「 雨隠の館 」 第 二十三 話 |
外に出ようとしとる和葉を隠すように、部屋に向き直った。 邸の奥、薄暗い階段の横からオレを見下ろすように鎌首を擡げている白蛇。 色素のないアルビノの蛇は、時折現れる。 信じられんほどデカい蛇も、世界にはおる。 せやけど、今オレの目の前におるんは、そんな生易しいモンやない。 白蛇は神様のお使いやてされとる所もあるけど、それとは全く異質の禍々しさを纏った、全体を想像する事すら出来ん程の圧倒的な存在感を持った、大蛇。 オレが今まで蓄えてきた知識や経験では説明出来ん非現実的な光景に、思考が止まった。 「平次!!早う来て!!平次!!」 降っとるハズの雨音すら聞こえんようになっとったオレの耳に飛び込んで来た、焦ったような和葉の叫び声。 はっと我に返った時には、白蛇は攻撃の意志を見せ付けるようにゆらりと首を引いとった。 「平次!!平次!!」 窓の外から聞こえる和葉の声と雨の音。 まるで嗤うように紅い瞳を細める白蛇。 どっちもがオレの目と耳が感じとる『現実』やけど、オレが帰りたい世界は窓の外にある。 白蛇を睨みつけたまま、じりじりと後ずさる。 窓までは、約3歩。 オレらをここに閉じ込めた事から察するに、あの白蛇のテリトリーは多分この邸の中だけや。 外にさえ出られれば、追っては来られんやろう。 恐らく、目ぇ逸らした瞬間に襲って来るやろうから、踏み切りに使えるのは精々1歩。 幸い、窓枠は高くないから、1歩あれば十分に飛び出せる。 問題は、さっき叩き割った窓は和葉が出るのがやっとくらいの小さな穴しか開いとらんから、とてもやないけどオレには潜れんて事だけや。 せやけど、一度割れたガラスは簡単に砕ける。 勢いは足りんでも、体重かけて突っ込めば何とかなるハズや。 オレの感覚が狂っとらんかったら、窓まではあと1歩半。 振り向きざまに床を蹴って肩から突っ込むには、あと半歩。 その半歩を縮めようと引いた足に、しっかりとした、けれど柔らかいものが当たった。 和葉の荷物。 さっき窓を割るんに使ったオレの荷物はガラスの欠片と一緒に外に放り出されとるから、今ここにあるのは和葉の荷物だけや。 オレのよりも小さいが、それでも充分に使える。 「和葉!!どけっ!!」 白蛇からは目を逸らさんようにしながら、窓のすぐ傍で待っとるやろう和葉に叫ぶ。 聞こえたかどうかなんわからんが、躊躇っとるヒマはない。 残りの半歩を一気に縮めながら足元に転がっとる荷物を拾い上げ、振り向いた勢いのままに窓に向かって投げつける。 その荷物を追うように、低い姿勢から1歩で踏み切って、左肩から窓に突っ込んだ。 |