「 色喰夜会 」 第 三十三 話 | |
オレに跨って腰を振る『人形』。 和葉の泣き叫ぶ声に煽られたんか、挑発するようにわざとらしい程派手な嬌声を上げる『人形』は鬱陶しいが、しゃあない。 篭にオトコ引き込んでヤっとったクセにただの『人形遊び』やなん抜かした和葉に、ソレがどう言う事なのかわからせるためやしな。 とはいえ、この『人形』が自慢しとったような天国味わうんはどうにも無理やし、退屈や。 まあ、薄いゴム越しに感じる熱い肉の感触はそれなりの快感を与えてくるから、萎える事はないやろが。 オレの上でたぷたぷと重そうに揺れる乳が目障りでぎゅっと掴んで、ついでにデカい乳首の感触を確かめてみた。 噛み応えはありそうなんにあんまり美味そうに見えへんのが残念やけど、この辺は嗜好の違いやろな。 退屈しのぎに指を遊ばせてやると、乳首が弱いて自ら吐いた『人形』はテク自慢の割には結構あっさりイって、オレの方に体重を預けて来た。 そのままくっつかれたないから握ったままの乳を押し返してやったら、荒い息をついとる『人形』は案外素直にカラダを起こした。 この『人形』も、そろそろ捨て時やな。 もう1度頑張らせてもええけど、和葉も大人しくなったし、何よりオレが飽きてきた。 そう思った時、和葉が自分の唇を噛み切った。 赤い血が、和葉の白い肌の上を滑り落ちる。 和葉の血に染まった唇から、ため息みたいな嬉しげな声が零れた。 ――あれほど傷をつくるなて言うたんに。 ――あれほど強く、言葉だけやなくてカラダにも教え込んだんに。 チリっと焼け付くような怒りを覚えて、和葉を睨み付けた。 オレの視線を肌で感じたんかふるっとカラダを震わせた和葉が、ゆっくりと口角を上げていく。 和葉が笑っとる。 流れる血を味わうように小さな舌で唇を舐めながら。 そして、笑いながら『人形』を挑発する。 『人形』の事なん、オレの頭から消えた。 あの夏以来鳴りを潜めとった勝気な和葉が顔を覗かせたんか。 ただ痛みの快楽に酔っとるだけなんか。 それとも、他に理由があるんか。 『人形』が何やごちゃごちゃ言うとるが、オレの耳は和葉の声だけを拾い、オレの目は和葉の姿だけを映す。 声の張り、抑揚、選ぶ言葉、カラダの動き、表情。 それら全てから和葉の意図と心理を読み解こうと、じっと探るように神経を集中させる。 オレの意識の全てを和葉に向けた。 せやから、一歩出遅れた。 オレに跨って腰振っとった『人形』がサイドテーブルに置いてある薔薇の花束を掴み、金切り声を上げながら和葉に叩きつける。 「あんたなんか!あんたなんか!」 髪を振り乱して喚き散らしながら、棘を取っていない剥き出しの薔薇を和葉に叩きつける『人形』。 怒りなん生易しい言葉では表現出来ひん感情に、大した快楽やなかったものの『人形』とのセックスで幾らか上がっていた体温が一気に冷えた。 寝転がってたベッドから降りて『人形』の腕を掴み、振り向かせる。 そのまま『人形』の頬に思い切り平手を入れると、声も出せずにベッドに吹っ飛んだ。 「何やっとんのや?」 「な……なにって……」 さっきまでの勝気さをどこに捨てたんか、ベッドに転がった『人形』がのろのろと殴られた頬を押さえながら、怯えたようにオレを見上げる。 「使い捨ての『人形』の分際でオレの持ち物に手ぇ上げるなん、ええ度胸やんけ」 足元の床から『人形』が脱ぎ散らかした下着を拾い上げる。 この『人形』の気性なら、今のこの状況やと声高にオレと和葉を罵るハズやけど、ただ青い顔して固まっとる。 今まであちこちで恨みを買うてるような『人形』やけど、その場その場でオトコを味方につけて逃げ切って来たんか、オレの容赦ない扱いに漸く自分の立場を理解して動揺しとるらしい。 今更気ぃつくあたり、ホンマに賢さとは無縁の『人形』やな。 「『人形』は『人形』らしく、大人しゅう捨てられる時を待っとれ」 「きゃあっ!」 この『人形』を捨てるより、今は和葉の傷を診る方が先や。 口ん中を切ったんか血を滲ませ頬を赤く腫れ上がらせた『人形』の両手首を、背中で纏めてデカいブラで力任せに縛り上げる。 どうせ捨てる『人形』やから、瑕がつこうと手首から先が壊死しようと構わない。 ああ、そうや。 いくら壊して捨てるだけとはいえ、その前に自分が何をしたんかは教えてやらんとな。 乱暴に扱われ放り出された薔薇の花束は、花と葉こそ半ば無残に散らされとるが、まだ纏まっとる。 それを、うつ伏せになっとる『人形』の手首と背中の間に突っ込んでやった。 鋭い棘が『人形』の背中と腕にざっくりと食い込む。 「きゃああっ!!」 「オマエを捨てるんは後や。暫く大人しゅうしとれ」 「痛い!!痛いっ!!」 暴れて動き回られても面倒やから、片方のストッキングを剥ぎ取って、仰向けに転がした『人形』の足首を胡座を崩したように重ねて固定する。 こうしておけば、立ち上がる事はおろか起き上がる事もうつ伏せになる事も出来へん。 仰向けになった事で自分の体重が余計に棘を食い込ませたんか、ぎゃあぎゃあと『人形』が騒ぐ。 「煩い」 「うっ…うぐっ…」 ショーツを口に突っ込んでやると、耳障りな声はいくらかマシんなった。 「コレも必要なかったな。天国いかせてくれるて言うとったから、これでも楽しみにしとったんやで?」 萎えかけたモンからゴムを抜き取って、口に突っ込んだショーツの上に落としてやる。 この状態んなってもまだプライドが残っとったんか、さっと頬を紅潮させた『人形』が起き上がろうともがき、次の瞬間には痛みにくぐもった呻き声を上げた。 そのまま『人形』を放置して、和葉の前に膝をつく。 唇から顎を伝って滴る血。 薔薇の棘に引き裂かれ、薄いキャミソールに滲む血。 サイドテーブルからソムリエナイフを取り上げて、キャミソールの前身頃を切り裂く。 薄い絹は殆ど抵抗もなくさらりとその役目を放棄した。 深く、浅く。 長く、短く。 和葉の滑らかな白い肌に無数についた、血の滲む傷。 その1つ1つを舌で丁寧になぞり、血を拭っていく。 胸の谷間から、膨らみをなぞるようにして乳首まで。 消毒するようにたっぷり唾液を塗りつけてから、舌を押し付けるようにして拭う。 胸から鎖骨を辿って肩へ、そこから二の腕。 ぞくり、と背中に熱が走る。 あの『人形』の直接的な愛撫よりずっと激しくオレの官能を誘う、色と匂いと味。 萎えかけたモンが、またゆるりと勃ちあがるのがわかった。 「あっ……」 和葉の唇から、甘えるような吐息が零れる。 「なに悦んでんねん」 「んっ……やって…あっ……」 オレの唾液が傷にしみるんやろう。 せやけど、和葉は逃げるんやなく強請るように背を反らせる。 和葉にとっては、痛みも快楽になる。 それを覚えたんは、オレのせいや。 せやけど、傷んなるような痛みは絶対に与えない。 和葉自身にやて、許しはしない。 それなのに、和葉は自分を傷付け、痛みに酔い、笑った。 オレがその行為を嫌っているのを知っているのにや。 「和葉。何で傷作ったんや?」 喉から顎へ、舌で血の跡を辿る。 「んーっ!!んんっ!!」 ベッドではまだ『人形』が煩く騒いどるが、今は和葉や。 「何でこんな傷作ったんや?」 「あっ……」 少し腫れてきた唇の傷を、ゆっくりと舐め取る。 二度三度と滲み出した血を舌で拭き取ると、血はすぐに止まった。 「何で傷を作った?」 「やって……平次があんな『人形』と遊んどるから……」 和葉が見えへん眼をオレに向ける。 人工物とは思えへんような熱く潤んだその眼は、もっと強い痛みと快楽とを強請っとる。 それはオレの牡の部分を強烈に刺激してくるが、和葉がカラダに傷をつけたて事実を忘れさせる程の力はなかった。 「オマエやって、篭に『人形』引き込んで遊んどったやろ」 「アタシは……」 「オレはオマエと同じ事しただけや。オマエが『人形』で遊んどったから、オレも『人形』で遊んだ」 「せやけど……」 「オマエは2人も『人形』持っとったんに、オレは1人だけやで?」 「アタシ……アタシええ子にしとったんに……」 和葉はやっぱり、傷の治りが早い。 唇の傷も肌の傷も、塞がってはいないがもう血を滲ませてはいない。 「まだ『人形』が残っとるのにか?」 「あんな『人形』もういらへん!平次が捨てて!」 「ああ、捨てたるわ。ちゃんと壊してな」 和葉の人形。 谷川はもう壊したが、横山はまだ残っとる。 これも、明日には壊して捨てたる。 「壊すんやったら、平次の都合のええトコにアタシが『人形』呼んだるよ?」 「呼ぶ?オマエの『人形』を呼べるんか?」 横山は、谷川の家に弔問に行って、そのまま旅に出るハズや。 オレならその前に呼び出す理由なんいくらでも見つけられるが、学祭以降のほんの数日しか接触のない和葉にそんな理由を作れるとは思えへん。 なのに、和葉は横山を呼び出せるんか? 何故? 疑問は湧くが、和葉の血が齎す情欲の波に掻き消された。 「うん。どこへやって呼べるよ。どこがええの?」 「ホンマにどこへでも呼び出せるんか?」 「うん。平次が電話してくれれば、アタシがそこへ来るように言うたるよ。そしたら、絶対来る」 「やけに自信満々やな」 「平次の言う事やったら、アタシ何でも聞けるもん。平次がして欲しい事なら、何でも出来るんよ」 少しだけ熱の引いたとろりとした光を宿した義眼が、照明を反射したんか一瞬キラリと光る。 その光が、オレの目を通して頭の奥にぼんやりとした霞を広げていく気がする。 せやけど、オレはその霞を払おうとするどころか広がるに任せとる。 何故かと考える事を放棄しとるのを、今のオレは不審にも思っとらんのが我ながら不思議やった。 「あの『人形』はもういらへんけど、平次の『人形』ちょうだい」 「アレか?どうするんや?」 「遊ぶん。なあ、ええやろ?」 「オマエはまた別の『人形』作るんとちゃうんか?」 「もう『人形』なんいらへん!平次しかいらへん!せやけど、捨てる前にあの平次の『人形』と遊びたいん」 ベッドの上でもがいとる『人形』。 後は壊して捨てるだけやから、和葉が欲しいんやったらくれてやってもええ。 手も足も縛ってあるし口も抑えてあるから、あの『人形』が和葉を傷つける事はないしな。 「もう二度と『人形』なん欲しがらんのやったら、くれたる」 「もう『人形』なんいらへん!平次ももう『人形』で遊んだりせえへんよね?」 「オマエが『人形』欲しがらへんのやったら、オレも『人形』なん必要ないわ」 「もう『人形』なんいらへん!」 「ほんなら、あの『人形』はくれたるから、好きに遊べばええ。但し、もう傷作るんやないで?」 和葉がもう二度と『人形』なん欲しがらんなら、お仕置きの目的は果たせた事んなる。 聞き分けがええなら、今度はご褒美をやらなな。 和葉を戒めとった拘束具を外して、傷んなっとらんか確かめる。 「ここで見とるから、好きに遊べや」 ベッドの上に和葉を移動させて、寝転がっとる『人形』の髪を掴ませてやる。 ソムリエナイフをテーブルに置くついでに冷えたシャンパンをグラスに注いで空いた椅子に腰掛け、嬉しそうに笑いながら『人形』の髪を引っ張っとる和葉を見やった。 |