■ 1コメのオレンジ ■ |
平次は朝から、そわそわしていた。 嬉しいような、待ち遠しいような、でもちょっと困ったような、それでもやっぱり顔が緩んでしまうのはどうしようもない。 「どないしたんや服部?一人でニヤニヤしよって気持ち悪いで。」 「ほっとけや。俺の顔は俺んやから俺の勝手や。」 「な〜にワケの分からん三段方言うてんねん。」 坂本隆史(さかもとたかふみ)は、平次の悪友の一人。 「はぁは〜〜〜〜ん。」 隆史は平次の様子に心当たりがあったのか、含み笑いを浮かべた。 「彼女が来るんは今日からやったなぁ〜。へ〜ちゃん。」 「きしょい声出すなや。」 そう言うと平次は、隆史のガクランを掴んで無理矢理引き寄せた。 「ええか坂本。絶対、他んヤツにいらんこと言うんやないで。」 「分かってるて。へ〜ちゃんの大切な人が来るなん誰にも言わんて。」 バコッ!! 「それがあかんて言うてるんじゃ!ボケッ!!」 平次は前屈みの隆史の頭を殴りつけた。 「痛いやないかぁ。ほんま、お前は彼女が絡むと・・・・。」 ガツンッ!! 「いっぺん塞いだろかそん口!!」 再度、隆史の頭を殴って机に激突させたのだった。 「うっ・・・・・・てめぇ・・・。」 隆史もやられっぱなしは性に合わないらしい。 しかも平次とは小学校からの付き合いだ、扱いにも慣れている。 「これ以上やってみぃ服部〜、大声でばらすで!」 オデコと後頭部を摩りながらも、余裕の笑みを浮かべた。 「なっ・・・。」 「HR始めるぞ〜〜!」 「おっ!杉下のお出ましや。彼女の登場やな。せいぜいえ〜〜子にしてるんやで、へ〜ちゃん!」 ガッツンッ!! 隆史はここぞとばかりに平次のオデコを机に叩き付けた。 「・・・・・・・・・。」 「今日は初めに、みんなももう知ってると思うが、教育自習に来られた先生を紹介するからな。どうぞ、入って下さい。」 彼女はゆっくりと教室に入り、平次たちの担任である杉下先生の近くに立った。 教室中にどよめきが起こる。 『うわ〜〜〜なんやあの先生・・・・・・めっちゃ可愛ええ・・・・・・。』 『すっごい美人〜〜〜〜!』 『オレら大当たりやんか〜〜〜!』 『見てみぃ杉下んヤツ、鼻の下伸びてるで〜〜〜〜。』 平次はまだ顔を上げていない。 「今日から2週間、このクラスの副担任をして頂く、遠山和葉先生だ。」 和葉は生徒たちに向ってお辞儀をし、 「今日から2年1組の副担任をやらせてもらう、遠山和葉いいます。みんなとは短い間やけど、仲良くなれたらええと思うてます。私も改放学園の出身なんで、こうやってみんなと会えて一緒に過ごせるのを楽しみにしてました。担当科目は数Tになります。どうぞ、よろしくお願いします。」 笑顔で挨拶をした。 和葉は平次がこのクラスだということは知っていた。 だから、さり気なく平次の姿を探した。 「服部。いつまでスネてんのや。彼女お前んこと探してんで。」 隆史は小声でそう言うと、未だに机につっぷしたままの平次を突付いた。 そこで、やっと平次は顔を上げ和葉の方を見た。 いつものポニーテールなのに淡い桜色のスーツを着こなしている和葉は、平次の目を釘付けにした。 すぐに顔を見せなかったのは、こうなる気がしていたからだったのだ。 和葉もやっと平次を見つけることが出来て、誰にも気付かれないように小さく微笑んだ。 そして、そっとポニーテールを結んでいるリボンに触れる。 それは教育実習に来ることを知った平次が、和葉のスーツに合わせてプレゼントしたモノだった。 平次は照れたように頭をかくと、ウンウンと頷いた。 ”よう、似合うてるで!”という意味らしい。 平次と和葉は恋人同士。 だけど、それは先生と生徒となるこの2週間は決して誰にも知られてはいけない秘密。 知っているのは、 平次の小さいころからの悪友である坂本隆史と高岡尚登(たかおかなおと)の2人だけ。 |