「 色喰夜会 」 第 十四 話 | |
「……ん…」 さむい… いつもの温もりを求めて手を伸ばしたけど、指に触れるのは布の冷たさだけ。 「へいじぃ…」 呟いてみても、返って来るモノはない。 「へいじ?」 今度は声に出して呼んでみた。 側に居たら必ず抱き締めてくれる温もりがない。 アタシ1人では広過ぎるベットの上を、手探りで抱き締めてくれるその腕を探したけど何処にもなかった。 さむい… ベットに残る温もりすら見付けられず、それでも諦められなくて更に腕を伸ばしたら、 「きゃ…」 何も無い空間に乗り出してしまい、そのままベットから転がり落ちてしもた。 「へぇじぃ…」 いつもやったら他の部屋に居っても、アタシが目覚めたら必ず側に来てくれるのに今はその気配すらない。 「へ〜じ〜!へ〜じ〜!へ〜じ〜!」 何度も何度も平次の名前を読んでみても、アタシを呼ぶ平次の声は聞こえへん。 アタシを温めて… ベットに掴まって立ち上がろうとしたら頭がふらっとして、再びその場にしゃがみ込んでしまう。 体が重たくて、寒さも酷くなる。 「へぇじ…」 もう一度立ち上がろうとしたけど、やっぱ同じやった。 「へぇじぃ……へぇじぃ……」 寒くて、立てなくて、淋しくて、鳴いてもアタシの鳴声以外は微かな音すらしない。 ベットから這うようにして離れたら、自分が何処に居るのかすら分からなくなってしもた。 「…ひっ……ひっく……へぇじぃ…」 勝手に溢れて来る涙を拭ってそのまま進んだら、何かにぶつかった。 それでもソレを伝うように這って行ったら、やっとドアを見付けた。 腕を伸ばして取っ手を探り当てぶら下がろうとしたら、ドアが開いてアタシは外に投げ出された。 「あっ…」 背中を強かに打ち付けて痛みが走る。 「ああぁ…」 それと同時に生まれ来る悦び。 へぇじ…へぇじ… それでも平次を求める気持ちは止まらなくて、震える体を必死に支えて壁伝いに平次の部屋のドアに辿り着いた。 「へぇじぃ〜!へぇじ〜!」 力の入らない腕でドアを叩いても、何度名前を呼んでも、ドアは開かない。 「なんで……なんで…答えてくれへんの……」 もう動く気力も無くなって、そのまま蹲った。 「アタシがええ子にしてへんかったから…」 約束破って体に傷付けてしもたから、平次を怒らせてしもたから。 「ごめんなさい……もうせぇへんから……」 やから抱き締めて。 一人ぼっちはいややの… 自分で自分を抱き締めても、少しの温もりも出来やしない。 「へいじ…」 寒くて寒くて、淋しくて淋しくて、暗闇の中に平次の姿を求める。 せめて、その姿だけでも視たい。 ただ暗闇だけが広がる世界に、微かな光が射しそれがゆっくりと広がっていく。 アタシに巣食うてるアノ丸い鏡位な大きさになると、光は水面の様にゆらゆらと揺れ始める。 揺れ始めた光はやがて澄んだ水みたいになり、その奥に平次の姿を映し出してくれた。 「へぇじ…」 今のアタシには平次の姿を視ることの出来る唯一の方法。 小さい水面の中の平次はアタシ以外の誰かに話し掛けたり笑ったりしているけど、それでも平次の姿を視られる嬉しさには変えられない。 平次はスーツを着た男の人と真剣な表情で話しをしていた。 あの男の人は見たことがある。 確か、京都府警の刑事さんや。 「捜査の依頼やったんや…」 平次が居ないのがアタシのせいやなくて、事件の依頼やったことに心が少しだけ軽くなった。 そう言えば、平次のこんな姿視るんは久しぶりな気がする。 アタシと結婚して篭で暮らすようになってから、平次はあんまし依頼を受けへんようになったから。 それはきっとアタシのせい… 依頼で平次が3日程ここに帰って来なかった時、アタシがほとんど何も食べなかったから。 平次はちゃんと餌と水を用意していってくれたのに。 独りだと淋しくて何もする気が起きなくて、ただただソファの上で寝て過ごした。 だから平次がやっと帰って来てくれた時には、アタシは指すらまともに動かせない状態で平次に抱き抱えられて病院に連れて行かれた。 それ以来、平次は遠出の依頼を断ってくれてる。 アタシの為に。 平次がいないと生きていけないアタシの為に。 光の中の平次は警察の人らと別れると、どこかに向って歩き出した。 「へいじ……どこ行くん……」 問い掛けてみても、平次に聞こえる訳もなく、平次は早足に街中を抜けて行く。 そして誰かを見付けたのか、軽く手を上げて呼び掛けてるみたいや。 「だれ…」 声が届かないのがもどかしい。 ”邪魅の目”は本来の姿が鏡やから、声や音までは聞かせてはくれへん。 平次はその誰かに向って、近寄って行く。 「あ…」 近寄って、優しく話し掛けてる。 そして少し会話をした後、2人は寄り添うように歩き出した。 「あ……なん……で……」 あれはだれ… 平次に寄り添ってる……あれは… あの腕の中はアタシの場所やのに… その映像を振り払いたくて、瞼を硬く閉ざしても暗闇に浮かび出される姿を消し去ることが出来無い。 頭を振り、両手で眼を覆うとも、決してソレは消えてはくれない。 今のアタシにはいつもどうやってソレを消していたのかすら、思い出せない。 「い…いや……」 これ以上は視たない… それなのに消えない映像はアタシの中に流れ続けた。 「いやぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」 |