新蘭の平和観察日記 −7月14日水曜日−
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「だからさあ、そこを何とか頼むよ。この通り!」 昼を過ぎて人気の少なくなった学食で俺たちの目の前で両手を合わせて懇願してるのは、俺と服部が所属してる『探偵倶楽部』ってサークルの代表を勤めてる大野さん。 『探偵倶楽部』恒例の夏合宿に参加してくれって頼みなんだが、俺と服部は半ば泣き落としにかかってきた先輩相手にさっきから『無理』『イヤや』『かったりぃ』『面倒やん』と、一言でその願い事を却下し続けてる。 だってよ、折角の夏休みだぜ? 大学が違っちまったから会う時間がめっきり減っちまった愛しい彼女と、朝から晩まで通り過ぎて次の朝までだってずっと一緒にいられる日々が待ってる夏休みだぜ? たとえ2泊3日とはいえ、その時間を減らされてたまるか! ……まあ、事件は別だけどな。 そんな訳で、俺と服部は先輩に門前払いを喰らわせ続けてるんだが、中々どうして敵もそう簡単には諦めてくれねぇ。 他の先輩たちがチラリと零した話を総合すると、そもそも『探偵倶楽部』は名前からしてもわかるくれぇにドマイナーサークルで、今まではメンバーも殆ど一桁で女の子なんて皆無といっていいくらいだった所に、今年は俺と服部が加入して一気にメンバーが、それも女の子が増えたもんだから、かつてないほど活動に力が入ってる。 『探偵倶楽部』のOBがやってるペンションでの毎年恒例の夏合宿はその最たるもので、建前上ミステリー談義は勿論するが、本心では女の子たちと一緒に高原の夏を楽しもうって魂胆らしい。 要するにアレだ、俺と服部は女の子たちの参加を増やすためのエサって訳だ。 それがわかっててわざわざ付き合ってやるほど俺も服部もヒマじゃねえし、その2泊3日って時間を可愛い彼女の顔見て過ごす方がよっぽど有意義ってもんだしな。 この辺、俺と服部の意見は一致してる。 「どうしてもダメか?」 「くどいで、先輩」 「俺らにもデートの予定ってのがあるんですって、毎回言ってるじゃないですか」 「じゃあさ、彼女連れて来てもいいって言ったら?それでもダメか?」 いつもはこの辺で一旦引いてる大野さんが、今回は別方向から攻めてきた。 「俺たちは工藤と服部に合宿に参加してもらいたい。だから、特別ゲストって事で彼女たちをご招待するよ。勿論、招待だから彼女たちの分の宿泊費はタダ。これでどうだ?」 にっと笑った大野さんを前に、俺と服部は顔を見合わせた。 合宿で行くOBのペンションは、観光地から少し離れた静かな高原にあるらしい。 遊歩道の途中には綺麗な湖もあって、ボートにも乗れるって話だ。 避暑地の高原で、鳥の囀りを聞きながら可愛い彼女とゆっくり散歩。 きらきらと輝く湖面を渡る風に髪を靡かせる彼女の笑顔を、ボートの上で独り占め。 夜には降る様な星空を見上げて、チュー三昧。 交通費だけでこれだけ叶うなら、多少の雑音はこの際BGMって事にすればいいし、アリだ。 一瞬で同じ判断を下した俺と服部は、不自然なくらいににこやかに大野さんに向き直った。 「合宿っていつからでしたっけ?」 「おっ、乗り気になったな」 「まあ、付き合いも大事やしな」 「日程は後でメールする。ただ、彼女招待するにあたって、1つだけ協力して欲しいんだけど」 「何ですか?」 俺たちのいきなりの方向転換に笑顔で喰い付いてきた大野さんが、ぴっと人差し指を立てた。 「彼女たちとは現地合流。彼女が一緒だってのは向こうに着くまでは内緒にしといてくれよな?」 まあ、それくらいの制約は仕方ないだろう。 和葉ちゃんは規則が厳しい事で有名な女子寮暮らしで普段は中々外泊も出来ないらしいから、服部にとっては彼女を連れ出すいい口実になる。 蘭は実家から大学に通ってておっちゃんの監視が厳しいが、和葉ちゃんが一緒なら旅行にもOKが出る。 俺たちにとっては色々と都合がいいんだから。 「じゃあ、今夜にでもメールするから!」 同時に頷いた俺たちにひらっと手を振って、大野さんは足取りも軽やかに学食を出て行った。 |
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さてさて今年も合同夏企画始動です。 コンセプトは「夏休みの宿題の絵日記」かな? とはいえ、月の書く新一ですから、タイトル無視の蘭ラブラブ日記になりそうですが(笑)。 何はともあれ、暫しお付合いください。 by 月姫 「 ペンションの住所と電話番号、携帯に入れたな?迷子になるなよ、蘭 」
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