「 雨隠の館 」 第 三 話 |
後ろから聞こえた何度か事件現場で聞いた事のある甲高い悲鳴に反射的に振り向くと、着替え終えたらしい和葉がカーテンの前でへたり込んで固まっとった。 「どうした?」 ざっと部屋を見回しても、特に変わった事なんない……と思う。 取りあえず和葉を立たせて簡単に確認したが、怪我したとかでもない。 ただ、酷く震えてて、オレの腕を痛いくらいに掴んどる。 「何があった?」 「……まど…」 「窓?」 顔を背けたままの和葉が指差したのは、真っ赤なカーテンのかかった窓。 ……いや、窓やと思っとった場所。 「壁……?」 和葉が開けた、ドレープ言うんやったか、ゆったりした流れるようなひだを持った鮮紅色のカーテンの向こう、本来なら窓があるハズの場所に現れた、壁。 「……着替えとったら、何や気になって……」 「そんでカーテン開けてみたら、窓やなくて壁やった」 「うん……」 カーテンから目をそらしたまんま、和葉が頷く。 和葉は推理みたいに理詰めで考えるんは苦手やし色々ヌケとってようボケもかますが、変なトコで鋭くて細かい事を見てたりする。 今度もそれで気ぃ付いたんやろう。 「ちょお、ここで待っとれ」 「イヤや!」 「カーテンとこ行くで?」 「……」 カーテンの方を見ないくらい怖がっとるから待っとれ言うたんに、それもイヤらしい。 仕方なく、左腕に和葉くっつけたまんま、カーテンのかけられた壁に近づいた。 壁は、ホンマにただの壁やった。 カーテン持ち上げて周りと見比べても、もしかして塗り込めたんかと手で触れて叩いてみても、元から窓なんなくて壁やったとしか思えんかった。 誰が何のためにこんな事したんかはわからん。 わかるんは、この部屋の異常さと得体の知れない気味悪さだけや。 「和葉、荷物纏めろ」 腕に張り付いた和葉を促して、オレも濡れて張り付いたGパンだけ手早く穿き替える。 上着は防水加工してあったから、Tシャツまで替える必要はない。 荷物を纏めるついでに、ペンライトや簡単なサバイバルキットが入った小さなケースを引っ張り出して、それについとるカラビナをベルト通しに引っ掛けた。 「携帯だけは手放すなや」 「うん」 荷物抱えた和葉が、オレのシャツを掴む。 開いたドアの向こうは見知らぬ部屋なんて小説みたいな事もなく、あっさりと玄関へと戻った。 玄関ドアの隅に荷物を置いて、改めて観察する。 玄関ホールは3階までの吹き抜けんなっとって、中央の大きな階段は2階から左右に分かれてその上へ続いとる。 さっきオレらが入った右側の部屋は、その隣にももう1部屋あって、その奥が廊下になっとるようやった。 見た感じ、左側も同じような造りになっとるらしい。 正面は階段の影になっとってよう見えんけど、多分左右に延びる廊下に沿って部屋が並んどるんやと思う。 見た目は、ただの放置されとる屋敷。 せやけど、それだけではない神経に障る何かが、オレらに言いようのない居心地の悪さを感じさせとった。 静まり返ったホールに、雨音だけが響く。 雨は、さっきよりも強くなっとるようやった。 時々雷も鳴っとって、空が光る度に玄関脇のステンドグラスが床に色をつけとる。 「……まだ、外には出られんな」 「平次ぃ……」 雷はあんまり怖がらんけど暗い所やようわからんモンが大の苦手な和葉が、オレの腕を抱え込むようにして引っ付いて来た。 いつもなら楽しい感触やけど、楽しんどる余裕はない。 何があるかわからん時は、少しでもコンディションを整えておく必要がある。 今出来る最善の備えはしたつもりやけど、その『何か』の見当がつかんのが酷くもどかしい。 焦りを伴った苛立たしさを振り払おうと大きく息をついた時、どこからかキイっという少し錆付いた蝶番が擦れる音が聞こえた。 |