ROUND 9  「 Lovely 」
朝が来た。
いや、正確には「朝が来てしもた。」
隣には、和葉が寝てる。
・・・寝間着をしっかりと着たまま。
「はぁ・・・。」
朝一で付くため息にしては、不謹慎やけれど・・・。
せっかく心が合わさったのに、残念ながら、昨日はキスだけで止まってしもた。


昨日、夕刻。

和葉を担ぎ上げたまま、俺は迷うこともなく、アパートに向かっていた。

「平次。」
「ん?」
「平次。」
「なんや?」
「へーいじ?」
「・・・なんやねん。」

和葉は担がれながら、俺の名前を呼んでくる。
暴れることも無く、おとなしいしてる和葉からは、その状況を楽しんでいるような雰囲気を受けた。

「なんや、嬉しいねん。」
「何が。」
「うちの声が届いて、平次が返事をしてくるんが。」
「・・・。」
「もう、夢の中でしか叶わへんとおもってたから。」

そんなことで、おまえは喜んでくれるんか。
「返事をする」なんて、当たり前のことで。

「俺も、おまえの声で名前呼ばれるんは・・・嫌いや無い。」
「ほんま?」
「そんな嘘はつかんわ。」
「じゃあ、いっぱい呼んだげる。」
「おう。」

甘い会話。
高校生の頃の俺なら、「アホか。」の一言で片付けていただろうに、今はそんなことはできない。
そんなもったいないこと、できるわけがない。


部屋に着く。
・・・柄にもなく、ドキドキしてしもた。
自分の住んでいる部屋やのになぁ。
「ちゃんと片付いてるやん。」
「当たり前や。俺かてやるときはやるんや。」
「はいはい。」
かけ合いながら上がる。
長い間離れていた感覚が戻ってくる。
高校生の頃のように、俺はテーブルへ、和葉はキッチンへ。

預かってきた和葉の鞄を置く。
意図せず、少し乱雑に置いてしまった。
定期入れが落ちる。
慌てて拾うと、見慣れた筆跡が見える。
時刻表を入れる部分に、少し古びて、しわくちゃになったきれっぱ入っていた。

『今日、うちへ来い。 平次』

「うわ・・・。」

どないしよう。
どうしてやろう。
こんな小さい物まで残してあるなんて。
和葉の気持ちや、思いの深さが伝わってくる。
今の俺の顔の赤さは、しゃれにならんやろう。

「平次、冷コーで・・・」
まっ赤な顔をした俺を不思議そうな顔で見る。
そして、その理由となる物に気付き、和葉は少し慌てた。
「そっ、それは!」
「俺が、高三の冬に渡したメモ、やな。」
「・・・そうやよ。」
良い言い訳が思い浮かばなかったようで、諦めたように座り、テーブルにコーヒーを置いた。
「残してくれててんな。」
「やって、平次との最後の思い出やもん。」
少し悲しそうな顔で話す和葉。
「いつ入れたんかも気付かんかって。京都へ引っ越してから、鞄の底で見つけてん。」
「あー。」
自分の間抜けさに苦笑する。
「もう、平次には言うてもらえへんのやろな、って思ったら、捨てるに捨てられんで。」
和葉の頭をゆっくりと撫でる。
「こんなん、いつでも言うたるから。」
「うん。」
嬉しそうな和葉を見ると、こっちもつられて笑えた。
そのまま、本日何度目かのキスを交わした。

久々の和葉の手料理は、絶品やった。
・・・まぁ、その後はもう俺にはシタゴコロしかないわけで。
元々それが目的で連れてきたんやから、嫌が応にも緊張する。
テレビはついていたが、食器を洗ってる和葉の方に気持ちがとんでて、全然集中できんかった。
「お待たせ。今、お風呂沸かしてるから。」
「お、おう。テレビおもろかったから、気にしてへんぞ。」
そう言うと和葉の目が点になる。
「ん?」
「平次・・・そんなん好きやっけ?」
画面の中では、アナウンサーと政治家が、日本の未来について話していた。


時刻は夜11時。
風呂にも入ったし。後は・・・なぁ?
ドキドキしている俺に、和葉がこともなげに言う。
「そろそろ寝よか?」
「え゛?!」
まさか、和葉の方から言うてくるなんて!
机の下で、俺は小さくガッツポーズをした。
しかし、やっぱりそこは和葉やった。
「明日も朝早いから。色んな話は、寝ながらでもできるやん?いっぱい話そうな!!」
「・・・はい。」
最高のほほえみで言われると、さすがに邪な心は返せない。
というか・・・勇気を搾り取られた、というか。
結局俺は、思い出話と時々のキスで、一晩を過ごした。


横でのんきに寝てる和葉を見ながら、再びため息をつく。
あんな純粋さを見せつけられた後では、寝込みを襲うこともできやしない。
「おまえはホンマに・・・かわええなぁ。」
【可愛い】という言葉に、たくさんの意味を込めてやる。
・・・せっかくやから、ちょっとぐらいは。
そう考えて、キスを落とす。
唇はおいといて、まずは手。それから、首。どんどんと降りていって・・・色々な場所にキスをする。
最後に、鎖骨にだけ印を作る。
「ん・・・?おはよ、へぇじ・・・。」
「おはようさん。」
目覚めた和葉とキス。
ふと、俺はこのキスが、これから一生の習慣になるだろうと感じた。
しかし、今の限界点突破の小さな亀裂になったことも確かで。

「和葉。」
「何?」
「俺、朝飯食いたいもんがある。」
「うん。」
「食ってええ?」
「?どうぞ?」
「では・・・いただきます。」




集合時間ちょうどに集まった俺の頬に、赤い手形がある理由には、誰も触れんといてくれ、頼むから。



ついに。
平ちゃんが幸せになりました!!
いや、ちょっと幸せでない部分もありますが(笑)
でもやっぱり、一番幸せになって欲しいのは和葉なので、彼女がどれだけ幸せかも、語っていただきましょう☆
by 霧生朱
Lovely:=美しく心ひかれる, かわいらしい
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