな返事をしていなかった。 もう1ヶ月以上前からあれこれ悩んでいたが、これといったプレゼントが見つからず かなりあせりを感じていた。 しかし数日前、依頼で訪れた倉敷の街のアンティークショップのウィンドウで、 目に留まった品。 真紅のガーネットのピアス。 そのピアスから目が離せなくなった平次。 その深く引き込まれそうになる紅。 その紅が和葉の耳元を飾り、嬉しそうに微笑む姿を思い浮かべ、ゆるみそうになる表情を ひきしめ店内に足を踏み入れた。 高校生としてはちょっと高額ではあったが、平次はためらう事無く購入していた。 和葉はピアスの穴を開けていない・・・・・ということも忘れて。 2人はいつものように服部家に向かっていた。 静華からのプレゼントも気になるが比較されたり、からかわれるのも嫌なので 平次は出来れば家に着く前に渡したいと思っていた。 これまでのぬいぐるみやバッグとは格が違う、思い切ったプレゼント。 いっそのこと告白してみるか。 そう思いつつも、断られたらこの先どんな顔をして・・・・・ そんないつもの堂々巡りを始めたその時、和葉が声をかけた。 「なぁ、平次。さっきから黙り込んで、どっか具合でも悪いん? ちょっと涼んで行く?」 「あ・・・あぁ、そやな。具合は悪ないけど、暑いし休んでいこか。」 2人は家の近くまで来ていたが、近所の高台にある公園の 木陰のベンチに腰を下ろした。 よく風が吹きぬけ、思いのほか涼しかった。 途中で買った炭酸飲料を一気に飲みほし、平次は「ぐぇふっっ」と大きなゲップをした。 「平次! あんなゲップ、お行儀悪いやん!」 「うっさいのー。オマエ1つ年取ったからって、ねーちゃんぶるんやないで。」 「あれ? 平次、アタシの誕生日覚えとったん?」 「当たり前や。何年一緒におるんじゃ、ボケ!」 「ほな、プレゼントは?」 「今、オマエが飲んどるそのジュースや。奢りやで、感謝しいや。」 「えーーーーーっ。」 顔に大きく不満と書いてある和葉の表情に苦笑いをして、平次は薄っぺらい鞄から 思い切って、でも、さりげなく見えるように、シンプルな包装の小さな箱を取り出した。 「ほい。」 「わぁ・・・・平次。開けてもええ?」 「おう。」 「・・・・・・・・平次、これって・・・・・」 箱の中には、真紅のハート型のガーネットの・・・・・ピアス。 「平次・・・・・これ、平次が選んでくれたん?」 「おぅ。」 「素敵・・・・・ありがと平次。嬉しい・・・・・」 「ほーか。」 「つけてみてええ?」 「おぅ。」 手に取った和葉はそれがピアスだと、初めて気が付いた。 「平次・・・・・これってピアス・・・・・」 「・・・・・へ??」 「アタシ、穴あけてない・・・・・」 しばらく無言で見つめあう2人。 平次の顔から徐々に表情が消えていった。 そんな様子を見て、和葉はふっと息を吐きにっこり微笑んだ。 「なぁ、平次。ちょっと買い物付き合って。」 そう言うと、無表情になった平次の腕を取り引っ張るように歩き出した。 向かった先はアクセサリーショップ。 平次を外に待たせ、あっという間に買い物を済ませた。 「なぁ、平次。ちょっとアタシん家に寄ってくれる?」 「・・・・・おう。」 やっと返事をした平次は又、口を閉じ2人は無言で歩き続けた。 シーンと静まり返った和葉の家。 誰もいない家の中で、2人の足音だけが響きわたり階段を上るトントントンという音が だんだんと小さくなり、和葉の部屋のドアがパタンと閉まった。 カーテンが閉まったままの薄暗い部屋はあまり暑さを感じず、 2人は向かい合ったまま俯き、しばらく無言でいた。 その重い雰囲気を壊すように顔を上げ、カーテンを開けようとした平次を和葉が止め、 ようやく緊張した面持ちで口を開いた。 「なぁ、平次。アタシお願いがあるんや。」 「・・・・・なんや?」 「穴、開けてくれる?」 「・・・・は?・・・・」 「だから穴やって! ピアスの穴。」 「・・・・・オマエ、そんな開いてないもん無理にすることないねん。」 「せっかく平次が選んでくれたピアスやん! アタシちゃんとしたいんや!」 「じゃ、医者行けや。」 「いやや! 誰だかよう知らん人に、アタシの体に穴開けられるなんお断りや。」 「ほな諦めろや。プレゼントは別なの買うたるし・・・・・」 「いややって言うてるやん。アタシはあのピアスがええの! 平次がアタシの誕生日を覚えてて、アタシん事考えて選んでくれた、あのピアスが。」 「オマエ・・・・・」 確かにあれは、平次が1ヶ月以上前からあれこれ悩んだ末、一目惚れをして やっと決まったプレゼントだった。 しかし、その状況をすっかり把握されていて、平次はまいったとばかりに頭に手をやり、 ガシガシとかきむしった。 それをじっと見つめる和葉の目は真剣だった。 「なぁ、平次。アタシの体に穴を開けてもらうんやから、全てを信じてまかせられる人に やってもらいたんや。」 「・・・・・・・」 「そんな事頼めるんは平次しかおらん。」 「かず・・・は・・・」 「ちゃうな、平次にしか開けてもらいたくない!」 「オマエ・・・・・」 「なぁ、お願い・・・・・」 潤んだ瞳で見つめられ、平次はついに決心した。 和葉の体に、一生残る穴を開ける平次。 その行為を、平次にしかやらせたくないという和葉。 薄暗いままの部屋で、机のスタンドの灯りを1つつけ、 平次は和葉の耳に手を伸ばし、傷一つない耳たぶにそっとふれた。 「ここにオレが穴を開けるんやな。」 「うん。平次以外に触られたくないんよ。」 「・・・・・」 この柔らかい形のいい耳たぶに傷がないうちに・・・・・と ごく自然に、平次はゆっくりと唇をよせた。 それはまるで、綺麗な耳への別れの挨拶のようで、 その行為を和葉は照れる事無く受け入れていた。 両耳に触れるだけのキスをして、 平次は和葉から、さっき購入したファーストピアスのついた器具を受け取った。 ホッチキスのようなその器具を、まじまじと見つめる平次。 消毒をして穴の位置を決め、耳たぶに器具をあて大きく深呼吸をした。 「ええんやな、和葉。」 「うん。」 目を閉じ、静かにその時を待つ和葉。 その凛とした横顔の美しさにハッとして、平次は思わず手を止めた。 長いまつ毛。 きれいな鼻筋。 きゅっと閉じられた口元。 ほっそりした顎。 綺麗なうなじ。 そして、形のいい耳。 平次はこの美しいもの全てを自分のものにしたくなった。 和葉の正面にまわり、柔らかい頬に手を伸ばし優しく包みこんだ。 「・・・・和葉・・・・」 小さなかすれた声でつぶやき、和葉のくちびるに平次のそれが軽く触れ、 そしてゆっくり押し付けられた。 それは2度3度と優しくついばみ、やがて離れていった。 静かに目を開けた和葉。 「・・・平次・・・」 「好きやで、和葉。オマエはオレのもんや。」 「うん、平次。アタシも・・・・」 2人はお互いの背に手を伸ばし、ゆっくりと抱き合った。 平次の腕の中で、和葉の瞳から涙が一粒流れ落ちた。 しばらくして2人は名残惜しそうに腕をゆるめ、 ゆっくりとピアスの穴を開けるために動き出した。 再び目を閉じた和葉の横顔を見て、抱きしめた感触を思い出した平次は 勝手に熱くなってしまう体をもてあましていた。 その日の夕方、2人は服部家の居間にいた。 和葉の耳には小さなピアス。 平次のプレゼントしたピアスが出来るようになるまで、あと約1ヶ月。 それまで毎日の消毒を手伝うつもりの平次。 和葉の横顔を見るだけで、思わず熱くなってしまう体を、 どれだけ我慢させられるのだろうか。 和葉の全てが平次のものになるまで、きっと、あともう少し・・・・・ こうして8月9日、和葉の17回目の誕生日は、 一生の付き合いになるであろう人と想いが通じ、 その人に、一生残るピアスホールを開けてもらい、 そして一生思い出に残る、2人新しい関係がスタートした1日となって 幕を閉じた。 最高のプレゼントに身も心も満足して・・・・ ・終・ |