「 雨隠の館 」 第 二十四 話 |
平次が窓に突っ込んで来てからのことは、まるでスローモーションでも見てるようやった。 平次がバケモンに背ぇ向けて、割れた窓に飛び込んで来た。 バケモンが大きゅうに口開いて、平次に襲い掛かって来た。 もうあかん!って思うて、口から悲鳴が漏れた。 やけど、平次は割れたガラスと一緒にあたしが居る地面に落ちて来た。 バケモンが口に咥えてるんは・・・。 人形。 ちゃう・・・・・人間。 彼女らの数人が平次を庇うように、バケモンと平次の間に現れた。 あたしにはそう見えたんや。 バケモンは彼女らを咥えると暴れるように首を振り回して、粉々に噛み砕いてしもた。 それやのに・・・・。 白いバケモンは、その後は下を向いたまま動かへんようになってしもた。 「か・・・ずは・・・・。」 あたしは平次に呼ばれて、我に返った。 「しゃきっとせい!行くで!」 平次は落ちていたバックを拾うと、あたしの腕を掴んで走り出した。 激しい雨と足元を流れる水のせいで何度も転びそうになるあたしを、平次が力強く助けてくれる。 雨の音とあたしらが走る音。 他には何も聞こえて来ぃへん。 そやから、あたしは堪らず振り返ってしまう。 「あ・・・・。」 お嬢と呼ばれた白い蛇は、もう割れたガラスの中には居いへんかったんや。 そこに居ったんは、残された数人の彼女らだけやった。 表情の無い綺麗な顔があたしらを見送っとる。 「かんにんしてな・・・・・・・。」 ・・・・・・・あたしはもうあんたらに何もしてあげられへんねん・・・・・・・・。 「お前があいつらの分まで幸せになったらええ。」 前を見据えたままの平次がそう言うた。 「オレは和葉が笑うとったらそれでええ。」 「平次・・・。」 あたしはもう一度振り返って、小さくなっていく彼女らを見た。 ・・・・・・・・ありがとう・・・・・・・・。 ・・・・・・・・平次を助けてくれてありがとうな・・・・・・・・・。 目に入って来る雨のせいかもしれへんけど、あたしの勝手な思い込みかもしれへんけど、あたしには彼女らが微笑んでくれたように見えた。 あたしらはそれから真っ暗な闇の中をひたすたら走って、街灯がある道路まで辿り着いたんや。 気付けば雨も止んどって、空には綺麗な月が出とった。 2人して肩で息しながら、道路に座り込んでまう。 「大丈夫か?」 「うん。平次は?」 「なんとかな。」 平次が唇の端を軽く上げて笑っとる。 「あたしら・・・・助かったん?」 「追って来んところを見ると、そうやと思うで。」 辺りを見回してもそれらしい気配は無い。 「助かったんや・・・。」 「ああ。」 口ではそう言うてみるも、やっぱまだ不安やねん。 あんな現実離れしたことがあったんや、そうそう安心なん出来へんよ。 「和葉?」 未だに振るえの止まらへんあたしを、平次は心配そうに覗き込んで来る。 「痛無いか?」 キャミソールしか着てへんあたしの腕や肩には無数の擦り傷。 平次が触れとる右頬にも微かな痛みを感じる。 顔にも傷があるんや・・・。 気付けば体中が痛い。 「平次かてボロボロやん・・。」 平次もTシャツから出てる腕にはどっちも血ぃが滲んどるし、ジーンズも破れとる。 「お前も相当酷い格好やで?」 あたしら全身濡れ鼠のヨレヨレのボロボロや。 やからお互いに小さく笑って、 「ありがとな平次。」 「和葉もようがんばったな。」 唇が触れそうな距離で囁いて・・。 「 あの〜。 」 飛び上がらんばかりに驚いた。 平次はとっさにあたしを抱きしめてくれて、あたしは平次のシャツを握り締めた。 「 お忘れ物でございます。 」 声がする方を見ると、カワエロが平次のバイクを支えて立っとった。 「お前・・・・。」 平次が緩めとった警戒心を再び張り巡らすんが分かった。 「 あっ。いえっ。もう何も致しませんので、ご安心を。 」 カワエロも平次に睨まれて、慌てて顔の前で手を振っとる。 この妖怪はやっぱ変や。 「今更そんなんが信用出来るかぁ〜!」 「 ほっ本当にもう何も致しません。お嬢は大層お怒りではございますが・・。 」 「ほれみぃ!」 「 でっ・・ですが、お嬢は館から外に出れません故に、今宵は本にあなた様方の勝ちでございます。 」 「信用出来ん!」 「 本当でございます。お嬢は・・・あなた様はもうご存知と思いますが、光に弱くしかも目が見えません故に館から外に逃げられますと追うことが出来無いのでございます。 」 そう・・・なんや・・・。 やからあの時、携帯の音を嫌がったんや。 あたしは漠然と、自分の携帯が粉々に砕かれた時のことを思い出した。 平次はカワエロが言うように、そのことに気付いてたんか特に驚いた様子やない。 「 鏡と人形たちがお嬢の目の代わりをしておりましたが、今宵、その人形も数体失ってしまい、残ったモノもお嬢に逆らっておりますので、お嬢は思うように動け無いのでございます。 」 「「・・・・・・・・・・。」」 あたしは、改めて人形の彼女らに感謝した。 バケモンが最後になんで、直ぐに襲って来んかったか分かったからや。 彼女たちがあたしらをバケモンから隠してくれてたんや、あたしらの居るとこを教えんでいてくれたんやって。 ・・・・・・・・ありがとう・・・ありがとう・・・・ほんまにほんまにありがとうやで・・・・あたし絶対にあんたらこと忘れたりせぇへんから・・・。 あたしが感慨深く想うとるのに、 「ほんで、お前はわざわざバイク届けにきたんか?」 あたしと違うて平次にはまったく感情が無いみたいや。 むしろ怒りがぶり返しとる。 「 ・・・・・・・。もう一つお願いがございます。 」 「お願いやとぉ?!!」 「 はい。どうしてもこれだけは聞き届けて頂きたくて参りました。 」 「オレらこんなめぇに合わしといて今さら何ぬかしとんじゃ!!」 「 もちろんタダでとは申しません。お礼の品も持参してございます。 」 カワエロはどこからか日本史の教科書に載ってそうな太古の鏡を取り出したんや。 しかも、それをあたしの目の前に差し出して、 「 どうぞ、お手に取ってご覧下さい。 」 言うてるし。 あたしは思わず、平次が止めるんも聞かずそれを持って鏡になっとる方を覗き込んでしもた。 「・・・・・・・?」 別に何も無い・・・・けど? 訳が分からないあたしにカワエロが、 「 それはお嬢の持つ邪眼の一つ”邪魅(じゃみ)の眼”でございます。 」 なん言うてるし。 さっぱり分からへん。 そう思うて平次の方を向くと、 「 かっ・・・・・かず・・・は・・・・・・・そっ・・その・・・・・。」 何か知らんけどいきなり狼狽え出してしもた。 益々、意味分からへん。 何なん? 「 これからあなた様はその鏡を覗くことによって邪魅の眼を得られ、殿方をお好きな様に操れるのでございます。 」 「はぁ?」 さっぱり?やわ。 どうしたらええんか困ってしもて、平次に縋ったら、平次は数歩後退ってまうし。 何や顔紅いし、目ぇ泳いどるし。 「 確かにお受け取り頂ました故、わたくしの願いも聞き届けて頂きます。 」 あたしが進むと平次が後退く。 「 お嬢は暫らくお休みになられます故、この地のことは他言無用にてお願い致します。しかと申し付けましたぞ。 」 1歩進むと2歩下がる。 面白いやん。 「 では、これにて失礼致しまする。 」 その声にカワエロが居った方を向いたけど、もうその姿はどこにもなかった。 「ちょう待てっ!!こらっ!エロガッパ!!和葉を元に戻さんかいっ!!」 平次は必死でその方向に叫んどる。 やっぱあたしどっか変になったんやわ。 面白がっとる場合ちゃうやん。 「なぁ平次!あたしどこが変なん?!」 平次を捕まえて下から上目使いに必死で聞いてみる。 やって変やったら平次に嫌われてまうやんかぁ。 そんなん絶対嫌や! 「平次!はっきり言うてや!」 「うっ・・・。」 あたしがこんなにお願いしてるんに、平次は何でか一瞬絶句して、 「おっ・・・お前は暫らく目ぇ瞑っとれ!」 言うてきつく頭を抱え込まれてしもた。 しかも、 「それでのうても無意味にデカイ目ぇで困っとるっちゅうのに・・・・・それがさらにパワーアップしてどないすんねん・・・・・・・・・。」 なんブツブツ言うて離してくれへん。 「このままやったら他ん男に・・・・・だぁ〜〜あかん!絶対にあかんでぇ!それだけは断じてあかん!!」 「へ・・・平次ぃ?」 「和葉!お前は今日から外出禁止や!」 「ふぇ?」 「オレの部屋から1歩も出るな!絶対出るな!家にも帰るな!学校も行くな!」 「・・・・・・。」 あたしやっぱどっかほんまに変なんや・・・。 「お前はオレのや。誰にもやらん。」 やけど・・・・平次が力いっぱい抱きしめてくれるんやったら・・・・・それでもええかも・・・・。 やって、恐い想いも、辛い想いも、切ない想いも、悲しい想いも、ぎょうさんしたけど・・・・。 平次が居ってくれるから。 平次があたしのこと抱きしめてくれるから。 ええねん。 あの不思議な館は、雨と闇に隠されてしもたんか、あたしにはもう見えへんかった。 「雨隠の館」 完 |
もう皆様ご存知の方も多いと思いますが、この「雨隠の館」には続編がございます。 下記に入り口へのリンクを貼っておきます。 ご興味のある方は、各ページへお進み下さい。(別窓が開きます) しかしここから先は月姫とphantomのクローズドの世界ですので、ご注意下さい。 「 狂気の宴 」 −雨隠の館 番外編− 「 色喰夜会 」 −狂気の宴 第ニ夜− 「〜Lively Night〜」 -狂気の宴 第三夜- |