〜Lively Night〜 09 |
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便所から出ると、また別のオンナがいた。 「あ、服部君」 「おう」 かつてのクラスメイトやったオンナが、目に掛かる前髪をかき上げながらにっこりと笑う。 たった今来た風を装っとるが、踵の高いピンヒール履いとるクセに足音も気配もさせとらんかった所を見ると、オレが便所に行ったんを見て待ち伏せとったんやろう。 「丁度良かった。あんな、この後カラオケ行こうかて話が出とるんよ。一緒に行かへん?」 「スマンけど、あんまり遅なるとオカンが心配するからな、和葉連れて直で帰るわ」 「伊藤さんたちのグループがな、この後茶店でも行って女同士で話そうて言うてたし、遠山さん……あ、今は服部やったね、彼女も誘われとると思うよ?折角の同窓会やし、彼女らがお茶しとる間、カラオケで時間潰しとればええやん」 さっきのオンナたちもそうやったが、このオンナも高校ん頃はあんまり和葉とは仲良うなかった。 別に敵対しとったとかそんな雰囲気やなかったが、コイツらにとっては和葉はどうにも煙たい存在やったらしい。 今夜オレに絡んで来とるオンナたちのメンツを見ると、どうやらその原因は『オレ』やったんやと、今更ながらに気ぃついた。 せやけど、面倒な話や。 こんなトコでオンナの相手しとるくらいやったら、篭で和葉構っとりたいんに。 胸ん中でひっそり呟きながら、あの頃みたいに面倒そうな風を装った。 「そら、アカン。オカン命令やからな、脛齧りの身としてはちゃんと従っとらんと、仕送り止められるわ」 「少しくらい大丈夫やって」 腕に縋ろうとするオンナをさり気なく交わそうとしとった時、店ん中からリン……と、微かに鈴の音が聞こえて来た。 あの鈴の音は、和葉につけさせとるチョーカーや。 「あんっ!」 引きとめようとするオンナを振り払って店ん中に戻ると、和葉は河村の腕ん中に居った。 一瞬でカラダ中の血液が沸騰する。 アレはオレのモンや。 立場上、親たちには触れる事をしぶしぶ許しとるが、それ以外の人間にはホンマは会わせる事すらしたない。 ましてや、オトコになど。 かつてのクラスメイトやなかったら、ここが同窓会の場所やなかったら、すぐにでも始末してやりたい所やったが、まずは和葉を取り返すのが先や。 河村は気ぃついとらんが、和葉が無意識に快楽を追いかけようとしとるんがわかったからな。 どうしてそんな状況になったんか理由は幾つも思いつくが、今はそんな事はどうでもええ。 河村から和葉を奪い返して、誰にも見られんように影で小さな痛みを与えて宥めてやりながら、元居た椅子に座らせる。 間違っても『新しい人形』なん作らんように釘を刺して、料理を取ってやるために奥のテーブルに向かった。 あの頃のオレらを演じるためにも話題を分散させるためにも少し離れといた方がええやろと思ったが、和葉の様子や面倒なオンナたちの事もあるからそろそろ傍に居らなアカンかもしれへん。 この心地良いけどある意味窮屈な環境で『遠山和葉』を演じる事に疲れて、また『人形』なん欲しがられても厄介やし。 パスタやピザやリゾットて馴染みの深いモンから、サラダに肉料理に魚料理にデザートまで、高級とまではいかへんがそこそこ上質な料理が一通り並んどる中から和葉の好きなモンを少しだけ取り分けてテーブルに戻ると、そこには何やら重たい雰囲気が漂っとった。 「どうしたんや?」 「あ……うん……」 「私が悪いんよ」 困ったようにオレを見上げられて訊いてみたら、口篭る和葉に代わって『たかちゃん』がすまなさそうに眉を下げた。 「あんな、私が和葉の眼ぇ見たいて言うたから」 「和葉の眼?」 「うん……」 訝しげな視線を投げてやると、聞いた話やからて前置きして『たかちゃん』は一部のオンナどもの間に流れとるらしいアホな噂話をオレに話した。 「何やねん、ソレ」 「私もそう思うんやけどさ、折角の機会やしきっぱり否定したろと思て」 和葉がどうやって『人形』を作るんか今はまだはっきりとわかっとるワケやないが、ある程度の見当はついとる。 和葉のために金を積んで誂えてやった義眼。 普段は澄んだ綺麗な光を映しとるが、時々、特に和葉が痛みと快楽を求めて欲情しとる時に、人工物とは思えへんほど自然に魅惑的な彩を見せる事がある義眼が、原因の1つや。 せやから、万が一を考えて目を閉じさせとったが、一部のオンナ共には逆効果やったらしい。 「面倒やなぁ。いっそ障害者手帳でも見せたろか?」 「そんなん必要ないって。私はわかっとるもん。せやけど、服部君て人気者やし、さっきやって言い寄られとったやろ?」 「そやったか?」 「相変わらず、女の子の秋波に気付かんのやね」 苦笑した『たかちゃん』を横目に、和葉の隣に座って皿に盛った料理を一口大に切り分けてやる。 ピザはええとしても、和葉が好きやからと持って来たったパスタは少々食べ難いから、フォークに一口分だけ巻きつけて口許に差し出してやった。 「パスタや。アラビアータ。オマエ好きやろ?」 「おおきに」 「ピザは皿の一番手前。リゾットもあるけどな、熱いからオレに言えや?」 「うん」 そっと口を開けた和葉に、怪我なんさせへんように慎重に、せやけど周囲には雑に見えるようにパスタを入れてやる。 「……びっくりした」 「何が?」 「やって、あの服部君が和葉にゴハン食べさせてるんやもん」 「家では和葉も自分で食っとるで?せやけど、ここやと勝手が違うし、零して迷惑かけたらアカンやろ?子供みたいに口の周りベタベタにしとったら、オレが恥かしいし」 心底驚いたて声を上げた『たかちゃん』に、いかにも面倒やてポーズを崩さすにため息をついて見せた。 「ベタベタになんした事ないやん!失礼やな!」 「この間、ケーキ食っててほっぺたにクリームつけとったんは誰や?」 「アタシやけど?」 「ベタベタにしとるやんけ。ココにピザあるけどな、指突っ込むなや?」 皿のピザに手を誘導してやりながら、さっきの刺激が残っとらんか和葉の様子を確認する。 和葉の纏う雰囲気も手から伝わってくる様子も落ち着いとるから、これなら大丈夫やろ。 「これ見たら、服部君が和葉にゾッコンやてわかりそうなモンやけど、見たくないモンは見ないて連中も居るんよね……」 「誰がゾッコンやねん!」 「せやから、服部君が」 からかいの含まれたセリフにあの頃のように反論してやると、和葉挟んだ向こうに居る『たかちゃん』が楽しげに目を細めた。 「しゃあないか。和葉、眼ぇ見せたり」 「……うん」 コツンと額を叩いて促してやると、和葉は『たかちゃん』に向かってゆっくりと眼を開いた。 「どや?」 「綺麗……」 「平次がな、なるべく自然に見える義眼をて頼んでくれたんよ」 『たかちゃん』が感嘆のため息を零したが、どれだけ自然に見えようと間違いなく義眼てわかるモンや。 「ゴメンな、和葉。あんな噂、私がキッチリ否定しとくから、心配せんと服部君に甘えとり」 「甘えるて、そんなん無理やて。平次、相変わらず意地悪やもん」 「何やと?これ以上ないくらい優しくしたってるやろが」 「お風呂のシャンプーとボディーソープの置き場所入れ換えたんは誰?」 「たまたまやろが」 「たかちゃん、知っとる?シャンプーと間違えてボディーソープ使うと大変な事になるんよ?」 「ちょっとしたミスやんけ」 「あははは。相変わらず仲がええねえ」 「どこが?」 「もう夫婦やん。何言おうと今更やで?」 ピザを食べながら口論するオレらに『たかちゃん』がツッコむ。 これで、和葉に関するあの噂は否定されてくやろ。 せやけど、止めを刺しておきたい。 オレのそんな思考を感じたんか、和葉がオレの手を突付いた。 「なあ、平次。デザート食べたい。連れてって」 「よう喰うな。ブタんなんで?」 「放っとき」 「……まあ、ええか。扱けへんようにしっかり掴まっとれよ?」 「うん」 和葉の腕を取って立たせてやる。 「眼は開いたままでええで。但し、伏目がちにしとり」 支えるフリしながら和葉の耳元で囁いて、少し食休みが必要や言うとる『たかちゃん』を残してデザートのテーブルに向かう。 左腕に張り付いた和葉の向こうに、オレに絡んで来とったオンナたちが見えた。 「色々あるなぁ」 「ティラミスある?」 「あるで。ちょお立っとり」 皿を取るために和葉に腕を放させると、丁度傍にいたウエイターが飲み物を勧めてきた。 「デザートをお召し上がりでしたら、温かいお飲み物はいかがですか?」 「あ、じゃあカプチーノください」 「はい、畏まりました」 眼を開いたままの和葉が、伏目がちにウエイターの方に手を伸ばす。 その手を抑えて、わざとオンナたちに聞こえるように叱り飛ばした。 「コラ!熱いモンは危ないから手ぇ出すなてオバハンから言われとるやろ!退院してオレん家ついてすぐに、茶ぁ飲もうとして湯呑み倒して火傷しかけたんは誰や?」 「……アタシやけど」 「すんません。オレがもらいます。オマエはちょおここで待っとり」 困惑しとるウエイターからカップを受け取って、ティラミスの皿を和葉に持たせておいてから、さっさとテーブルに戻る。 カップを置いて和葉の元に戻ると、オンナたちはそ知らぬ顔で話しに興じとった。 「もう、眼ぇ閉じとり」 「うん」 和葉から皿を取り上げる影でそう命じると、和葉は素直に眼を閉じた。 『たかちゃん』も自分の目で確認して満足したんか、目を閉じて戻ってきた和葉の『あんまり長く眼ぇ開けとると疲れるから』て言い訳を疑いもせずに、2人でデザート談義を始めた。 何気なく腕時計を見ると、そろそろパーティーも中盤。 あとは、また改めて呼び出されんように『たかちゃん』の旦那んなるオトコの顔見るだけやなと思った所で、木下が慌てたように駆け寄って来た。 「たかちゃん!旦那さんの登場やで!」 「ホンマ?」 「うん。今、入り口に居るから、出迎えたり!」 「うん。けど、まだ『旦那』やないで!あくまでも予定や、よ・て・い!」 「そんな惚気んでもええやん!」 赤い顔して『予定』を強調する『たかちゃん』の背中を、木下が含み笑いしながら軽く叩いた。 「和葉、服部君も、ちょお迎えに行って来るから、ここで待っとってな?」 「うん」 木下と一緒に店の入り口へと向かう『たかちゃん』の背中を見送って、周りに気づかれんようにひっそりと笑みを落とす。 「ようやく主役の登場やな」 「せやね」 「これで、残りの時間は誤魔化せるやろ。ええ子にしとるんやで?」 「うん。ええ子にしとるから、約束忘れんといてな?」 「ああ、ちゃんとくれたるから、楽しみにしとり」 テーブルクロスの影で、和葉のワンピースの裾から手を入れて太腿の付け根に爪を立ててやる。 もう一度、耳元で『ええ子にしとり』と囁いて、今夜のパーティーの本来の主役たちを迎えるために椅子から立ち上がった。 |
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