■ 第 9 話 ■ by 月姫 |
数秒の沈黙。 その僅かの間にハラを決めたのか、一つ大きく深呼吸をして、平次が口を開いた。 「……わかった。オレもオトコや、きっちりしたる」 「え?」 「明日、きっちり宣言したるから、楽しみにしとれよ」 「あの……」 「じゃ、また明日な」 自分で言い出しておきながらあっさりと希望を受け入れられた事に戸惑っている和葉を残して、平次は遠山家を後にした。 そして翌日。 2週間ぶりの、そして『恋人』になって初めての一緒の登校。 自分で言い出した事とはいえ、学校が近づくにつれてそわそわと落ち着かなくなる和葉とは対照的に、平次は全く普段と変わりない。 それは教室に入って授業が始まってからも変わることはなく、平次はこの2週間の不在を問い詰めようとする友人たちと戯れ、教師からの叱責を受け、授業をこなしていた。 「和葉、昨日何かあったん?」 「え?」 午前中の授業が終わってすぐに剣道部の後輩に呼び出された平次の後姿を見送って肩を落とした和葉に、すぐ前の席にいる友人の真沙子が興味津々という顔を向けた。 「やって、昨日まであんだけ沈んどったんが、今朝は何やえらい浮かれとったやん?で、今はまた落ち込んできとるみたいやし、これはもう昨日服部君と何かあったんかなと」 「あった言うか、なかった言うか……」 どう答えたらいいものか暫し悩んだ和葉は、やっぱりどう答えていいものかわからず に、大きなため息をついた。 「お昼にしよう?アタシ、お茶買うてくるな」 「ちょお待ち!」 力なく立ち上がって教室を出ようとした和葉を、真沙子が慌てて止める。 「……やっぱり、何かあったんやね」 和葉を追って立ち上がった真沙子が、くすくすと含み笑いを零す。 他のクラスメイトたちも同じように自分を見て笑っている事に気付いて、和葉は首を傾げた。 「あんな……」 楽しそうに笑いながら、真沙子が和葉の背中に回る。 ほんの少し襟を引っ張られるような感触の後、真沙子が和葉に1枚の紙を差し出した。 レポート用紙らしい罫線入りの紙には、太い赤マジックで書かれた短い文が2行。 『服部平次様 御売約済み』 見間違えようのない平次の字とその内容に、和葉の頬が一気に朱に染まる。 気が付いたのは、たった今。 それまで誰も気付かなかったという事は、さっき教室を出て行く時にさり気なく貼り付けて行ったのだろう。 「さ、ここに座って」 傍の椅子を引き寄せて、真沙子が立ち尽くしている和葉の肩に手をかけて座らせる。 いつの間にか、クラスメイトたちもこっそりと集まっていた。 「さて……」 真沙子が口を開こうとした時、和葉のポケットで携帯が着信を告げた。 はっと我に返った和葉が、慌てたように携帯を引っ張り出す。 メール着信のアイコンに開いてみると、件名もなくただ一言だけが平次から届いていた。 『TRICK or TREAT?』 「は?」 意味の掴めないメールに、和葉の頬からすうっと朱が引いた。 今日は確かに、10月31日のハロウィンの日だ。 だからといって、何故今このメールなのか。 『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』 悪戯がこれならば、あげなかったお菓子は……。 昨日の平次の態度。 あれはキスを望んでたと和葉にもわかった。 それをはぐらかして、ちょっとだけ意地悪してみたのだ。 そこまで考えて、再び和葉の頬に朱が上った。 但し、さっきとは少しばかり違う意味で。 確かに、恋人宣言をして欲しいという希望は、それなりに叶った。 放課後までには多分、方々に広がるだろう。 けれど、こんな表現の仕方はあんまりだ。 和葉が、背中に貼られていた紙を力の限り握り締める。 「和葉、笑顔が恐いで?」 「そう?」 訝しげに眉を寄せる真沙子に、和葉はにっこりと笑って見せる。 集まっていたクラスメイトたちが、こっそりと離れようとした。 「別に、せっかくのハロウィンやし、唐辛子練り込んだパンプキン・パイ食べさせたろかなとか、辛子入りのかぼちゃのケーキ作ろうかなとか、ラー油入りのかぼちゃプリンもええなとか、全然思ってないよ?」 「……思いっきり思っとるやん」 真沙子の小さなツッコミは、この場にいるクラスメイト全員を代表するものだった。 |
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甘いお菓子か悪戯か。 結果は明日のお楽しみ。 |
「 かぼちゃのワルツ 」 |
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< TRICK OR TREAT ? > |
■「やっぱりいつものように冗談でごまかしてしまう」バージョン by phantom 数秒の沈黙。 そんな僅かな時間では、到底平次に決心など出来る訳が無かった。 「・・・・・・・。」 「してくれへんの?」 「あっ・・・・いや・・・・・・。」 「あかんの?」 「・・・・・・・。」 下から和葉が泣きそうな顔で見上げてくるもんだから、平次は溜まらず叫んでしまった。 「わっ分かったちゅうに!宣言すればええんやな!」 「うん!」 和葉会心の笑顔に、後に引けなくなった平次だった。 そんでもって、次の日の昼休み。 「和葉〜!それいつまで付けてるん?」 と真沙子たちに言われて、和葉は初めて自分の背中に張り紙があることに気が付いた。 「?」 慌てて剥がして見て見ると、 『 オレのもの 』 とマジックで書かれているではないか。 和葉は一瞬にしてボッボッ!と真っ赤になってしまった。 「なぁなぁ和葉〜。”オレのもの”って”誰のもの”〜〜〜〜?」 「えっ?あっ。え〜とぉ・・・・。」 「朝からな和葉ず〜とそれ付けてたんやで〜。」 「ええ〜〜?!!!」 和葉はさらに赤くなる。 「そんでな〜、みんなで話てたんやけど”オレ”って”誰”?」 みんな当然分かっていて聞いているのだ。 「そっ・・・それは・・」 「あっ!それはオレやんなぁ遠山〜!」 クラスメイトの1人が名乗り出た。 「ちゃうで!オレやで!」 また違うクラスメイトの男子が。 「何言うてんのや!お前は普段”オレ”やのうて”ワイ”言うてるやんけ!それはオレんことや!」 「アホウ!オレに決まってるやんけ!」 いつの間にやらクラス中の男子が自分だと言い始めてしまった。 肝心の平次はと言うと黙々とお弁当を平らげていたのだが、和葉の縋るような視線にやっと箸を置いた。 周りの視線も一斉に平次に集る。 そして、 「オレのもの。」 と宣言。 したかと思ったら、 「なん書とったかて誰のか分からへんやんけ。アホなヤツもおったもんやな〜〜。」 と続けてしまったではないか。 ・・・・・・・・・・アホはお前やっ!!!! さっきまでとは違って見る間にしゅんとしょ気てしまった和葉に変わって、その場にいた一同からの心の声。 服部平次がクラス中を敵に回した瞬間であった。 さらに次の日。 「「「「「 TRICK or TREAT? 」」」」」 平次は教室に入るなり、待ち構えていたクラスメイト全員から一斉にそう質問されてしまった。 「なっ・・・・なんやぁ?」 一緒にいた和葉は、女子連中にさっさと確保されている。 「で?どっちなんや服部?」 「はぁ?オレ菓子なんぞ持ってへんでぇ?」 「さよか。みんな聞いたか?服部は”イタズラ”がええそうや。」 「「「「「「 了解! 」」」」」」」 変にそろった返事が返ってきたと思ったら、クラスメイト達は?の平次を余所にいつもの様にざわついた朝の教室に戻っていった。 「なんやねん・・・・。」 ???だらけの平次が、クラスメイト達の行動の意味を知るのはそれから少し経ってからだった。 そう、彼らははっきりしない平次から和葉を取り上げてしまったのだ。 学校にいる間、平次は和葉に近寄ることすら出来無い有様。 校門を入るとすぐに女子が和葉の周りにやって来て平次から和葉を連れ去ってしまい、教室に入っても和葉の周りにはたくさんのクラスメイトが壁を作って平次の接近を阻止。 もちろん、休み時間やお昼に放課後も同じ。 ハロウィンから始まったこの”イタズラ”は、後日、平次が改めて”恋人宣言”するまで続いたそうです。 平次くん今日の教訓 「 自分のモノにはきちんと名前を書かなあかんで!! 」 ちゃんちゃん。 <余談> その後、和葉のセラー服全てにマーカーで”服部平次”と署名して、 平次が和葉から鉄拳を喰らったのはここだけの話。 |
オマケだよん! |
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