「 雨隠の館 」 第 二十 話 |
平次が本気でキレとる。 「和葉、ちょお目ぇ閉じとけ。」 そう言われて平次の背中で素直に目ぇ閉じたんやけど、声は聞こえるやん。 「オレが大人しゅう訊いとるうちに答えろや」 「・・・・・・・・・・・・・そんくらいの事やったら、手持ちのモンだけでも充分に出来るしな」 「何や、知らんかったんか?この世の中で一番恐くて残酷なんは『生きとる人間』なんやで?」 これは冗談なんかやない。 きっと全部本気や。 今の平次は、自分が犯罪者になってもええ位の覚悟でおるはず。 他の人やったら、こんな平次見たら恐なってしまうやろな。 いつもん姿とあんまりにも違うてるから。 そやけど、あたしはこんな時なんに、嬉しいて思うてまう。 やって、これはあたしを守る為やから。 平次の声が、背中が、絶対助けたる!って言うてるから。 「鏡?」 平次の声が、ひとり浮かれとったあたしを現実に呼び戻した。 「あ、アタシが連れて来られたところや・・・・・・。」 ここに連れて来られて、1番最初におった鏡のぎょうさんある場所や。 平次はカワエロを立たせると、先に行け!言うように鏡らの方を示した。 「玄関に1番近いとこやで。」 カワエロは恨めしそうに振り返ったんやけど、 「さっさとせぇ!」 と平次に怒鳴られて、そそくさとある鏡の前に向う。 『 逃がしはせぬ 』 その後を追うように平次に手を引っ張られて前に進もうとしたら、女の声がした。 ズルッ。 あたしは振り返らんでも、その姿が分かる。 ズルッ。 さっき見てしもうたから。 ズルッ。 それに・・・それに・・・映っとる。 ぎょうさんある鏡が、女の正体を映し出してるやんか。 平次が信じられへんモンを見るように鏡ん中のその姿を見詰めとる。 白い・・・・真っ白な・・・・・蛇。 蛇言うより大蛇言うんやろな。 あたしらなんか丸呑みしてまいそうなくらいの大きさや。 真っ赤な目ぇと同じくらい真っ赤な舌も不気味さを増大させとる。 恐さが限界を超えると、人間て以外と開き直れるもんやな。 あたしは周りの様子をやけにリアルに捉えることが出来とった。 『 ここからは出さぬ 』 頭が割れそうな程の声が響く。 平次も一瞬、右手を頭に持ってった。 カワエロは、まさに蛇に睨まれた蛙や。 全身をビクビク震わせて、ある鏡の前で固まってしもてる。 あの鏡ん中・・・。 ・・・・・あれは。 「平次!あの鏡や!」 あれは、あたしらが始めに入ったあの真っ赤な部屋や。 あたしの声で我に返った平次は、あたしの手を一度強く握り直してから走り出した。 カワエロを押しのけ鏡に触れる。 「 ! 」 うそ・・・。 普通の鏡やんかこれ・・・。 「くそっ!」 平次は鏡の表面を割れんばかりに殴り付けとるけど、通れるどころか罅の一つも入らへん。 『 うぬら人間だけでは通れはせぬぞ 』 嘲笑う声。 鏡に映るあたしらの後ろに、白い胴体が写っとる。 「せやったら。」 平次は蹲っとるカワエロを無理矢理立たせようとしたんやけど、 「おっ・・・お許しを〜〜〜・・・・。」 と叫んで逃げ出してしもた。 「おいっ!こらっ待たんかいっ!」 『 カワエロは我には逆らえぬ 諦めるがよい ふぁはははは 』 さっきよりも甲高い笑声。 ズルッ。 少しずつ少しずつ、あたしらとバケモンの距離が狭うなっていく。 ズルッ。 平次はあたしを鏡の方にして背中に隠してくれた。 あたしが直接、バケモンを見なくてもええように。 それなんに平次は真っ直ぐに、バケモンを見据えとる。 平次かてほんまは恐いはずや。 こんな現実離れしたモン相手なんやから、こんなありえへんバケモン相手なんやから。 それでも、平次はあたしを守ってくれとる。 あたしは・・・・。 あたしはどうしらええ・・・・。 あたしはどうしたら平次を助けられるん・・・・。 バケモンは直ぐには襲っては来ぇへんみたいや。 蛇は獲物をゆっくりと追い詰めて相手が弱るのを待つ、いうて何かで読んだことがある。 こんな息も出来へん状態がいつまで・・・・。 あたしはどうしたらええの・・・・。 あたしらは鏡の前をゆっくり、バケモンから少しでも逃げられるように動いとる。 やけど・・・・このままやったっら・・・・。 誰か・・・・。 誰か助けて!! あたしが平次の背中に顔を押し付けて強く願ったとき、背後からいきなり腕を捕まれ、そのまま凄い力で引っ張られたんや。 「えっ?!」 突然のことやったけど、あたしは掴んどる平次の腕だけは絶対に離さへんかった。 一瞬視界が歪んで、次の瞬間には元に戻っとった。 ここは・・・・。 目に映るんはバケモンが居った生臭い場所やなく、豪華な部屋に変わっとったけど。 そして。 あたしの腕を掴んどったんは、あの、栗色の髪した人形やったんや。 「あんたが・・・・・助けてくれたん・・・・・・。」 動かへん体を無理矢理動かしたんやろ、あっちこっちが変な方向に曲がってしもとる。 この人も、あの人と同じなんや。 好きな人の側に帰りたいんや。 あたしは何の迷いも無く、そう想うた。 そして、 「平次。彼女にもキスしてあげてくれへん。」 自分でも信じられへん言葉が出とった。 平次も目ぇ見開いて驚いとる。 そやけど、躊躇っとる時間なんかなかったんや。 『 我に歯向かうつもりかえ ことのほか愛でてやった我に 』 女の声が響くと同時に、背後にあった鏡から白いモンが伸びて来て人形を絡め取ってしもたから。 もうすでに壊れかけとった人形は、嫌な音を立ててさらに壊されていく。 「平次!早う!」 このままやったら、彼女は好きな人んとこへ行けへん。 平次もあたしの気持ちが分かってくれたんか、屑居れそうな人形の頬に手を当ててキスしてあげてくれた。 そして人形は壊される前に、塵となって消えていった。 好きな人の元へ返ったんや。 「和葉・・・お前・・・・。」 「ええんや。」 平次は何か言いたそうやけど、あたしは笑顔でそれを止めた。 ええんや。 今回は特別やから。 人形が消えると、白いモンも居らんようになってた。 やけど安心なん出来へん。 あたしらはそれからすぐに、この部屋を飛び出したんや。 |