〜Lively Night〜 01 |
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街はもうクリスマス一色。 飽きっぽい野次馬やマスコミは日々起こる様々な出来事に興味を移しとって、世間も大学内でもあの猟奇連続殺人事件はもう過去のものになっとった。 「ただいま」 大学から帰って、いつものように玄関で声をかける。 コートを脱ぎながらリビングに入ると、珍しく和葉が電話しとった。 「あ、おかえりなさい」 「ただいま」 「平次帰って来たんよ。うん……ほんなら、平次から連絡してもらうな。うん。ほなまた」 ドアの開く音に見えへん眼をオレに向けて嬉しげに笑った和葉が、受話器の向こうの人物との会話をあっさりと打ち切って電話を切った。 「またオカンからか?」 「ううん、たかちゃん」 普段からインターフォンや電話には出なくてええて言うてあるし、電話番号自体親たちにしか教えとらんから相手はてっきりオカンやろと思っとったが、和葉の口から出たんはオレも知っとるが篭を作って以来耳にする事のなかった名前やった。 「たかちゃんて、高校ん時のクラスメイトのか?」 腕を伸ばしてくる和葉を抱き上げてやると、ぎゅっと首に抱きついて甘え始めた。 「うん。この間、結婚式の招待状貰ったけど、欠席て返事したやん?」 「ああ、そやったな。ほんで?」 「披露宴に来てくれへんのは残念やけど、ほんなら同窓会代わりのクリスマス会には出てやて」 『たかちゃん』は中学からの和葉の親友の一人で、来年早々に結婚するから披露宴に出てくれと招待状を送って来とった。 送って来たゆうても、この篭は親以外には教えとらんから実家に届いたんをオレが取りに行ったんやけどな。 住所や家電の番号を教えとらんでも、今は携帯やメールが主になっとるからこんな時以外はさほど不自由はない。 普段は殆ど足を向けない実家でオカンからお小言喰らいながら受け取った封書は披露宴の招待状で、和葉にとっては親友やしオレにとっても親しかったクラスメイトの結婚式やから今までやったら間違いなく出席したやろが、今は和葉もこの篭から出たがらんしオレも連れ歩きたないから目が不自由やからて理由で欠席の返事を出した。 いくら親友や言うてもさすがにこの理由やったら納得するやろと思っとったんやけど、そう簡単には解放してもらえんらしい。 『たかちゃん』がここに電話して来たんは、彼女が和葉の親友やゆうのを知っとるオカンが教えたからやろ。 「なあ、平次。今日の餌は何?」 「豆腐のええのが手に入ったからな、湯豆腐にするわ。水富の豆腐、好きやろ?」 「水富のお豆腐!」 親友からの電話などなかったかのように、和葉の興味はさらりと今夜の餌へと移る。 和葉への誘いが来たんなら、近いうちにオレにも誘いの電話なりメールなりが来るやろう。 それまでは忘れたままでええかと抱いてた和葉を椅子に座らせてキッチンに向かおうとした所で、携帯がメールの着信を告げた。 発信者は、高校の時のクラスメイト。 内容は大体予想がつくから、まずは和葉に餌を与えるのを優先させた。 「おいしい……」 「そら、よかったわ」 レンゲで少し冷ましてやった豆腐を口許に運んでやると、和葉は嬉しそうに頬を綻ばせる。 普段はなるべく自分で食べるようにしとる和葉やったが、熱いものや食べにくいものはオレが与えてやるのが常や。 この篭を作る前の和葉やったら真っ赤な顔して絶対に拒否しとったやろが、今は雛のように素直に口を開けて餌を啄むようになっとる。 その様子に満足して、オレはまた和葉のために買うてきた豆腐を口許に運んでやった。 「ごちそうさま」 ずっと篭に居るせいか、和葉は少食や。 箸を置いた和葉の唇をいつものように綺麗に舐めてやってお気に入りのソファに移動させてやると、日溜りの猫のようにゆったりと身体を伸ばしてクッションに背中を預けた。 「クリスマス会なぁ……」 さっさと片づけを終えて、コーヒー片手に和葉の隣に座る。 カップをローテーブルに置いて携帯のメールを開くと、予想通りクリスマス会兼同窓会という名の『たかちゃん』の結婚を祝う会の知らせやった。 「お出かけするん?」 「付き合いゆうのもあるからなぁ……」 オレの膝の上に乗り上げるようにして抱きついてきた和葉が、不満そうに頬を膨らませる。 披露宴みたいな見知らぬ他人が多い晴れの席なら、いくら親友や言うても相手の親族や友人の事もあって和葉の目が不自由やからて欠席理由は仕方ないと思って貰える。 全員とは言わんが仲の良かった友人たちは和葉が失明した事を知っとるし、おそらくはそれを理由に披露宴を欠席するて連絡した事でこのクリスマス会を思いついて、それなら同窓会を兼ねて結婚祝いをしようと話が進んだんやろう。 昔のクラスメイトとのカジュアルなパーティーなら気兼ねなく参加出来るやろからて気遣いなんやろうが、今のオレと和葉にとっては少々迷惑やったりもする。 せやけど、この篭を世間から隠したまま維持していくためには、たまにはこんな付き合いも必要やった。 「せっかく誘ってくれたんやし、クリスマス会には行くで」 「せやけど……」 「ここで顔出しとかんと、今度は篭まで来るて言い出しかねんで?」 「それはイヤ!」 「ほんなら、出席て返事しとくで?」 「……うん」 不満そうな和葉の耳を軽く噛んで宥めてやる。 ぴくんと肩を震わせた和葉は、お返しとばかりに猫のようにオレの頬を舐めた。 「それにしても、やけに結婚急ぐんやな」 「たかちゃん、デキ婚なんやて」 「デキ婚か。そら急がなアカンわな」 「結構大騒動やったらしいで?たかちゃん、まだ大学も2年残っとるし、相手は10歳も年上の社会人やし」 「そら、会社での立場やら考えたら、まだ二十歳そこそこの大学生嫁にするより卒業まで待った方が世間体はええやろ」 世間ゆうのは、きっちりした形を欲しがるモンや。 たとえ成人しようと学生はまだ子供て目で見られるし、未成年やて仕事に就いとれば大人て見られる。 相手の男がどんな職業でどんな肩書き持っとるんかは知らんが、本人たちがどう思おうと社会人としての付き合いや親戚の手前、籍を入れて終わりてワケにもいかへんし子供産まれてからやと体裁が悪いからて結婚を急いだんか。 「なあ、平次ぃ……」 「そう急かすなや。もう少し腹ごなししてからや」 「もうええやん。なぁ……」 空腹は満たされたから今度は餓え渇いたままの下の口も満たされたいと、和葉がオレの首筋を甘噛みしながら強請る。 「そんなに餓えとるんか?」 「あっ……」 ワンピースの裾から手を入れてショーツごと指先を餓えた口に突っ込んでやると、薄い布には含みきれへん和葉の蜜がオレの指を濡らした。 「相変わらず強欲やな、和葉」 「やって……ん……」 「もう少し待っとり」 指を引き抜いてあやすようにもう一度耳を噛んでやりながら、オレはメールしてきた友人に『参加』の返事を送った。 |
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