「  」  第 三十ニ 話
「あぁ…あん…あっあっあっ……」
どこの誰かもしれん女の声がアタシの耳に響き渡る。

これは何やの?
平次はなんでこんなことするん…

「ああぁ…ステキよ……あぁっあん……あなたやっぱり最高よ平次……ああぁぁ」
どこの馬の骨かもしれん女が平次の名前を呼び捨てにして、しかも平次とセックスしてるやなんて。
「イヤヤッ!!へ…」
「あああ!!!おおきい…平次のおおきいのが私の奥に……ああん…」
女の卑下た嬌声がわざとらしくアタシの声に重なってくる。
女の洗い息遣いもベットの軋む耳障りな音も、ほんまに今ここで現実に起こってることなんやろか。
「ヘイジ!ヘイジ!ヘイジ!!」

お願いや…
アタシの声に答えて…

「ヘイジィィ…」
「あらあら、奥さん泣き出したわよ」
自分の声に泣き声が混ざっているのも、自分が泣き出していたことにすらもアタシは女の言葉で気付くのがやっと。
それ程にアタシの神経は平次の気配に集中してて、平次が今どうしているのかが知りたくて、自分のことになど構っていられない。

ほんまにその女とヤッテるん?
これはお芝居とちゃうの?

やけど、そんなアタシの思いは平次の冷めた言葉で打ち砕かれた。
「そんなん気にせんでええ。董子はオレだけ見とればええんや」
「冷たいのね」
「今は董子とセックスしてるんやからな。見物人が居ったら燃える思うて女房そこに置いとるけど、邪魔になるんやったら外に出してもええで?」
「それもいいわね」
女が嘲る様にクスクスと笑う。

イヤッ…
イヤヤ…イヤヤ…イヤヤ…

「でも…せっかくなんだから、奥さんにも私と平次の相性を見てもらいましょうよ。あっ、ごめんなさ〜い。見えないんだったわね」
この女は何を言ってるんやろ?
あんたなんかと平次が相性ええ訳ない。
平次はアタシやないと、絶対に満足出来へんのやから。
そうやんなぁ、平次。
「ヘイジィ!ヘイジィ!」
そう思うて必死に平次に呼び掛けてるのに、何で答えてくへんの。
「ヘイ…」
「ギャァギャァ騒ぐなや。せっかくの董子のええ声が聞こえんやろが」
「っ……」
「あんっ!平次。そんなに強く掴まない…あっあっ……私…あっ…乳首弱いのよ…ああん…」
平次の履き捨てるような言葉に、アタシは声も出えへん。
それやのに、それやのにこの女はわざとらしく大きな声を出してアタシに聞かせようとする。
「あああ…あん…んんん……あっあっ…」

そんなん聞きたない…
アタシは平次の声が聞きたいんよ…

女の気色の悪い声を消したくて無茶苦茶に首に振ってみても、部屋中に木霊してるやろうソレは至る所から耳に入り込んで来る。
耳を塞ぎたくても椅子に手首と肘まで繋がれていて、どんなにもがいても少しも動かすことが出来へん。
「イヤヤの…イヤヤの…ヘイジィ…」
そんなんせんといて。
アタシにそんな女の鳴声なん聞かせんといて。
「あっあっあっああっ……そ…そんなに…あっあっああ…」
「やっぱさっきイカセテ貰たしな。今度は董子がイカなあかんやろ」
「あっ…んんんん……イ…イク…あっあっあっあっ…」
「ええ顔や董子…」
「あっ…だ…だめ……あっあっあっあっああああああ」
女の一際大きな嬌声が部屋中に木霊する。
その声はまるでアタシに襲い掛かるみたいに、体中に突き刺さった。
余りの痛さに息さえ出来へん。

イタイ……イタイ……イタイ……

何でアタシがこんな思いせんとあかんの。
平次はアタシんこと許してくれたのに。
さっきまであんなに優しくしてくれたのに。

コノ……オンナ……ノ……セイ……

そうや、この女のせいや。
全部このどこの馬の骨か分からへん女のせいや。
あの時の女と同じ、この女も平次に、アタシの平次に手ぇ出した。
そのせいでアタシはまた、こんなにイタイ思いをせなあかん。

体の痛みと違う心のイタミは、アタシのココロを壊すだけやのに。
ええ子にしてなあかんのに、ええ子で居られへんようになってしまう。
平次と約束したのに。
ええ子にするて約束したのに。

ヤクソク……シタ………ノ……………ニ………

「っ…」
アタシは自分の唇を体中の力全部込めて噛み締めた。
「あっ……」
生暖かいモンが口いっぱいに広がって、待ち望んでいた痛みをアタシにくれる。
傷口から流れて出ているやろう血は、温かくアタシの肌の上をすべり落ちていく。
「あ…あぁ…」
アタシが欲した痛みが体の中を駆け巡り、心のイタミを消し去ってれる。
そしてアタシに冷静さと言う、冷めたココロも届けてくれた。

女の突き刺さる鳴声が消え去った今、気持ちの悪くなるような、吐き気を誘うような女の息使いが聞こえる。
やけど、平次の声はまったく何も聞こえては来ない。
ほんまに平次がイッタんやったら、あの色気の混じった空気を求める甘い声がするはずやのに。
「あ…」
唇に少し力を入れたら新しい痛みが生まれて、嬉し気な声が出てしもた。
「っ…」
今度は痛みがくれる快楽とは違う振るえが、アタシを襲う。
体が痺れるような、恐怖で身が竦むような震え。

ヘイジ……

平次がアタシを睨み付けとる。
見えへんけど、アタシには分かる。
怒りの篭った燃え上がるような視線で、アタシのことを平次が睨んどることが。
また自分の体に傷を付けてしもたアタシを平次が見とることが。

ゴメンナサイ…
ヤクソク…ヤブッテ……ゴメンナサイ……

やけど、平次も悪いんやで。
アタシを壊すから。
アタシええ子にしとったのに。
平次の言う通りに、ええ子にしとったのに。

ソンナ…オニンギョウ…デアソブカラ……

流れ出す血を舌でゆっくりと味わいながら、アタシは自分が笑うてることに気が付いた。
平次の視線はずっと感じてる。
その視線に僅かに戸惑いが混じったことも。
きっと平次には、アタシが笑うてる意味が分からへんのや。
ただココロが少し壊れただけやのに。

ヘイジ…ガ……マタ…コワシタ……ノニ……

「ふふっ…」
アタシの笑いは口元だけに収まらず、声になって外に零れた。
自分の感情を抑えられへん。
何所からか湧き上がって来る哂いは、アタシの壊れた体と心を勝手に使ってしまう。
肩が奮え、口元は更に笑みを形どり、声はそれを音として表す。
「ふふふ……あはは……」
絞り出すような笑い声は女の息使いだけがしとった部屋に、不自然に染み渡っていった。

「な…何が可笑しい…のよ……」

アタシは笑いが止まらず、女の声を聞き流す。
「ちょっと、止めなさいよ」
「ふふふ…堪忍なぁ……はは…」
すると女が体を動かす音がして、息を呑む気配がした。
「な…なに……」
「あんたがあんまりにも陳腐やから、つい、笑うてしもたわ」
「なんで…すって…」
女の視線にも憎悪が篭ってきたけど、そんなん平次のに比べたら可愛ええもんや。
「平次。せっかくのお人形なんやから、もっとマシなの選ばなあかんよ」
「………」
平次からの返事は無い。
アタシの意図が読めへん限り、平次は何も答えてはくれへんのは分かってる。
「唇なんか切って、平次の気を引こうとしても無駄なんだから。ねぇ、平次。やっぱり奥さん外に出してくれない?」
縋る様に平次に言うてるんやろうけど、平次からはまったく動く気配は感じられへん。
「ねぇ、お願いよ。私のお願いなんだから、きいてくれるわよね」
無駄やのに。
「ふふふ…」
「お願いよ平次。この女……気味が悪いわ」
そんな猫なで声出したかてあかんのに。

浅はかな女は何も気付いてへん。
アタシが自分で自分を傷付けた時に、アタシラの立場が変わってしもたことに。
平次はアタシが傷付くことを酷く嫌う。
そして今のアタシには新しい傷がある。
その傷口からは未だ血が流れ続け、痛みはアタシに悦びを与える。
それは平次がもっとも嫌うこと。
アタシが自分を傷付けてその悦びに身も心も浸り、我を忘れて痛みという名の快楽を貪ることを。

そう、痛みは快楽を呼び、更に大きな痛みをアタシは求めてしまう。

平次はそれに気付いていても、アタシが何をしようとしているのか掴みきれていない。
だから動かない。
ましてや女の言うように、アタシを外に出したりは絶対にしない。
今のアタシを自分の視界から外すなんてこと、平次は絶対にせぇへん。

「ふふ…ふふふ…」
「止めなさいってば。あなたどこかオカシイんじゃないの」
平次に相手にされへんもんやから、女の声がまたアタシに向けられる。
「相性は最悪やったみたいやね」
それが可笑しくて、笑いながら女が嫌がることを言うてみた。
「な、何言ってるの!そんなこと有る訳ないじゃない!」
女が声を上げて言い張るのは、自分でも薄々感じてるからや。
「そうなん?そやって平次のええ声、まったく聞こえてけぇへんかったけど」
「そっ…」
「アタシとやったら、いっつもすぐに色っぽい声聞かせてくれるんやで」
あんたはただのお人形なんやから。
「あんたやと役不足なんやんね」
「ふん。負け犬の遠吠えなんか相手にしてられないわ。さっ、平次。あんなの放っておいて続けましょう」
女は自分の威厳を取り戻そうと高飛車に言うてるけど、動揺してるんはその落着かない気配からはっきり感じ取れる。
「頑張って、平次のええ声聞かせてや」
無理やろうけどな。

「平次のペニスはまだ私の中にあるのよ」

分かってたことやけど、女のその言葉はアタシの胸に小さい棘を刺す。
「あっ…」
さっきまではただイタイだけやったそれが、体の痛みと同じように悦びに変わっていった。

「次は平次の番よ。私の中にたくさん頂戴……あっ…あん」

女がまた平次の上で動き出した。
ベットの軋む音や、女の蜜が濃厚な匂いをさせ始める。
「ああっ…」
アタシの心はイタミを感じてる。
けど、やっぱりそれはまた悦びに変換されてしまった。

アア……ココロマデ……カンゼンニ……コワレテシモタ……

もっと、もっと。
もっと頂戴。
アタシに痛みという名の悦びを頂戴。

女の喘ぎ声が響く。
ベットの軋む音が大きくなる。
「あっ…あっ……ダメ…あっあああ……平次も…あっ…平次も一緒に……ああ」
聞こえるのは女の鳴声だけ、平次は息すら乱れていない。
当然やわ。
平次の意識はアタシに向いてるんやから。
結局女はまた自分だけイッたみたいや。
「ふふふ…どないしたん?」
荒い息遣いの中に悔しさと憎悪の篭った視線。
「もうお終いなん?平次の声ぜんぜん聞こえへんかったよ」
「………」

なぁ、もっともっアタシしを傷付けて。

「これやから、安物の人形はあかんねんな」
女を挑発するように、わざとらしく溜息まで付いてみせた。
すると女の気配が憎悪一色に変わる。

「黙んなさいよ!このアバズレ!」

喚き声がした思うたら、激しい衝撃がアタシを襲った。
「あんたなんか!あんたなんか!」
鋭い痛みが何度も何度もアタシに与えられる。



モット…モットチョウダイ……





あ〜あ、和葉ちゃん本当に壊れてしまいました・・・恐いですねぇ。
しっかし平次も酷いことするなぁ、これでは和葉ちゃんがプッツンいっても仕方無い。
うん、仕方無い。(責任転化)ふふ・・・
 
「 ずっこ〜〜!そやけど3色団子がアタシを呼んでいる。ほな、チュッチュッチュ〜〜!とな。はい、あ〜ん 」

by phantom



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