新蘭の平和観察日記 −8月1日土曜日24−
ああ、やっぱり蘭の笑顔はキュートだよな。
これぞまさしく天使の微笑みってヤツだ。
男なら思わずクラっときちまうのも当然だよな。
だから、俺だけを見てろよ。

だから、余所見すんなって。
後ろに乗ってた野郎がひらっと馬から降りたのに見惚れんなよな。
あれっくらい俺だって朝メシ前だっての。

よし、今度乗馬に連れてってやろう。
そこでお姫様みてえに俺の前に乗せてだな、草原を遠乗りするんだ。
草原ってえと、北海道か?
うん、秋にでも旅行の計画を立ててやろう。
服を見立ててやるなら、カントリー風のワンピースがいいか、それともちょっぴりゴージャスにプリンセス風のふわふわにするか。
いや、蘭の事だから自分で乗りてえって言うかもしれねえ。
そうなったら、俺が手取り足取り腰とって、懇切丁寧に教えてやる。
乗馬服姿の蘭もいいぞ。

「ありがとうございました、武志さん」

すっかり気分は秋の旅行になってた俺の耳に、初めて聞く男の名前が飛び込んできた。

武志さん?
あの野郎の名前か?

ギンっとその声の向かう方に目をやると、蘭と和葉ちゃんが手を振る先に、馬に乗ったまま器用にもう一頭の馬の手綱を引いてぽくぽくと帰っていく男の背中が見えた。

「武志さんって誰だ?」
「あいば農場の人よ。探偵倶楽部のOBで、健司さんと同期なんだって」

オーナーと同期のOBだと?
そんでもって、昨日蘭たちが格好いいの何のって言ってた野郎だってか?

これはもう、即行で脱出して密室での取調べが必要だな。
なあ、服部……と、ヤツを振り向くと、青い空の下そこだけに雷雲が発生してた。
発生源は服部。
他の連中が怖がってこっそり距離を取ってるってのに、和葉ちゃんは何も気にせずに楽しげに今の事を服部に話してる。

「……ほんでな、あの車に6人てさすがに狭くて暑いから、アタシ歩いて帰る言うたんよ」
「ほんで?」
「そしたら、武志さん、あいば農場の人なんやけどな、馬で送ってくれるて言うてくれたん。あ、武志さんてな、探偵倶楽部のOBなんやて」
「……で?」
「乗馬て楽しいんやね。背ぇが高くなるから景色も違うように見えるし、また乗りたいな。平次は乗ったコトあるんやろ?」
「……乗馬クラブに知り合いおるし、今度連れてったるわ」
「ホンマに?約束やで?」
「……ほんで、何で二宮さんと一緒に乗ってたんや?」
「何でて、アタシ乗馬出来ひんし、武志さんは蘭ちゃん乗せてくれる言うてたから」

和葉ちゃんは相変わらずわかってねえな。
あんまり無防備すぎて、服部が心労で倒れねえか心配になるくれえだ。

「乗馬はちょっとしたコツだよ。和葉ちゃん運動神経いいしカンも良さそうだから、すぐに乗れるようになるさ」

絶妙なタイミングで二宮さんが服部と和葉ちゃんの会話にするりと入り込んだ。
二宮さんの言葉に嬉しそうに笑う和葉ちゃんの隣で、服部の背負った雷雲が帯電してるのが俺には見える。

さっき、馬に乗ってるのを見た時にも思ったが、二宮さんはいつの間にあんなに和葉ちゃんと仲良くなったんだ?
和葉ちゃんは元々人懐こい性格だけどよ、服部って怖い野郎が傍にいるってわかってんだから、普通ならもうちょっと距離を取るよな?
食えねえ人だとは思ってたが……。

「あら、おかえりなさい」

今にも大嵐になりそうだってトコだったが、運良くペンションの入り口からオーナー夫人が顔を出した。

「あ、ただいま帰りました」
「お手伝いもせえへんですみません」
「昼間は大してやる事ないし、いいのよ。それより、楽しかった?」
「はい!」
「めっちゃ楽しかったです!」
「それは何よりだわ。さ、中に入って。彼氏たち、ずっと外で待ってたからきっと喉が渇いてるわ」

意味深なウインクをしてくるオーナー夫人に、蘭がさっきとは違う桜色に頬を染めて俺を見上げてきた。

「そうなの、新一?」
「まあな」
「あ、ありがとう」

俺の手を握ってちょっと上目遣いで恥らう蘭は、そりゃあもう食っちまいたいくらいにプリティだ。
ほんの少しだけ、機嫌も回復する。
あの武志って野郎の対処は、とりあえず後回しにしてやってもいいって思えるくらいには。

「おおきに、平次」
「おう」

和葉ちゃんの可愛い声に、雷雲背負ってる服部にちらりと視線を投げる。

ちょっと待て!
和葉ちゃん、その薄着で服部の剥き出しの腕に抱きつくのか!?
どう考えても胸が当たってんだろ!
服部も当然って顔してんじゃねえよ!

「暑かったやろ?ゴメンなぁ。中で冷たいお茶貰おう?」

和葉ちゃんが、服部の腕に抱き付いたまま引っ張る。
服部の雷雲が薄れてる。

ああ、そうだろうよ。
たとえ腕だとしても、超プリティな彼女の魅惑的な胸の感触を味わったらどんな怒りだって薄れようってモンだ。

「新一も喉渇いたでしょ?お茶頂こう?」
「ああ、そうだな」

蘭と手を繋いで服部たちと一緒にペンションに入る。
大野さん以下野郎共は今は無視だ。





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ナチュラルにいちゃつく平和ですが、お邪魔虫が一匹(笑)。
新蘭も油断は出来ません。

by 月姫

「 そういや、花瓶はどこだっけ?折角の花が萎れたらかわいそうだ 」



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