「 色 」  第 二十七 話
和葉を風呂場に放置したまま書斎に閉じ篭って、部屋のリフォームの手配をする。
玄関とリビングと廊下と風呂、それからインターフォンにリビングに置いてあるインテリア一式。
床や壁が血で汚れたからゆうのも勿論やったが、それ以上にこの篭に入り込んどった谷川と横山の気配を根こそぎ葬り去りたかった。

この篭は、オレが和葉を飼うために作ったモンや。
目ぇ見えへん和葉に負担を与えん為やて言い包めて、親たちですらこの篭に来る時には予めオレに連絡を入れる約束になっとる。
それなんに、どんな手段使うたんか、オレが留守にしとる間にこの篭にオトコを引き込み咥え込んどった和葉。
オレを裏切っておきながら、後ろめたさも何も感じんと『人形で遊んどっただけ』なん戯言抜かしよった。

「監視カメラも必要やな……」

セキュリティに業者を入れるつもりはないが、オレが留守中の和葉と篭の様子を把握しておくためにも監視カメラは必要や。
これみよがしなあからさまなモンやなくて、親を含めた部外者には絶対に気付かれへんようなヤツが。
オレの知り合いん中に、以前事件関連で知り合うて犯人にされかけたんを助けたったこの道に長けた口の堅いんが居るから、充分な金を払って依頼すれば希望通りに仕上げてくれるやろう。
資金なら親たち、特にオレの両親が和葉のためやて毎月充分な額を渡してくれとるからそれなりの蓄えになっとるし、その一部を株やら何やらに回してコンスタントに稼いどるから心配ない。

一通りの手配をしながら、この際やから和室の畳も入れ替えようかと考えて、そう言えば和葉を繋いどった鎖がそのままやった事を思い出した。
明日は大学に行くつもりやから、和葉がまた勝手な事をせえへんように繋いでおいてもいいかもしれへん。
そう思いながら、後は向うからの返事待ちやからと書斎を出たオレの耳に飛び込んで来たんは、和葉の叫び声やった。

和葉は前にも何度か、喉の奥から搾り出すような叫び声を上げた事がある。
今度はどうしたんやと様子を見に行った風呂場で、和葉が腕に巻いた包帯に血を滲ませながら鳴き声を上げとる様に、オレん中から『繋いでおく』て選択肢は消え失せた。
ベッドに和葉を放り投げて、このまま叫ばせとくのも煩いし喉を痛めるから、ツテを頼って手に入れといた睡眠薬を飲ませて強制的に眠らせる。
オレが居らん時に水遊びしとっても風邪なんひかんようにと空調はコントロールしてあるし、薬も正規の使い方とちゃうから効果の出方が変わるやろがカラダに負担はかからん量やから、そのまま和葉を放置してまた書斎に引き返した。

今の気掛かりは、谷川の件や。
特に、工藤が興味持って首突っ込んで来そうな状況にならんかどうか。
こっちで起きた事件やからオレが情報持っとるやろと連絡して来る分にはどうとでもなるが、知らんトコで動き回られたら面倒や。
まあ、あれだけ明快な犯罪の証拠が残っとるし、事件発覚から自殺までの時間を考えればそこに被害者側の人間の復讐やら何やらが入り込む余地もないし、動機不明のまま自殺でも不審がりはせえへんやろが。

TVニュースを流しながらネットで検索すると、警察発表があったんかニュースはこの刺激的な事件一色になっとった。
一通り見てみたが、報道はほぼ読み通り、ネット上の情報も今のところ大体はシナリオ通りに流れとるようや。
横山が大学周辺で張り込んどるマスコミ連中にとっ捕まって余計な事喋らんか一抹の不安はあるが、この様子なら取材合戦が一番激しいやろう数日間をやり過ごせば、始末するんもそう難しくないやろ。
元々横山には放浪癖があるて周囲の連中は皆知っとるし、学祭が終わって分け前貰たらまた旅に出るて公言しとったから、姿を消しても誰も不審には思わんハズ。
後は、横山を始末する方法を考えればええ。
そのためには、まずは大学での様子を確認して、横山の行動予定を掴んでおく必要があるやろ。
寝室に行く気になれなくて書斎のソファで仮眠を取ると、一度だけ和葉の様子を見てから大学へと向かった。

大学周辺にはマスコミと野次馬が張り付いとったが、事件現場や自宅に主力が向かっとるんか思ったほど多くはない。
ここ数年、あちこちの大学で部外者による大学構内での刑事事件が何件も起こっとる関係で門には警備員が詰めとるから、勝手に入り込んで来るヤツもおらんやろう。
とはいえ、マスコミ連中ん中には顔見知りの記者もおるし、たとえ面識はなくても犯人と同じ大学に『探偵の服部平次』が通っとるて知れば面白いネタを仕入れられるやろうと追い掛け回されるのが目に見えとったから、駅1つ向うにある大学にも納入しとる贔屓のパン屋のバンに店員のフリして便乗させて貰て大学の周囲に張り付いとる取材の連中を交わして構内に入る。
帰りを心配してくれる人のええ店主に、教授の車に便乗させて貰うからと礼を言って教室に向かった。

大学ん中は谷川の話題で持ちきりやった。
あちこちで固まっては噂話に興じとる学生たちの話に何気ないフリを装いながら耳を傾けてみると、その殆どはTVやネットで流れとる内容ばかりやったが、どこから仕入れて来るんか一部のオンナたちはどう考えてもガセやて情報までを得意げに話しとった。
その辺の話は、オレが動かんでも待っとるだけで幾らでも入って来る。
オレが教室に入った時からチラチラと様子を伺って来とるグループのオンナの1人に視線を合わせてやると、嬉々として寄って来て周りの椅子を占領した。

「なあ、服部君。谷川君の事件、聞いた?」
「ああ、あの事件な」
「谷川君、ええ人やったんに……」
「恐いよねぇ」
「私、友達から聞いたんやけど、谷川君て結構遊び人やったらしいで?」
「あ、それあたしも聞いた。二股とか三股とかようやっとったらしいて」
「せやけど、最近本気んなったオンナが居って、他のオンナが邪魔んなったんやて」
「そうそう。でな、別れ話したんやけど上手く切れんかったから、鬱陶しくなったらしいで?」
「そら、そう簡単には切れんやろ。何しろ、オンナに貢がせとったらしいし」

噂話ゆうのは伝言ゲームみたいに記憶違い起こしたり、ホンマはこうやったら楽しいからと脚色されたり悪意で曲げられたりするモンやけど、そん中にこっそりと『事実』や『真実』が隠されたりしとるからオンナの情報網は侮れんかったりする。
せやけど、今のところ谷川の件はオレにとって害になるような話にはなっとらんようやった。

熱心に話し掛けて来るオンナたちに先を促すように真剣な表情で頷いてやりながら、さり気なく横山の姿を探す。
教室の隅にその姿を見つけた時、不意に和葉がもう二度と『人形遊び』なんせえへんように灸を据える方法を思いついた。

和葉は人形で遊んどった。
そんなら、オレも人形で遊んでええハズや。
オレは他人を篭に入れる気ぃはないが、丁度リフォームもある事やし、和葉連れてどこぞに小旅行にでも出かけて、そこで人形と遊んだればええ。
誰にも何も言わんと自分の意思でやって来る『人形』の候補なら、オレの周りには腐るほど居るんやから。
悪びれもせず『人形で遊んどった』て言うてた和葉の事やから、オレが目の前で『オンナの人形』と遊んどっても何も言わんやろ。

良く動くオンナたちの口元を眺めながら、頭の片隅で『人形』候補のリストを作る。

折角の『人形』やから見栄えのええ、それでいてオレの女房の前で見せ付けるようにヤれるだけの気性を持ったオンナがええ。
自分からオレのモンを咥えて腰を振りながら、和葉に聞かせるように派手な喘ぎ声を上げるようなオンナ。

頭ん中で『人形』候補を絞り込みながらオンナたちの噂話に時々相槌を打ってやってると、手持ちのネタをあらかた話し終わったんか、今度は別方向から谷川の話題を続ける。

「そう言えば、遊び人やったわりには谷川君てあのオンナとの噂なかったやんな?」
「あのオンナて、文学部の?」
「そう、アレ」
「あのオンナはオトコに貢がせるのが趣味やもん、オンナに貢がせとった谷川君は眼中になかったんとちゃう?」

オンナたちが新しく持ち出した話題は、オレにとって都合のええモンやった。

「あのオンナ?」

恐らくはあのオンナの事やろうと見当はついたがしらばっくれて問い掛けてみると、オンナたちは待ってましたとばかりに喰い付いて来た。

「服部君は知らへんのん?」
「ほら、文学部4回生の派手なオンナ」
「ああ、そんなんも居ったな」
「服部君てあのオンナのターゲットにぴったりなんに、迫られた事ないん?」
「服部君は奥さんに夢中やから、あのオンナがモーションかけても気ぃつかんかったんとちゃう?」
「女房なぁ……」

上手い具合に和葉の話題が出たから、少しばかり顔を顰めてため息をついて見せる。
ペラペラと口に油でも塗っとるんかて勢いで話しとったオンナたちが、一斉に興味津々て顔で覗き込んで来た。

「どうかしたん?」
「いや、昨夜大喧嘩したんや」
「喧嘩?」
「ここんとこ、オレが事件に駆け回って留守にしとったんが気に入らんかったらしい」
「奥さん、淋しかったんとちゃう?」
「せやけど、服部君、探偵やからしゃあないやんなぁ?」
「わかってて結婚したんやろし」
「目ぇ悪いんも気にせんと結婚してくれたんやし、少しくらい我慢せんとアカンやんな?」

学祭での事があるからかあからさまやないが、オンナたちの言葉の端々には和葉に対する小さな棘がある。
それに気付かんフリして流してやると、オンナたちはいかにも心配してますて風で声を潜めた。

「服部君が奥さんと喧嘩したなん知ったら、あのオンナが飛びついて来るんとちゃう?」
「せやね、あのオンナには知られん方がええと思うよ」
「私たちも黙っとくし」

オンナたちの言う『ここだけの話』は噂話の前置きみたいなモンやから、午後にはオレが女房と大喧嘩した話はそのオンナの耳にも入るやろう。
それを期待してわざわざ『女房と大喧嘩』なん話を作ったんやから、精々広めてオレが『人形』を手軽に調達出来るように協力して欲しいモンや。

「あのオンナ、ホンマ、タチ悪いんよ」
「そうなんか?」
「服部君が知らへんのは無理ないけど、有名なんよ」

適当に水を向けてやると、今度はそのオンナの噂話が始まった。
何も知らんオレに説明するて建前が出来たからか、まさに立て板に水て勢いで話すオンナたちの噂ん中から、必要な情報を抜き取っていく。

『人形』は、そのオンナでええやろ。
その前に、横山を逃がさんようにせんとな。
和葉の『人形』は、きっちり叩き壊しておかんと。

オンナたちの話が一段落したのを見計らって、用があるからとその輪を抜ける。
教室の隅からコッチを伺っとった横山が、いつもと変わりない調子でオレを呼び止めた。

「服部!」
「おう」

和葉は、もう1人の『人形』はこの横山やて吐いた。
和葉の言うとった『人形と遊んどった』ゆうのがイコール『谷川とヤっとった』て事やったんやから、コイツも篭に入り込んで和葉とヤっとったんやろう。
人は見かけによらんて言うが、谷川も横山もどちらかと言えばキッチリ筋を通して無駄な争いを好まんタイプやったから、オレの目ぇ盗んで和葉に手ぇ出すようなオトコやとは思わへんかったが。

「これ、学祭の分け前や。オマエのおかげで結構な額になったで」
「そらよかった」
「谷川の分はな、友人一同て事にして香典にしようかと思う。あんな事件起こしたなん信じられへんけど、たとえ犯人やったとしてもやっぱり友人やったし……」
「ああ、せやな」
「みんなで行くと目立つやろし、アイツの実家知っとるから週末にでも俺が行って来るわ」
「オレも行きたいけどな、返って迷惑になりそうやから頼むわ。宜しく言うてくれ」
「わかった」

痛ましそうな顔をして声を顰める横山は、オレが全てを知っとるとは夢にも思ってないやろう。
目の前でこうして話してる今、オレが横山をどう始末しようかと考えとる事も。

「そう言えば、旅に出るて言うてたけど、どうするんや?」
「ああ、それな。こんな事件もあったしどうしようかと思たんやけど、今度の土曜日に谷川の実家に行って、日曜から出かける事にした。単位の事もあるし、それまでは真面目に大学生やらんとな」

さり気なく予定を聞き出そうとするオレに、横山は何の警戒もなくさらりと応えた。
横山は少なくとも土曜日までは普段通りで、日曜からは携帯にも滅多に出えへんような生活になる。
オレに渡された分け前から察するに結構な額を手に入れたハズやから、暫く姿が見えへんようになっても誰も不審には思わんやろう。
家族から捜索願が出される頃には谷川の事件も殆ど忘れ去られとるやろし、行方不明者なん山ほど居るから特にニュースにもならずに終わるハズや。
万が一死体が見つかったとしても警察が事故死と判断するように、それなりの細工はしとくしな。

唯一の気掛かりと言えば工藤やったが、あの名探偵殿は新聞の片隅に載るかどうかもわからん旅先での事故死になん興味は持たんやろうし、谷川の事件でオレが警察に協力しとるのはわかっとるやろからソッチの事件の詳細は聞きたがるかもしれへんが、それ以上疑問は持たんやろう。
それくらいには、オレは工藤に信頼されとる。

「もうすぐ講義始まるで」

壁に掛かった時計を見上げながら、いつもの席に着く。
横山が動かへんなら、オレも普段通りに振舞うだけや。

頭ん中で、さっき選んだ『人形』を操る方法を吟味しながら、オレは普通の大学生としての1日を過ごした。




和葉へのお仕置きと、もう1人の『人形』の処分。
ここからまた、平次はどんどんとヒトデナシになって行きますので、お心の準備をお願いします(汗)。
 
「 味覚トリップすんな!ヨダレ垂れるで!? 」

by 月姫


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