「 色喰夜会 」 第 二十八 話 | |
「ん…」 体を揺すられる感じがして、アタシの意識は微かに覚醒した。 「いつまで寝てる気や」 まだ頭がぼんやりしている耳に、平次の声が聞こえる。 「……ぃ…」 平次と呟いたつもりやったけど、乾ききっている喉から掠れた音しか漏れなかった。 「とっくに日ぃも暮れて夜やぞ」 「……」 ヨ…ル… 平次の言葉を理解しようとしても、重い頭は一向に働いてはくれない。 とにかく平次の声がする方へ行きたくて、体を支えようとした腕にはまったく力が入らなかった。 何度か繰り返してみたけれど、結果は同じ。 それどろか、もう腕を持ち上げるのもダルイ。 「独りで起きれへんのか?」 「……」 右手を声がする方へ少しだけ伸ばせば、 「ここまで来れたら餌喰わしたるわ」 と言われて平次の声は少し離れて行った。 アタシと平次の距離は極僅か。 いつもなら、きっと何でも無い距離。 腕を伸ばしてみても、体は付いて行ってはくれへん。 布団は掴めても、力の無い指ではどうにもならない。 それでも両手で掴んで、仰向けだった体の向きを何とかうつ伏せにすることが出来た。 今度は膝を曲げて少しでも体を前に押し出そうとしてみる。 頭も僅かしか持ち上げられなくて、顔が布団に摺れ布を押し上げる。 それなのに平次は何も言うてはくれへん。 平次に今のアタシはどう見えてるんやろ… 裸できっと髪も乱れてるやろうし、腕を伸ばして布団を掴み足を広げて前に行こうとしてるアタシ。 きっと無様を通り越して、滑稽な姿に違いない。 思うように動かない体と、反するように動き始めた思考。 平次のトコまで… 平次のトコまで行けば、平次に触れることが出来る。 平次のトコまで行けば、きっと平次が餌を食べさせてくれる。 平次のトコまで… ただそれだけを考えて震える腕を伸ばし、足を曲げる。 どれくらいの時間同じことを繰り返したんやろう、指先がベットの端を越えて何も無い空間に届いた。 「へ……しぃ…」 「まだや」 アタシの搾り出した声に、冷たくそう返ってきた。 「ここまで来い」 「……」 平次の声はもう少し先から聞こえて来る。 ベットの端に腕を引っ掛けて足で体を押すと、頭は何も無い空間に乗り出しそのまま落ちた。 もちろん腕は体を支えることも庇うことも出来なくて、アタシは頭と肩を床に打ち付けてしまった。 平次のトコマデ… さっき以上にみっともない姿を晒しているんやろうけど、相変わらず平次の反応は何も無い。 しかも落っこちたひょうしに体の向きが変わってしまい、平次が何所に居るんか分からなくなってしまった。 必死の思いで右腕を彷徨わせても、何にも触れることが出来無い。 「へぇ…ぃ…へぇ…」 カラカラな喉からは、空気が漏れるような音しか出て来ない。 ヘイジノトコマデ… 喉は干乾びてるのに、涙が溢れてくる。 「ヘェ…ィ……ェ…ィ……」 アタシハヒトリデハナニモデキナイ… ヘイジノトコニイクコトスラデキナイ… 「無様やな和葉」 「……」 「悔しかったらここまで来んかい」 「……」 無様でもええ。 悔しくもない。 ただ、ただ平次のトコに行きたい。 アタシは声がする方向へ体の向きを変え、また床の上を這いずるだけ。 ヘイジ… 床に乳首が摺れる感覚も、両腕の傷から来る痛みも、今のアタシには何も与えてはくれない。 平次のトコに辿り着かなければ。 例え平次が許してくれなくても、それでも平次に触れたい。 ヘイジニ… 少しずつしか前に伸ばせない腕を、また指で床の上を這うように前に出した。 「ぁ…」 指先が温かいモノに触れた。 「へぃ…じぃ…」 ヘイジ…ヘイジ…ヘイジ… 温かい平次の足首に縋り付く。 両腕を絡めて、平次の足に頬を擦り付ける。 唇を押し当てて、舌で舐める。 「まるで犬やな。飢えた雌犬や」 平次がそう言うなら、アタシは平次に飼われてるメスイヌ。 「ご主人様のご機嫌取りのつもりやったら、綺麗にしゃぶれや」 アタシは言われるがままに、平次の足の指を1本ずつ丁寧にしゃぶっていった。 最後の指をしゃぶり終わると、 「まぁええやろ」 言うて平次はアタシを抱え上げてまたベット上に下ろす。 「餌や。口空け」 口を僅かに開くと平次は口移しで水を、アタシの喉に流し込んでくれた。 食べ物も平次が噛み砕いてくれてから、アタシに与えてくれる。 何度も繰り返され与えられるソレらを、アタシは飲み込んでいくだけ。 味なんか分からない。 今日の餌が何かなんて、もちろん分からない。 それでも平次がアタシに与えてくれる。 それだけで十分やから。 「ん…んんん…」 口を塞がれたままで、アタシの中に平次の指が突然入ってきた。 「う……ん…んん…」 乱暴に中を掻き回され、違う指で蕾を擦られる。 あ…あぁ… 今の状態はアノ時に似ている。 平次がアタシを壊した、あの時に。 アタシハマタヘイジニコワサレルカモシレナイ… ふと頭の中にそんなコトが浮かんだ。 けど、それでも構わない。 平次がソレを望むのなら、今のアタシに抗う理由なんかない。 「あ…ああぁぁ……ぁ…」 平次の指はアタシを煽って、昂ぶらせて、体が熱を帯び始めると、アタシから離れていった。 「へぃ…」 「後は自分でやれや」 アタシの声など聞きたくないというように、平次が冷たく言い放った。 そして何の躊躇いも感じさせずに、アタシの側から居なくなる。 平次はまだアタシのことを許してはくれない。 だったらアタシは言われた通りに自分で自分を慰めるより他にない。 平次の指の動きを思い出しながら、自分の指を中に入れ掻き回す。 「ああ……ぁ…へぃじぃ……ああぁ…」 アタシがどんなに淫らな鳴声を上げても、平次は戻って来てはくれなかった。 |