「 雨隠の館 」 第 二十二 話 |
平次の指があたしの腕に食込んでる。 これはきっと平次の気持ち。 ”絶対に離さへん”とか”何が何でも助けたる”って想いが込められてる。 分かってる。 平次の気持ちは痛いくらいに伝わって来るんやから。 やけど・・・。 平次はあたしの腕をきつく掴んだまま、階段を下りていく。 こんな状況なんに、ゆっくりと。 あたしは俯いてるのに、意識が足元に行ってへんのを分かってくれてるからや。 「オレを待っとるワケやないし生きとるワケでもないオンナのために危ない橋渡る気なん、さらさらない。オマエが傍に居るんなら尚更や」 平次の言うことは当然や。 やけど、背中に感じる縋るような視線をどうしたらええん・・・。 「オレが何もかも投げ捨ててでも護りたいて思うんはオマエだけなんやで、和葉」 めっちゃ嬉しいはずの言葉なんに、素直に喜べへんあたしは贅沢者やねん。 平次がこんなん言うてくれるなん、普段やったら考えらへんくらい凄いコトなんに。 彼女らの視線が痛くて・・・・・胸が苦しい。 ほんの僅かな間やったけど、同じ気持ちを味わったから。 「和葉!!ちょう離れとけ!!」 怒鳴り声に我に返ると、平次が足元にあったバッグをステンドガラス叩き付けとるとこやった。 ガシャ―――――――ン。 バッグが当たった部分のガラスが派手な音を立てて割れた。 ザ――――――。 ガラスの音が終わると、雨の音が聞こえてきた。 キィ―――。 すべての音が現実離れして聞こえる。 これは・・・・・何の音・・・。 あたしは何も考えずに、音がする方へ振り向いてしもた。 「・・・・・っ!」 声すら出ぇへん。 「何してんねん和葉!!」 平次があたしの腕を力任せに引っ張ったせいで、あたしはそのまま後ろに倒れ込んでしもた。 「しっかりせいっ!!」 平次の両腕に支えられる格好で、辛うじて立ってる感じや。 「ボケッとすんなっ!!」 「ごっ・・ごめん。」 声が震えてまう。 お礼は言えても、目ぇは前におるバケモンから剥がされへん。 洞窟に居る時は周りに比べるモンもなかったし、薄暗うて全体が見えへんかったけど、今は違う。 階段の後ろから白い首擡げてこっちを見てる姿は、デカ過ぎや。 一度消え掛けた恐怖が再度体ん中を支配してまう。 「和葉!!あそこん隙間から早逃げ!!」 平次があたしの体を引き摺るように、割れたステンドグラスん近くまで連れてってくれた。 あたしは恐さで体が上手く動いてへんから。 「平次は?」 「オレも後からすぐ行く。とくかくお前が先や!」 平次は再びあたしを背中に隠すようにすると、後ろ手であたしを強く押した。 差し込んで来る雨があたしと平次を濡らしていくけど、 「嫌や!平次が先に行って!」 広い背中に縋り付いて訴える。 バケモンに追いつかれてしもたのは、あたしのせいやから。 あたしが人形の彼女らのことを気にしてしもたばっかりに、平次をまた危険な状態に追い込んでしもたから。 「和葉!!お前はさっさと行け!」 「やって・・。」 反論しようとした口は、いきなり振り返った平次に塞がれてしもた。 「和葉にやったらなんぼでもキスしたる。和葉やったらどんなことしてでも助けたる。」 「平次・・・。」 「やから今はオレの言うことを聞け!」 「・・・・・・うん。」 言葉はキツイけど優しい目した平次に、もう、あたしは頷くことしか出来へん。 雨が涙を隠してくれて良かった。 今の平次に泣き顔なん見せれへん。 「平次も絶対来てや!」 「おう!外で待っとけ!」 あたしは一番大きな隙間に体を捩じ込んだ。 ガラスの破片でいくつも傷が出来たけど、そんなん今は気にすることとちゃう。 激しい雨の音に混じって、背中ん方からバキバキッちゅう物が壊れる音が響いて来る。 早出な! あたしは力任せに窓の縁を蹴り飛ばして、頭から真っ黒な地面に転がり落ちた。 次は平次や! 「平次!!」 水浸しで滑る地面に足を取られながらやけど、すぐに立ち上がって部屋ん中を振り返った。 「あっ・・。」 バケモンは階段の横に大きくとぐろを巻いて、今にも平次に襲い掛かりそうやったんや。 「平次!!早う来て!!平次!!」 バケモンは擡げてる首をゆっくりと後ろに引いとる。 あれは、蛇が獲物に飛び掛る前にやる動きや。 「平次!!平次!!」 平次は少しずつ後ず去る格好で窓に近付いて来る。 後もう少しや! |