「 雨隠の館 」 第 九 話 |
――人を呑み込む鏡。 ふと頭を過ぎった安っぽいホラー小説みたいなフレーズを追い出すように、強く頭を振る。 この世の中には理屈で説明のつかんモンがあるのは否定せんけど、その殆どは今の知識が追いついとらんだけのモンや。 大抵は、何かカラクリがある。 「考えるんは後や」 口に出す事で、このワケわからん状況に何とか説明つけようと思考に沈み込みそうな自分に喝を入れた。 とにかく、今は和葉捜すんが先や。 ポケットから携帯を引っ張り出す。 この邸に入った時には電波を拾っとった携帯は、今は何故か圏外を表示しとった。 「繋がらんか」 電波を拾っとれば着信音を頼りに和葉の居場所を見つけられるかと思ったが、その手は使えないらしい。 仕方なく携帯をポケットに戻して、改めて部屋の中を確認する。 ベッドの下は見た。 カーテンを引いたままの窓は、内側から閂がかかっとる。 壁も、ただの壁や。 縁にアンティークな装飾がされとる鏡も、どこにも仕掛けみたいなモンはない。 どこに消えたんかはわからんが、和葉はもうこの部屋にはおらん。 せやけど、この邸のどこかにいる事だけは確かや。 「……家捜ししてでも見つけたる」 握った拳にぐっと力を込めて、勢いをつけるように部屋を飛び出した。 まずは、オレたちが案内された2階の左側の棟にある部屋のドアを、片っ端から開ける。 客間らしいベッドの置かれた部屋や、アンティークな応接セットの揃った部屋。 何もない空き部屋に、ムダなほど豪華でデカい風呂や広い便所。 右側の棟も同じ造りの部屋が並んどったが、どこにも和葉はおらん。 階段を駆け上がって3階の部屋を回る。 こっちは2階よりも1部屋が広くて、そん代わり数は少ない。 置いてある調度も、2階のモンより高級そうなモンが並んどる。 もしかしたら、あのオトコが『お嬢』言うてたオンナの部屋なんかもしれない。 ここにも、和葉はおらん。 「入んで!」 3階の右側の棟の一番奥。 あのオトコが自室だと言ってた部屋の前で、一応声をかける。 返事を待つつもりなんないから勝手にドアを開けたが、大抵は部屋におる言うてたオトコはおらんかった。 2階にも3階にも和葉はおらんかった。 残るは、1階。 下に行くためにオトコの部屋を出ようとして、ドアの横に嵌め込まれとる鏡に気がついた。 どくん、と心臓が跳ねる。 2階と3階にある内装も調度も違う部屋に唯一共通してたんは、縁の装飾は違うものの壁に嵌め込まれとった大きな鏡。 「……ただのインテリアや」 低く言い捨てて、部屋を出る。 この邸で気になるのは、鏡だけやない。 廊下や階段に飾られた、衣装も顔立ちも違う何十体もの等身大の人形。 その生気のないガラスの瞳が廊下を走るオレを追って来とるようで、神経に障った。 「ただの人形や」 ずっと誰かに見られとるような不快感を振り払うように、自分に言い聞かせる。 1階に駆け下りて、手当たり次第に部屋を見て回る。 左側の棟は使用人が使ってたのか、広い台所の他には狭い部屋と質素な風呂やトイレが並んどった。 右側の棟は、最初に入ったあの部屋以外は全て、椅子1つ置いてない空き部屋やった。 これで全ての部屋を回ったハズなのに、どこにも和葉はおらん。 「他に、部屋があるんか……?」 額の汗を腕で拭って、何度か深呼吸をして弾んだ息を整える。 ふと思いついて、ポケットから携帯を取り出した。 「ここは繋がるんか」 上では圏外やったけど、ここでは携帯はちゃんと電波を拾っとる。 もしかしたらと和葉の携帯にかけてみると、小さなスピーカーからは呼び出し音が聞こえてきた。 同時に、どこからか和葉のお気に入りの曲が微かに聞こえてくる。 恐らく、和葉の携帯の着信音や。 息を殺して、音のする方向を探る。 音は、最初に入ったあの部屋から聞こえてきとるようやった。 あの部屋から出る時には、和葉は携帯を持っとったハズや。 今、和葉はあの部屋にはおらん。 なのに、音はあの部屋からする。 音を聞き逃さんように、そうっとドアを開ける。 音は確かに、この部屋ん中からしとった。 |