「 雨隠の館 」  第 二十一 話
古ぼけて痛んだアンティークドレスとガラスの瞳だけ残して、オレの目の前で塵んなって消えた人形。

和葉が何で人形にキスするようにオレを促したんか、何でオレのキスで人形が消えたんか、本当の所はようわからん。
せやけど、喉の奥に小骨が引っ掛かっとるような違和感は残ったものの、和葉はこの状況に納得しとるし、あの洞窟から邸に戻れたから、深く考える事はやめた。

和葉の手を引いて、部屋を飛び出す。
この邸もあのオンナのテリトリーやから、また何か仕掛けて来る前に一刻も早く外に出たかった。

「……平次」
「何や?」

階段を駆け下りながら、和葉がオレの手を引っ張った。
足は止めないままに、声だけで返す。

「人形……」
「人形がどうした?」

1階と2階とを繋ぐ階段の踊り場、中空を見つめとる人形の前で、和葉がオレを引っ張るようにして足を止めた。

「あの人形、元は人間やったって言うたら、信じる?」
「ああ、そうみたいやな。どんなカラクリなんかわからんし信じたないけど、あのオンナが言うてた『特別な人形』が人間の骨格持っとったんはこの目で見た」
「じゃあ、何で人形にされたかは知っとる?」
「あのオンナが仕掛けたゲームに負けたんやろ?」
「うん……」

和葉が口ごもる。

和葉が何でそんな事を言い出したんかはわからんが、とにかく今はここから逃げるのが先や。
玄関はすぐそこやし、もし万が一ドアが開かなくても、大きなステンドグラスを割れば出られるやろう。

「行くで」

また走り出そうとしたオレの手を、和葉が振り払った。

「和葉!?」
「あの人形たちな、もうずっと長い間、自分を見付けてくれるんを待っとったんよ。こんな寂しいトコで、ずっとずっと待っとったん」
「それがどうしたんや?」
「あの人形たちが待っとる人は、もういないんよ。どんなに待っても来てくれへん恋人をずっと待っとるやなんて、かわいそうやん。せやから……」

今にも泣き出しそうに眉を寄せた和葉が、きゅっと唇を噛み締めて俯く。
ようやく、違和感の正体がわかった。

人形へのキスを促した和葉と、塵んなって消えた人形。

人形にされた身体にしがみついてまで待ち続けたオンナは、あのキスを恋人からの迎えやと錯覚したまんま身体への執着を手放した。
そして、ただの器となった人形は、今まで滞っていた時間が一気に押し寄せたように朽ちた。
非科学的やけど、そう考えれば納得もいった。

和葉は、たとえ嘘や誤魔化しでも、それで救われるんならそうしてやって欲しいて言いたいんやろう。
せやけど、オレにはそれが慰めになるとは到底思えんかった。

和葉の腕を掴んで、無理やり歩かせる。

「平次!」
「……オマエは誰を待っとったんや?」
「え?」
「あのオンナに捕まっとった時、誰を待っとった?」

足元に注意がいっとらん和葉が階段を踏み外さんように、一段一段ゆっくりと降りる。
ギシッギシッと床が撓む音に重なってオレらの後ろで小さな足音がしたが、気付かないフリをした。

「オレを待っとってくれたんやろ?それとも、解放してくれるんやったら誰でも良かったんか?どこの誰ともわからんオトコの情のないキスで誤魔化されるつもりやったんか?」
「そんな……」
「オレは、和葉やから捜したいて思た。和葉やから、どんな事してでも取り戻したいて思た。そら、助けを求められれば誰にやって手ぇ貸すし力になったろうとも思うけど、それは余力があればや」

階段を降りきると、荷物が置かれた玄関に急いだ。
きっちりと閉じられたドアは、まるで1枚の板のように、びくともしない。
ドアを背にして振り向くと、踊り場で椅子に座っとったハズの人形が階段の上からオレらを見下ろしとるんが見えた。

「オレを待っとるワケやないし生きとるワケでもないオンナのために危ない橋渡る気なん、さらさらない。オマエが傍に居るんなら尚更や」

姿も見えんし声も聞こえんけど、あのオンナの気配が濃くなってきとるんがわかる。
掴んだままの和葉の腕には多分、オレの手の形に痣が出来とるやろうけど、力を緩める事は出来んかった。

「ハタから見れば勝手で冷たいオトコやて思われるんやろうけどな、誰に何と言われようと構わん」

自分を落ち着けるように大きく深呼吸をして、玄関横の大きなステンドグラスに目をやる。
金属で繋げられとる色とりどりのガラスは結構厚みがありそうやったけど、身体ごと思いっきり荷物を叩きつければ割れるやろう。

「オレが何もかも投げ捨ててでも護りたいて思うんはオマエだけなんやで、和葉」

足元に転がっとる荷物に手を伸ばそうとしたオレの後ろで、かちゃん、と鍵の外れる音が響いた。




「1が出たらあがり」

今回よく喋ってます、服部。
まあ、こんな場所で異常体験した後だしね(笑)。

「別のオンナにキスしたて、人形やろ!……1回はオマエの指示やったんやし、平手は1発な」

by 月姫